第十九話 「そろそろ着く頃だが……」



 ディアーレンの西に存在する『大森林地帯』


 そこより西に、人類の居住区は存在しないと言われている。――――大陸の中では、だが。


 更に西には、複数の海棲魔王が複数存在する『魔の海峡』と大きな島国。


 その島国とは国交があるのだが、今は割愛する。


 ともあれ、出発から三日後の夜。


 大きな川の畔を夜営地とし一同 アベルとリーシュアリア、そして新米二人とケインの計五名。


 彼らはイレインの魔術のお陰で、見張りの必要も無く、安心して食後の休憩をしていた。


 木のコップで白湯を飲んでいたイレインは、たき火を囲んで向かい側のケインに質問する。


「奥地って、後どれくらいなんですかケインさん? 海岸までは行かないって話でしたが」


 ディアーレンから大森林地帯の果ての海岸までは、一ヶ月かかると言われているし、森を突っ切ってそこまで行けるのは、最前線に居る高位冒険者並の実力がいるという話だ。


 ケインが中級下の冒険者な以上、奥地と言っても全体の三分の一程度の距離、というイレインの推察である。


 ぱちぱちと薪が燃える音の中、ずずずと白湯を啜りながらケインは答えた。


「うん、何事も無ければ明日には着く筈だよ。――――流石、兄貴が特別目をかけてる子だけあって二人とも優秀だね、前回の時は二週間以上かかったのに」


 その時は、素材収集の依頼の為、なるべく魔獣と遭遇する様に、曲がりくねった経路を取っていたが、それを考慮しても、常識外の早さだ。


 アベルが冒険者として優れている事は、最早語るまでも無いが、イレインの各種魔術による地理把握と魔獣の探知。


 ガルシアの魔法薬をふんだんに使い移動速度の上昇、それらに、ケインの共感能力を駆使した道案内加わった結果が、驚異の三日間。


 目的地まで一直線、弱い魔獣は進行速度に追いつけず、強い魔獣は数秒で蹴散らされる。


「オレとしては、アネゴに吃驚ですよ。…………もしかしてアニキより体力あるんじゃ…………?」


 うんうん、と頷くイレインとケインに、剣の手入れをしていたアベルは苦笑しながら肯定する。


「お前等注意しろよ、単純な腕力や早さでは、俺より強いからなコイツは」


「あら、酷いですわ旦那様。こんなにか弱い女を無理矢理連れてきてその言葉ですか」


「あだっ!? あだだだだだだっ!」


 ベタベタとくっつきながらアベルの頬をぎゅっと抓り、ぷぅとふてくされるリーシュアリア。


 その姿に、三人も苦笑した。


 然もあらん、大きな泥濘があれば、汚れるのが嫌だと華麗に跳躍して回避し。(飛べるイレイン以外はかなり汚れた)


 ここいら一帯に生息する魔獣、赤大猿の巨石を投げる攻撃には、受け止めた上で投げ返す。(回避が遅れたケインをしかたなく庇った、という理由があるが)


 これのどこが、只の奴隷なのだろうか。


 容姿や立ち居振る舞いを見れば、亡国の姫君という噂に誰もが確信さえ覚えるが、魔法や魔法薬の手助け無しに巨木を引っこ抜いて振り回す女性が、何処に居るというのだろう。


 彼女本人としては、温室育ち故に森の不衛生な環境に苛立っていた結果、自重の二文字を忘れてしまっていただけなのだが。


 あまり怪しまれるのも不味いと、アベルは誤魔化しにかかる。――――もっとも、手遅れかもしれないけれど。


「リーシュアリアは魔法はそこまで使えないがな、魔力が人の倍以上あるんだ」


 なお、この場合の人とは、魔王討伐を可能とする極一部の魔法使いと比較してであり。


 実際には、倍という言葉が陳腐に聞こえる程の差だ。


 ともあれ。


「あんまり言いふらすんじゃねぇぞ、お前等。コイツの強さも、可愛さも、愛くるしさも。体のエロさも、全部俺だけが知っていれば良いんだからな」


「~~~~~~っ!? ば、馬鹿っ」


 ぽかぽかと、アベルの頭を叩くリーシュアリア。


 その顔は澄ましているが真っ赤で、アベルも気づいているのかニマニマ笑っている。


「ガルシア君、聞いたか? これがモテる男の言葉だ」


「はいケイン先輩! アニキの言葉はしかと胸に刻みましたっ!」


 舎弟二人が尊敬の念で、二人を見る中、ウブなイレインといえば、これまた真っ赤にしてぼぉっとため息を一つ。


「――――はぁ~~。良いなぁ……、わたしもいつか」


 いつか、いつかとは何だろうか、相手は? イレインの脳裏に親しい男性の顔が浮かび。


(教官、は違いますよねぇ、じゃあガルシアさん…………も違う、ケインさんは…………あったばかりですし)


