第二十六話 「あー、うん、こうなったら面倒見てやるか」



 魔獣が吸血行為を行い、異なる種族同士が徒党を組んで襲撃するという異常事態に、王都から直々に特別対策人員が派遣される事となった。


 通常、魔獣は種族毎に纏まる性質にある。


 これは、彼らの命令系統に大きく由来するモノだが、今回の件では巨大吸血魔獣という、他とは大きく姿形が離れた魔獣の出現が確認されており。


 即ち、新たなる魔王の発生の可能性が、大きく示唆された為であった。


 魔王の発生、それは即ち最前線を意味し、引いては国の存亡にすら直結する事態であるのだから、当然の帰路だったと言えよう。


 ギルドの上層部、そしてディアーレン支部長ヴィオラの見解も国と一致しており、冒険者共々、慌ただしい日々の始まりであった――――。


 ――――というのは、明日の話。


 現在の時刻は、全裸男が発生し、巨大吸血魔獣を殺したその日の夜。


 討伐に参加した者、間に合わなかった者。その全てが勝利の杯を掲げ、街全体が浮ついた雰囲気であった。


 アベル達もまた、ギルドの酒場で飲んで食べての大騒ぎに参加、費用がヴィオラ持ちという事で遠慮をする事は無い。


 盛大な乾杯から始まり、ギルド側の配慮で後付け緊急依頼扱いの報酬に喜び。


 そして何故か始まる、リーシュアリアを筆頭とした大食い対決。


 次々と屍が積み重なる中、フラウとリーシュアリアの一騎打ちが続けられて。


「…………これから大変だぞケイン」


「…………兄貴。僕、やって行けますかね?」


 うっかり、皿の数とお値段を計算してしまった男二人は、ひきつった顔で震え上がる。


 然もあらん。


 燃費の悪いリーシュアリアに、元が巨体なので必然的に大食らいになるフラウ。


 ケインの処遇が、先程ヴィオラから任された以上、実際に動くのは彼としても、アベルとしては気を使わなければならない。


「…………取りあえずお前も教官に加われ、同時に高難易度の討伐もこなせば、家を買うか借りるかしても問題ない」


「…………ああ。やっぱり引っ越しは必要ですよね」


 一般的に、冒険者の住処というのは仮住まいが多い。


 というのも、街に十人の冒険者が居れば、その内の半分が余所から一時的に。


 残る半数の内、街付近の村からやって来て家を借りているのが三人。最後の二人は地元出身で住む家の心配は無い。


 そんな案配であるからして、王都から来て居着いたケインは、冒険者専門の長期逗留宿(掃除洗濯食事は別料金だが家を借りるより安い、そして独身専用)暮らしである。


「いい物件知ってるから、明日辺り見に行くか?」


「宜しくお願いします兄貴…………」


 新生活を前に、主に金銭的な意味で青ざめるケイン。


 だが、あれだけの美女と一緒に暮らすのだ、多少の苦労など直ぐに吹き飛ぶだろう。


(後日、色々説明するとして。コイツの場合は冒険者としてそれなりの経験があるから、特には問題はなさそうだな)


 アベルとしては、厄介事の押しつけ先になっているのか、それとも別の思惑があって戦力を集めているのか、判断しかねる所であったが。


 ともあれ、イレインと関わって以降、あれよあれよと仲間が増えた事については喜ぶべき所である。


 冒険者として名と地位を上げる欲望は持っていないが、いざと言うときに気軽に頼れる戦力があるのは、心強い。


 アベルは強い、引退したとは言え最強の一角であるという自負はある。


 だが、一人で出来る事の限界も知っているのだ。


 先輩冒険者相手に、魔法薬談義で盛り上がってるケイン。


 リーシュアリアを応援しながら、酔いどれているイレイン。


 隣でやけ食いを始めたケイン。


 たった今、リーシュアリアに敗北したフラウ。


 第一線から引く事を決めた日以来、背中を預けられる仲間はもう出来ないと、一抹の寂しさを感じていた、いたが――――。


(――――けど、やっぱり良いものだな)


