第11話 稼業を継ぐもの


「ボスが襲われたあ?……誰に?」


 石亀から調査の報告を聞き、頭のてっぺんから声を上げたのはウルフこと大神だった。


「わからん。そいつを調べるのが、俺たちの仕事だ」


「ちょっと待ってよ石さん。僕たちが受けた依頼は、消えた旦那さんを探すって内容でしょう。どこをどうやったらボスが襲われるんです」


「うるせえなあ」


 興奮している大神をいなしたのは、金剛だった。


「実際、襲われたんだからしょうがないだろう。この仕事には予期せぬハプニングはつきもんだぜ。そのくらいわかってるだろうが」


「いや、でも……石さんとコンゴがいながら、何でそんな危ない目に……」


 私は思い切って口を開いた。石亀と金剛に落ち度はない。


「仕方ないわ。敵のやり方が巧妙だったんだもの」


「敵の……?」


「俺が駆けつけた時はもう、賊はとんずらこいちまっててな。ボスを助けるのが精一杯だったのさ」


「何が駆けつけただよ。どうせ「飛ばされ」たんだろ。出た先がたまたまボスの近くだったってことじゃないか」


「ふん、そういうてめえは口ばかりじゃねえか」


 二メートル近い金剛とやせ形の大神のやりとりは、なにやらコメディのようでもあった。


「それよりボス、例の「物体」ですが、我々の人脈の中にこういう得体の知れない物の分析を得意としている人間がいます。そいつに任せてもいいでしょうか」


「もちろんよ。私はまだここのセオリーを何も知らないもの。いつもやっている通りのやり方でやって頂戴」


「了解。……ヒッキの方はどうだ」


「はい。「須弥倉クリニック」の経営母体は「医療法人蘇命会そめいかい」なんですけど、ここが経営する二つの総合病院と三つのクリニックのうち、「須弥倉クリニック」はもっとも新しいもので、開業は約三年前だそうです」


「新しいのにわずか三年で夜逃げってのが、まず胡散臭いな」


「次に「蘇命会」の傘下で最も大きいのが「蘇命病院」です。勤務医の中には例の伊丹医師も名を連ねています。このことから推し量られるのは「須弥倉クリニック」の開業が、伊丹医師の肝煎りであろうということです。

 つまり伊丹医師が最初から診察の方向性をある程度限定したうえで、弟子筋である小峰医師に経営を委ねたと考えられます」


「いや待てヒッキ。ここはもう少し想像を膨らませてみよう。仮にもし「須弥倉クリニック」が、三年しか営業しないという前提で開院していたとしたらどうだ」


「えっ、どういう事です?」


「つまり「須弥倉クリニック」という病院自体、浦野氏をおびき寄せるための病院だったという可能性だよ」


「そんな……馬鹿げてます」


 私も石亀の仮説には首をひねらざるを得なかった。たった一人のためだけに開き、目的を果たしたら閉めてしまう、そんな病院だったのだとしたら、なぜ、求人を出したの?


 混乱している私を尻目に、石亀は話を続けた。


「いずれにせよ「蘇命会病院」の伊丹医師とはいずれコンタクトを取らねばならないだろうな……だが、その前にまずはこちらの足場を固めないと。

 ……つまり伊丹医師、小峰医師が何をしようとしていたのかを、ある程度正しく掴んでおく必要がある」


「カギは「裏クリニック」……ね」


 私が呟くと、石亀が険しい表情を浮かべながら頷いた。


「そうとわかったからにはボス。今後の調査ではみだりに「裏クリニック」の名を出さないようにお願いします。我々の狙いがそこにあるとわかった時点で警戒され、協力を拒まれる可能性もあります」


