第38話なぞの美女

 3時間目は体育だった。グラウンドに出るためしずくが昇降口に来ると,

保護者と思われる女性に呼び止められた。

「一年生の教室はどっちにありますか?」

と美しい声で尋ねられた。どうやら子供に忘れ物を届けにきたらしかった。

しずくは教室が二階にあると答えた。しずくはその女性の美しさと

服装が洗練されていることに圧倒されてしまった。

女性は裕福な身の上らしく,モノトーンの服装に

品のいいアクセサリーをしていた。

顔立ちは整っているばかりでなく,艶やさも兼ね備えていたが,

惜しいことに身長150センチのしずくよりもさらに数センチ背が低かった。

それだけでなく,骨に問題があるらしく,

背骨が曲がってこぶのようになっているのが

夏物の薄いブラウスの上から見えていたのでしずくは驚いた。

「すごい美人だ。身なりがいいからお金持ちの奥様かな?

 骨に問題があるみたいだけど私と同じ病気だろうか?

 背が低すぎるのが残念だな。もし並みの身長だったら女優になれたかも。」

としずくは思った。

「誰のお母さんだろう?あんな美人の子供ならきっと美形だろうな。」

 バレーボールの練習試合を行ったが,しずくは散々な目にあった。

しずくがボールを受け損ねる度に周囲の女子はゲラゲラ笑った。

特に小林と横山は大きな声で笑っていた。

骨に異常があるせいで体が曲がったしずくの動きがよほど滑稽に映ったのか,

ものまねをして笑いを取る者まで現れ,しずくにとっては大きな屈辱だった。

 おまけに,他の女子が失敗してもドンマイと声をかけるだけで

嘲笑が起きないことにしずくは気づき,不愉快になった。

ボールを投げるのはさらに不得手だった。あまりにもボールが跳ばないので

「こら!まじめにやれ!」

と男子生徒に怒鳴られた。

「何だい。わたしにばっかりつらく当たってきやがって。不公平だ」

としずくは思った。

 準備運動の体操の時も動きがおかしいので失笑を買っていた。

 しずくはほっそりとした体格なので,小学生の時にマラソンの直前に

「すらっとしているから足が速そうだね。」

と言われ,困惑したことがあった。

そのころは今ほど骨が曲がっていなかったのでしずくは

まったくの健康体だと誰もが思っていたので首をかしげた。

とにかく普通の人が簡単にできることがまったくできないのだった。

「病気さえなければ,人並みに運動ができたかもしれないのに。」

と思うとしずくは悔しかった。とかく子供の間では,運動神経のよい者が

ちやほやされるということにしずくは憤っていた。

 しずくにとっては拷問に等しい体育の授業がやっと終わった。

更衣室が清掃されておらず,埃っぽいので気管支の弱いしずくが咳き込むと,

細い目に下卑た薄笑いを浮かべて横山と鈴木がコホコホと咳き込むマネを

していたのでしずくはカチンときた。

「人が苦しんでいるのをわらうとはゴミのような奴らだ。

 こいつらを殴り殺してやれるならこの命を捧げてもいい!」

と激しい怒りに囚われたしずくは二人を呪った。

 中山はグランドでボールなどの後片付けを手伝っており,

まだ更衣室に来ていなかった。

「ねえ,マイナス(中山一のあだ名)ってうざいよね。」

と小林が言った。

「ほんと。いつもろうかを我が物顔でふんぞり返って歩いてるの,

 チョーウケル。こないだ音楽で歌を歌った時,

『みんなちゃんと歌ってよ!』とか

 えらそうに怒鳴ってやがんの。何様なんだろ。」

と横山が調子を合わせた。

「あいつ授業中やたらハイハイ手を上げて,

 質問するでしょ。あのでしゃばりのせいで

 一々授業が途切れて邪魔なんだけど。」

 と他の女子も会話に加わった。

「だよねえ。」

と小林。目立つことを極度に恐れているのか,

授業中挙手して発言する者はほとんどなかった。

合唱のときなど,いわゆる口パクがほとんどで

2、3人が蚊の鳴くような声でささやいてる有様だった

 中山の奴,敵が多いんだな,としずくは思った。

ついにはその場にいる女子のほとんどが中山の悪口大会で盛り上がる始末だった。

「あいつ,ゴリラブスのくせに男好きなんだよ。

 いっつも大河クンのあとを追い回しているけど,全然相手にもされてないの。」

「あはは。笑える。誰があんなブスとつきあったりするもんですか。」

「でもマイナスのお母さんってすごい美人なんだよ。

 こないだ授業参観のとき,見たことがあるけどあまりにも似てないんで

 びっくりしたわ。あんな美人からどうしてあんなどブスが生まれたんだろ」

「お兄ちゃんもすごいイケ面だよね。男女逆ならよかったのに。」

「あいつんち大金持ちらしいけど,あんなブスに生まれるのは絶対こうむるわ。

 もしあんな顔に生まれたら自殺する!」

と横山。

  悪口大会の間中,ろうかに立っていた見張りの女がかけこんできて,

「来たよ!来たよ!みんな気をつけて!」

と叫んだ。固まっていた女子たちは途端に散り散りになった。

 中山は更衣室に入ってくると,不穏な空気をかぎつけたのか,

不機嫌な様子でどすんと音を立てながらバッグを投げるように床に置いた。

その後は誰にも話しかけず,ぶすっとして黙り込んで黙々と服を着替えていた。

「もしかしてうちらが悪口言ってたのばれたかな?」

と例の二人組みは震え上がったのだった。

「こいつら,気が小さいな。怖いなら最初から悪口なんか言うなよ」

としずくは心の中であざ笑っていたのだった。

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