第17話

 いつもより遅い時間帯に乗ったせいかバスの中はすいていた。

しずくのほかに乗客は老婆が一人二人掛けの座席を一人で占領していた。

一人掛けに鞄背負ったまま窮屈な背負った姿勢で座るときとは

比べ物にならないほど

悠々とリラックスできた。窓の外を見るとあの事故現場の近くにきた。

道の端に花束が供えられていたが枯れて茶色く変色していた。

しずくはその枯れた花から思わず目をそらした。

(誰もあそこで事故が起きたことなんてとっくに忘れてるんだろう。

もしかしたら由紀の魂は今でもあのあたりにいるのだろうか。)

しばらく考え事をしていたが疲れがたまっていたせいか

ついうとうと眠ってしまった。

目を覚まして窓の外を見ると見たこともない景色が見えた。

(おかしいな。こんなところ通ったかな)

ちょうどその時車内のアナウンスが次の停留所の名前を告げた。

それを聞いて,眠っている間にいつも降りている高天が原という

停留所より大分遠くまで運ばれてきたことに気付いてあわてた。

(しまった!寝過した。今までこんなこと一度もなかったのに。

わたしったらどうしちゃったんだろう。)

 あわてて停車ボタンを押してしずくはバスを降りた。

 しずくはいつもバスを降りた後は500メートルくらい歩いていたが

今日はもっと長い距離を歩かなければならない羽目になった。

病みあがりで弱った体には,重い荷物を背負って歩くのは酷だった。

いつもより重い足取りで坂道を上り始めた。

10分以上歩き続けてようやくいつも降りる停留所のそばまでやってきた。

そこから学校までたどり着くためには更に

500メートルほど歩かなければならなかった。

「なんて遠いんだ。いつまでたってもたどり着けない。」

石のように重いカバンが背中に喰いこんで背骨がぎしぎし鳴った。

「重い!重い!押しつぶされる!こんなもの投げ捨てて楽になりたい!」

しずくはとうとう泣き出した。

以前同じクラスの女子と会話したときのことを思い出した。

「山野さんって家どこらへん?電車通学なの?バス通なの?」ときかれたので

「高天が原でバスを降りてそのあとは歩きだよ」と答えた。

「ええっ,歩きなの!みんなバスを乗り継いで学校のすぐそばで降りてるよ。

 山野さんも親に定期買ってくれるように言ったら?

 あたしも定期もってるよ」

といって赤いケースに入ったバスの定期券を見せてくれた。

「入学する時に『お父さんが甘やかさない。自分の足で歩きなさい』って

 言って買ってくれなかったんだよ」

としずくは言った。

「へえ。厳しいんだね。」

と相手は驚いていた。

「仕方ない。バスに乗って行こう。定期がなくてもお金払えばいいんだし」

そう思って停留所にある時刻表を見ると次のバスが来るのは20分も後だった。

「なんだよ!ついてない!」

としずくはがっかりした。

 学校に着いたときはちょうど2時間目が終わったところだった。

着いたばかりなのにすでにへとへとになっていた。

 席について荷物を下ろすとほっとした。すると

「山野さん,何で遅刻したの?」

と意地の悪い薄笑いを浮かべて例の二人組の一人である鈴木が近寄ってきた。

 寝坊したなんて言ったらさぞかしばかにされることは明らかだったので

適当にごまかして答えることにした。

「具合が悪かったんだよ」

 病みあがりでいつもよりいっそう肌が青白くなり,白人のようだったので

うそをついているようには見えなかったはずである。

「ふうん。お大事に」

という返事は明らかに心のこもっていないどうでもよさそうな調子だったが

自分のそばから離れてくれたのでしずくはほっとした。

「さて。水でも飲んでくるか」

と思って教室の外に出た。ろうかに浄水器があるのだがあとちょっとのところで

大河が「ハーイ!元気?」と言いながら

いきなり目の前に飛び出してきてたちふさがった。

「元気だから学校に来てるんだろ!邪魔だからどいてよ!」

としずくはいらいらして叫んだ。

 (実のところ体調が万全とはいいきれなかったが。)

「冷たいなあ。どうしてそんなにイライラしてるの?」

といってニヤニヤしている。あまりににやけすぎて

目じりが1センチ以上下がっている。

(能天気だな。こないだあんなことがあったのに懲りていない。

 なんかこいつを見るとイライラするんだよな。どうしてだろう?)

としずくは思った。

しずくは大河に強い嫌悪感を抱いていた。大河は

「休んでた間さびしかったよお」

と体をくねらせて甘えたような声を出してきたのでしずくはぞっとした。

「気色悪いな!あっち行けよ!」

というとしずくは女子トイレに逃げ込んだ。

しばらくしてもういいだろうと思ってろうかに出ると

水をごくごくと飲んでのどを潤した。すると

「おい!せっかくトイレで尿を出したのにまた水を飲んだら意味がないだろう!」

と言いながら同じクラスの男子生徒がいきなりこぶしを振り回しながら

つかみかかってきたのでしずくは思わずうろたえた。

目つきが不気味で異常な様子に恐怖を感じた。その時突然大河が現われて

「こらこら。」

と言いながらその男子を後ろから抱きかかえるようにして

教室に連れていった。

「ちぇっ,あんな奴に助けられるなんてついてないな。」

としずくは思った。

「これで恩を着せられたらたまんないや。

 それにしても世の中には変な奴がいるもんだ」

三時間目の授業を受けるためしずくは教室に戻った。

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