第3話罪悪感

 しずくは事故の後、体調をくずしてずっと寝込んでいたが


「これ以上休んだら勉強わからなくなっちゃうよ。


 それにクラスのお友達にも忘れられちゃうと困るし」


と母親に登校を促され、しぶしぶ承知した。


 母親が去った後独りになると、しずくは


「友達なんて一人もいないからそんな心配いらないのに」


と思わず苦笑いを浮かべたのだった。


 一か月ぶりに家の外に出たしずくは、外の世界のまぶしさに戸惑って、


どこか身を隠す場所はないかとおろおろした。


 すると由紀と同じくらいの年頃のおさげ髪の少女が、


赤いランドセルをカタコト言わせながら


しずくの前を横切って元気よく駆けて行った。


「由紀と手をつないで歩いていたころは全然怖くなかったのに。


 これからは同じ道を一人で歩かなければならないのか」


と思うと憂鬱になり、しずくは溜息をついた。


「自分があの時ほんのちょっと待っていてあげていれば


 あんな事故は起こらずに由紀は今も元気で暮らしていただろう。


 あんなに早く死んでしまったのは自分のせいだ」


と絶望のどん底に突き落とされた。


 すぐにでもうちに逃げ帰りたいという衝動に駆られたが、


母親の期待を裏切るわけにはいかないと思い、


重い足を引きずってなんとか学校までたどり着いたのだった。


 教室に入ると、好奇のまなざしが一斉にしずくに向けられた。


 席についたとたん、目をぎらつかせ、鼻息を荒くした4,5人の男子児童に


取り囲まれ、しずくはおびえてしまった。彼らは


「ねえねえ、君の妹、車に轢かれて死んだんでしょ?」


「死体ってどんな風だった?」


などと非常識な質問を病み衰えたしずくに向かって矢継ぎ早に浴びせかけた。


あまりのえげつなさに眉をひそめている者もいたが、


誰もかばってはくれなかった。


 独りで行動することを好み、ほかの児童と親しくなることを


自ら避けていたしずくだったが、この時ばかりは心細さを感じた。


うつむいて黙ったままのしずくを相手にすることに飽きたのか、


しばらくすると彼らは散っていった。


 その晩、しずくは妹の夢を見た。事故以来毎日のように


妹は夢に現れ続けていた。


大きな洋服ダンスの中を開けると、その中にしょんぼりした顔で


うなだれた由紀がいた。一回り体が小さくなっていること以外は


生前の姿と変わりなかった。


「わ~い、由紀が生き返った!」


と叫んでしずくと母親は駆け寄った。由紀は母親にとびついて甘えたが、


突然、くるりとしずくの方に向き直った。


その鬼のような形相にしずくはたじろいだ。


「なんであの時置いていったのよ!」


と由紀はひび割れた、恐ろしい声で叫んだ。


 その瞬間、しずくは目を覚ました。


枕もとの時計を見ると午前三時で、ぐっしょりと汗をかいていた。


「由紀・・・ごめんなさい・・・許して」


 しずくは枕に顔を押しつけて声を押し殺して泣いた。土日の休みもなく、毎日


忙しく働いている両親を起こして迷惑をかけるわけにはいかなかった。


由紀が死んでから、もともと無口だった父親はますます口が重くなり、


陽気だった母親はあまり笑わなくなり、仕事や家事で忙しい時間の合間を縫って


楽しんでいたガーデニングにも興味を示さなくなった。


広い庭に咲き乱れていた花は枯れ果て、いやな臭いがする雑草が生い茂って荒れ果てていた。


それはまるで家に住む人の心の中を映し出しているような光景だった。


 そんな両親にしずくは、意地悪して先に帰ろうとした自分を追いかけたせいで


由紀が飛び出してしまい、轢かれてしまった


ということを打ち明けることができないでいた。


「わたしはいつか罰せられなければならない。」


としずくは思いつめていた一方で、いつかその日がくると思うと怖くて仕方なかった。


「自分はウソつきで人殺しで生きている価値のない人間だ。消えてしまいたい」


と悶々と思い悩んでいるうちに朝が来た。


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