 私は思わず頬が熱くなるのを覚えた。私がやってきたことは、容疑者に向かって「あなたが犯人ですか」と尋ねていたに等しいからだ。


「さて、どの方向から攻めたものかな」


 石亀がそう言いながら首筋を掻いた、その時だった。おもむろにドアが開き、がに股歩きの人影が入ってきた。


「かーっ、なんでまた、俺が賭けてない時に限って一番人気が来るんだろうな。新聞も嘘ばかり書きやがって」


 現れたのは、荻原だった。荻原は手にした新聞を丸めてくずかごに放りこむと、自分の椅子にどかりと腰を据えた。


「テディ、馬どころじゃないぞ。ボスが敵に襲われた」


 テディというのが、荻原の愛称だった。なぜそう呼ばれているのかは、残念ながらまだ聞かせてもらっていない。


「何だって?本当か」


「ああ。無人の待合室を調べていたんだが、俺が目を離している隙にやられた」


「ちっ……そうなると、ただの夜逃げとは違ってくるぜ」


「わかっている。最悪の場合「やつら」が一枚、噛んでいるかもしれない」


 石亀が「やつら」と いう言葉を口にした途端、荻原の目が険しくなった。


「まじかよ。……だったら、少々、やり方も変えなきゃならないな」


 二人のやり取りを聞きながら、私は怖気のようなものがこみ上げてくるのを覚えた。


 ――「やつら」?……ねえ、「やつら」って、なんのこと?


「そうだ。最悪の場合、ボスを調査から外さなきゃならなくなる可能性もある。……テディ、悪いが次の聞きこみはお前がボスと一緒に行ってくれないか」


「俺が?……ああ、わかった。で、どこに行きゃあいいんだい」


「浦野医師と個人的に親しかった人間を当たってくれ。データはヒッキに用意させる」


「一番親しいのは、奥さんじゃないのか」


 荻原が尋ねると、石亀は首を横に振った。


「いや、依頼人は外す。……というより誰に当たったか、むしろ奥さんには気づかれるな」


「ふうん。……こりゃあいよいよ、やばい話になってきたな」


 荻原がそう言って無精ひげだらけの顎をしゃくった、その時だった。大きな声と共に、人影がドアをくぐって現れた。


「あいかわらず、せまっ苦しいわねえ。ちゃんと仕事してるのかしら」


 私は思わず声の主を見た。四十前後くらいだろうか。髪をキャラメルブラウンに染め、きつくカールを巻いた女性が腕組みをして立っていた。


大船おおふねさん……」


「所長がいなくなってずいぶん経つけど、経営の方はどうなってるの?一応、パパが所長に世話になってるって言うから義理で待ってあげてるけど、本来なら廃業させるところよ」


「その点はご安心ください。先日、新しい所長が就任しました。前所長の委任状付きです」


 石亀はそう言うと、いきなり私の背を押した。よろけるように前に進み出た私と、女性のまなざしが正面からぶつかった。


「あなたが?……失礼だけど、大学生くらいのお嬢さんじゃない。何かの冗談?」


「冗談ではありません。彼女が新所長の汐田絵梨さんです」


 いきなり矢面に立たされた私は、成り行きに任せる形で自己紹介をした。


「は、初めまして。このたび「絶滅探偵社」二代目所長に就任しました、汐田です」


 私が口元をこわばらせながら挨拶すると。女性は私をつま先から頭のてっぺんまで、値踏みするかのように眺め回した。


「……まあいいわ。私はこのビルのオーナー、大船弘道おおふねひろみちの娘、奈津子なつこよ。うちの父と前の所長さんが親しかったから、格安でこのフロアを貸してあげてるの。よろしくね」


 私は深々と頭を下げた。私は今、ここの責任者なのだ。


「本当にもう、前から言ってるでしょ、もう少し綺麗で広い物件を紹介するから移りなさいって。こんなむさっ苦しい場所で営業してたら、お客さんだって逃げてくわよ」


 あきれ顔でそう言うと奈津子は扇子を取りだし、首筋を扇いで見せた。


「お言葉ですがね、オーナー。この場所は先代が「ここじゃなきゃ務まらない」といい続けた物件なんです。おいそれとほかの場所なんかに移れると思いますか」


「ま、貧乏くさいのがいいなら、お好きにどうぞ。……それにしてもこの子、何だか頼りない顔してるけど、大丈夫なの?前の所長が男前だっただけに、余計ポンコツにみえるわ」


 奈津子がそう言うと、突然、ふっと人が動く気配があり、私の前に荻原が割って入った。


「な……なによ。私、別におかしなことは言ってないわよ」


「オーナー。確かにポンコツだってのは間違っちゃいません、ですが……」


 不意を衝かれ、身をのけぞらせている奈津子に、荻原は凄みを聞かせた声で言った。


「そいつを口にしていいのは、うちの調査員だけです」


              〈第十二回に続く〉

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