 もしこの者達ならば、何れ来るアベルとリーシュアリアの『結末』を、看取る事が出来るまでに成長するだろう。


 少しの申し訳なさと、多大な期待と共にアベルが杯のエールを飲み干す中、その場にそぐわない声達がギルドの門を開いた。


「ああっ! ここにいましたよ皆さま!」


「ケインくーん! およめさんが来ましたよ!」


「もー。かえってこないと思ったらこんなところで…………!」


 それは、可憐な少女達であった。


 年の頃はイレインより少し幼く見え、この街に長く居る冒険者なら名と顔が一致する者も多数。


 中には、自分の娘が何故ここに? と首を傾げる者すら。


 彼女達は一様にケインの名を呼び、取り囲む。


 その光景は、正にハーレム。そう、少女ハーレムであった。


(おいおいおい、こいつは――――)


 フラウを仲間にした事で、ケインの問題は解決した。


 と思っていたが、やはり、そう上手く事は運ばないという事らしい。


 原因究明も明日からの課題に追加、と思う前にアベルとしては見過ごせない者が一人。


「はぁああああああああ!? 何でミリーっ!? え、ええっ!? 何処で、何時!? ふえええええええええええっ!?」


「あ、久しぶりイレイン。こっちは私の運命の人、ケインさんよ」


「ちょっとちょっとちょっと! ケインさん速攻で浮気ですか!? というか何時知り合ったんです、ミリーに何したんですっ!?」


「そいつぁ俺も気になるなぁケイン、ウチの娘になぁにしたってんだお前?」


 ミリー、彼女がその少女ハーレムの輪に加わっている事である。


 取り急ぎ近くに居た職員と、ガルシアを捕まえて事情を聞き出す。


「おい、どうなってやがるガルシア? そっちも、何か知っていないか?」


 正直、ケインの少女ハーレムとやらは眉唾モノ、或いは背伸びしたい少女達の『憧れ』や『遊び』の類だと考えていた。


 恐らくケインがお節介を焼いて、その心に淡い火でも付けたのだろうと。


 だが、何故ミリーも加わっているのだろうか。


 アベルの真剣な表情に、ただ事では無いと感じたっガルシアと職員も、真面目に思考を唸らせる。


「…………心当たりは無いですアニキ。そもそもケイン先輩はこの前の討伐で初めて話しましたし。イレインもそんな暇は無かった筈です」


「あの子は医務室で治療を受けていた子よね、イレインちゃん達がお見舞いに来ていた事は記憶にありますが、その中にケインさんは居なかったかと」


「そうか、ありがとう。――――この事はまだ誰にも言うな、余計な混乱を招く。ああ、ヴィオラには俺から言っておくから」


「事情は判りませんが、了解しました」


 話は以上だと職員を解放すると、アベルはガルシアと会話を続ける。


「ガルシア、事態は把握しているか?」


「ええっと、ケイン先輩の言っていた少女達に迫られるという発言は本当で、ミリーもその中に加わって」


「ミリーはケインと接点が無い。ならば他の子供達は?」


「――――真逆」


 ガルシアはぎょっとして、少女達を見た。


 今彼女達は、事態に気づいたフラウとケインの取り合いに興じ、その保護者や知り合い達も加わって混沌とした有様。


「上から指示が有るかは判らんが、奴は新しい仲間だ。何とかするぞ」


「はい、…………でも、そうなって来ると。夢で出てきた金髪の女とやらも――――」


 言葉にするな、本当になったらどうする、とアベルが言おうとした正にその時、新たな人物が渦中に加わった!



「ほらほら、皆退きなさいっ! このアタシ、ラセーラ様こそケインの主となる人物なんだからねっ!」



「どういう事だケイン、また増えたぞ! 妾の他に何人いるんだお前ーーーーーー!」



「知らないっ! 君以外知らないってばあああああああああああああああああああ!?」



 ラセーラと名乗る、金髪で豊満な胸を持つ、美貌の冒険者の登場で。


 アベルはガルシアと共に、頭を抱えて天を仰いだ。


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