 ダリー達とパーティを組んでいたら、そういう可能性があったのだろうか。


(でも、何か違う)


 イレインは恋に憧れを持っているのかもしれない、だが、欲している訳ではないし。


(お爺ちゃん、わたし。村に居た頃より魔術が楽しいの…………)


 揺らめく炎を見つめながら、彼女に笑みが浮かぶ。


 そして何より、こうして冒険者をしている事が楽しい。


(――――早く元気になって、一緒に冒険しよう、ミリーっ!)


 この場にミリーが居たら、もっと楽しかったのに、そう感傷に浸っていると、剣の手入れを終わらせたアベルが、ケインを手招きして耳打ちする。


「内緒の話ですか兄貴?」


「おう、ちょっとな。――――例の話だ、イレインは『大丈夫』なのか?」


「ああ、その話ですか…………」


 この地に赴いた原因、少女達による強制ハーレムの事を思い出したケインは、一瞬うんざりした顔をするも、むむむ、と此処までの行程を振り返る。


「『大丈夫』です兄貴、そんな素振りはありませんでした」


「なら、いいんだ」


 イレインは今年で十四歳だと言う、そして件の少女達の平均年齢は十歳。


(これで可能性は一つ消えた訳だ)


 少なくとも、無差別に好かれる事は無いらしい。


 もっともイレインの、ローブの多重に施された防御魔術の効果による物の可能性は否定は出来ない。


「…………確認くらいはしておくべきか」


「あら旦那様、何のお話?」


 当然の様に聞き耳を立てていたリーシュアリアが口を挟み、アベルとケインは顔を見合わす。


「――――どうする?」


「此処まで付き合って貰って、全てを話さないのも不義理です」


「わかった。――――よし、皆聞いてくれ」


 ケインは語った、自身が置かれている状況と。


 仲間にする魔物探しという目的の他に、確かめる事がある事を。


「…………成る程、夢で女神を名乗る不振な女が居るかどうか」


「んでもって、それを仲間に出来れば万々歳、そうでなくても、何かしらの魔物を仲間に出来ればって事っすねケイン先輩っ!」


「ごめんよ、全部話していなくて」


 頭を下げるケインに、イレインとガルシアは慌てて頭を上げる様に言った。


「他人の夢の中に入る魔法は知りませんが、どう考えても不自然過ぎますっ! それに女の子達を利用するなんて許してはおけませんっ!」


「オレは別にアニキ達に着いてきただけなんで、――――でも」


 ガルシアは真剣な表情で、隣のケインの手をがっしり握って言った。


「正直ちょっと羨ましいですけど、女の子のおっぱいは大きい方が良いですよねっ! それが黒髪ポニーテールならなおよしっ!」


「わかりますかガルシア君! 巨乳は正義っ! 長身で赤毛が良いですよねっ!」


 今此処に、舎弟二人はお互いを解り合った。


 お互い嗜好は違えども、常識的に忌諱する部分は同じ。


「――――男の子って、何処も同じなんですね」


「そういう時は、馬鹿って言っても良いのよイレイン」


 呆れた顔をするイレインと、その頭を撫でるリーシュアリア。


 然もあらん。


 ――――なお、大陸全土の常識からして見ても、十歳というのは、色々早い。


 女性では、イレインの年頃から結婚の声が聞こえてくる位。(それも、何らかの事情のある場合や、地方の村の風習などの事柄で、である)


(そういや、正式に結婚してないって事は、――――リーシュアリアは行き遅れかぁ)


 彼女の年齢と、外見年齢は一致していない。


 というか実は、年上だ。


 本人の名誉を鑑みて、誰から見て年上かは言わないが。


「――――旦・那・様?」


「おおっとそうだっ! イレイン、そのローブを少しの間だけ脱いでくれないか?」


 察しのいいリーシュアリアの冷たい声を前に、アベルは戦略的撤退。


 念のため、ケインの影響が出ないか調べる事に。


 結論から言うと、イレインが惚れる様子は何一つなかったが、それでアベルがリーシュアリアから逃れられたかといえば否であり。


 何が起こったかは教え子三人組には解らなかったが、次の日の朝。


 アベルが一睡も出来ないで、リーシュアリアが機嫌を直していた事だけが、その何かを物語っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る