第26話 ドロヌチャ!マッスルカーニバル

「筋肉に興味はありませんか?」


 そう問いかけられて笑顔で答えられる者は果たしてどれ程いるだろうか。少なくとも相当な猛者である事は間違いない。ムチムチとした大胸筋に抱かれたい等と言えるのは生粋の変態ともいえるだろうが。だがそんなマイノリティーは少なくともこのオパーロ村にはいなかったようだ。


 笑顔で問いかける天馬に対して引きつった笑みで答える村人。そんな村人の様子にもめげることはなく天馬は笑顔で問い続けた。指のささくれをなおさせてくれないかとも問いかけた。けれども返答のかわりに冷たい視線を返された。一度幼女を引き連れた母親にゴミを見る様な瞳で見られたりもした。それでも彼は諦める事は無かった。


この世界に筋肉の素晴らしさを布教する

 

 それこそが何もかも無くしたマッチョの、新しくみつけた夢であり己の使命であると漢は堅くそう信じているからだ。あとついでに指のささくれを治す事も


 怪しい宗教勧誘のようになおも村人に話しかける天馬。そんな彼の元へ祭りの出店先から1人の少年が走り寄ってくる。沢山の食料品を買い込んで来たのだろう、彼は両手に多くの食べ物を抱えて来た。


「天馬さーん」


「おぉタンよ」


 パンイチで出で立つ1人のマッチョに駆け寄るタン。今日がこのオパーロ村の祭り日だと聞いてタンと天馬は共に出かけて来たのだ。少年は笑顔で食べ物を差し出しながら天馬に話しかけた。


「お話は聞いてもらえましたか?」


「いいやだめだ、どうやらこの村の住民は皆シャイなようだね」


10割位はお前の格好が原因じゃね?


 賢明な方ならば即座に指摘できるであろう点も、脳まで筋肉で満たされたマッチョと純粋な少年には気づけなかった。タンは少しだけ困った様な顔をしたがすぐににっこりと微笑んだ。


「でも大丈夫!僕は天馬さんが凄く良い人だって分かってますから」


「タン…」


「きっとみんなも分かってくれますよ」


「そうだな…何時の日かきっと」


 ショタの励ましに微笑む天馬。彼の脳内ではこの異世界において初のフィットネスジムの中で笑顔で筋トレに励む老若男女の姿があった。笑顔でバーベルを持ち上げるオークの姿が、汗を流しながらトレッドミルに励む美女の姿が、漢の脳内では艶かしい妄想と共に繰り広げられていたのだ。筋肉の魅力に気がつき全ての生命が筋肉を鍛える世界。限りなく地獄に近いヘブンと言えるだろう。


 楽しげに談笑をしながら食べ物を頬張る二人の元へ、1人の女がにじりよってきた。それは素朴な女だった。なにせ長い黒髪で自身の目元をすっぽりと隠しているのだ。ネズミ色のポンチョのような衣服で自身の体をすっぽりと覆い隠してる。大まかな年齢が二十代位だという事しか分からない。まるで内気な図書委員のような姿の女だった。


 彼女は口をパクパクとさせながら両手をもじもじと。何事だろうといぶかしむ1人の少年と一つのマッチョに対して彼女は問いかけた。



「あ、あの!」


「どうかしたかい?」


「き…筋肉を触らせてくれませんひゃ!」


そんな内気な彼女は

顔を赤くしてマッチョに頼み込んでいた


 正気ですか?と問いたくなる様な願望。かく言う天馬もまた一瞬呆然としてしまった。やはり失礼だったか、と顔を青くする女性。そんな女に対して天馬は彼女の手をつかみ大喜した。


「勿論良いとも!」


「ほ、本当ですか?」


「あぁ!私の肉体を余す所無く堪能してほしい!」


 ごくりと喉をならす少女。興奮しているのだろう、その白磁の様な頬を赤く染め息を荒げている。おそるおそる、と言った表情で筋肉へと手を伸ばす。女特有のしっとりとした艶やかな指が、今マッチョの大胸筋に手を…



「ほにゃぁぁ」



 なんとも気の抜けた、声がした。声を出した女自身驚いていた。女は筋肉とは堅い物だと今この瞬間まで信じきっていた。しかしそれは間違っていた。何もかもが違っていた。


 柔らかいのだ。本当の筋肉とは凄く柔らかいのだ!それはもう女性の乳房にも負けず劣らずしっとりとした驚愕の柔質。ふにふにと指先から伝わる感覚はマシュマロのようにしっとりとした触り心地である。けれどそれでいて包み込む様な優しさを…まるで晴天に干した羽毛布団のようなふわりとした穏やかさをも内包した…これは一体何なのだ。


 ふわりと力を込めて大胸筋をおす。すると大胸筋はぷにんと艶やかに、けれども確かな質量と共に女の手をおしかえした。なんという柔軟さだろう。ふわりとした手触りが高級マットレスにもひけを取らない柔軟さで押し返してくるのである。柔軟剤もびっくりの柔らかさだ。この世界においては比較する事もできない、なんとも記述できない異質な体験である。だがソレ故に魅力的なのだ。


 ぜひ身近にマッチョをお持ちの方は触らしてもらうと良い。力を入れていない筋肉の柔らかさは死ぬ迄に十回は堪能するべきだ。筋肉を愛する者としてその素晴らしさを声を大にして伝えたい。女は歓喜していた。天国にも昇らんという夢心地に脳内で震える女。そんな彼女に天馬は優しく微笑みかけた。


「こうする事もできるよ」


「えっ」


とまどう女

女の表情は驚愕に変わった。


 堅いのだ。尋常でない程、堅過ぎるのだ!!コンクリートかなにか?と問いたくなる様な恐るべき堅さ。先ほどの柔軟さは顔を変え、恐るべき硬質さへと変貌する。鋼の如く堅く大地のように強靭だ。ガチガチの筋肉は例え成人男性が全力で殴りつけようともびくともしないだろう、そう確信できる程の逞しさを備えていた。ごくりと喉をならす女。目前のそれはまさしく幾年という鍛錬が生み出した肉塔城、キャッスルマッスルと言えるだろう。呆然とした瞳で女は筋肉を見つめ続けた



目前のソレが

堪らなく美しかった


 目の前の男がではない。筋肉でもない。その筋肉を尊重し、共に有り続けようとした漢の人生がだ。きっと幾ばくの年月を鍛錬したのだろう。数えきれぬ程の苦難もあったのだろう。それでも目前の漢はそれを続けて来たのだ。


 頂点さえ見えぬ様な山を誰が上ろうとするだろうか。見るからに険しく上った所で何も貰えぬ、そんな山ならば尚更だ。けれどこの漢はその山を上ろうと決意したのだ。気の遠くなる年月を、一歩ずつ積み重ねて来たのだと


 押し返す膨大な大胸筋を通して、女は漢を理解したのだ。それは映画をみるような心境に似ているだろう。筋肉という芸術は1人の漢の生き様を如実に表しているのだ。なんて重厚で、独特で、過酷で…美しい在り方なのだろうと。



自然と涙が出て来た

それをぬぐおうなどとは想いもしなかった



「あっ……」


「どうだい、素晴らしいだろう?」


「…あっ…あぁぁ」


「筋肉とは柔軟さと硬質さを兼ね備えた一つの奇跡なんだ」


「ひゃ、ひゃい…」


1人の女が 堕ちた


 こうしてまた1人筋肉の素晴らしさに見いだされた人間が産まれた。見た事も無い、未体験の悦楽に堕ち行く女。その表情はなんとも満足げな顔をしていた。

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