メイド人狼編

第4話 おかしなメイド達

「――おはようございます、お嬢様」


 マリアの館から生還した俺を待っていたのは、メイド達に囲まれる日々。


「今日の職務は如何なさいましょう。何なりとお申し付けください!」


 10人のメイドは俺の言いなり。まぁ限度はあるが、俺の指示に忠実に従ってくれる。


「お嬢様、準備が整いました。」


 ただひとつ、不安な事があるとすれば。


「……本日の会議をはじめましょう」


 この中に一人、人狼が混じってるって事――




 ――さて、また“どうしてこうなった”と言いたくなる状況だが、話はこれまた少し前に遡る。


「やぁやぁ、おかえりー! さっすが私のドール。一千万を一億にしちゃうなんてね!」


 目が覚めると、俺はまたルーシアの部屋に戻ってきていた。天使のような見た目をした悪魔の元に。


「……足りないんだろ」

「へ?」

「だから、足りないんだろ。この程度の額……1億なんかじゃ、とてもじゃないが」


 俺の言葉に、ルーシアは眼を丸くして押し黙った後――屈託のない笑顔を俺に向けた。


「ご明答! そりゃそうさ、お金はいくらあっても困らないじゃない?」

「わかった。次は何だ?」


 俺の言葉に、ルーシアはまた眼を丸くする。


「えっ、きみ大丈夫? なんていうか、私が言うのもなんだがここはもう少し嫌がるとこなんじゃないかい?」

「……お前は俺にゆっくり教えていくと言った。それはつまり、何かゲームに参加するごとに少しずつ教えていく……って事だろう? つまりゲームとゲームの間にぬるま湯……一時の安全、例えばつかの間の休みだの、自由時間だの、そういうのをお前から貰う度に間延びしていく。次に命を張らなきゃいけない、そんな時を待ちながら飼い殺されるのは御免被る。 だいいち、せっかくのカンもそんな事をしてる間に鈍る」


 そういってまくしたてると、ルーシアは少し悲しそうな顔をした。――なんだ、その顔は。


「……違う、違うんだよストレイ。私はなにもそんな」

「黙れ! どれだけ取り繕っても、金の為に俺の命を勝手に張ってる事実に変わりはない。半端に善人ヅラするな!」


 そんな顔を見て、怒鳴りつけてしまう。半分は怒りに任せての事だが、もう半分は罪悪感を払拭する為だ。それに対してルーシアは、大きくため息をついてこう言った。


「わかったよ……丁度参加者を募集してるゲームがある。急遽そこにねじ込もう」

「勝手にしてくれ。それより、俺に話しておく事はないのか?」


 話しておく事。要するに、ルーシアが“最後には必ずすべてを教える”と言った、その残りの部分だ。


「んー……とはいえキミ、帰ってくる前にキミの種族……つまり、ドールについては教えてもらったんだよね?」

「ああ、まあ」

「なら今回はなしだ。それを教えようと思ってたからね。次に教える内容はまた考えておくよ」


 脱力。なんだそれは。


「いや、なら他に……何か無いのか?」

「じゃあ、逆に何を聞きたい? キミが全部、って言うから、こっちで教える段取りを組んでるんじゃないか」


 詭弁だ。だいいち何から何まで知らない俺が、具体的に何を知りたい、と聞かれて思いつく筈が――


「――いや。そうだな、1つあった」

「なんだい?」

「俺達ドールについてはわかった……から、お前だ。お前やあのマリア、シトラス……奴らの種族について教えろ」

「んー、簡単に言うと人外かな」


 また脱力。簡単に言いすぎだ。


「ま、そこらへんはちょっと根幹……っていうか、後のお楽しみっていうか? とにかく、今は人外だと思ってくれれば」

「……いまいち納得できないが、わかった。まあ、よく考えれば確かに今詳しく知ったところでどうなるもんでもないしな……」


 とはいえ、気になるのは事実だったが。しかし、この調子だと今度のゲームに勝ってもまたのらりくらりとかわされそうだ。次に戻ってくる前に、もっと良い質問を考えておかないと。


「じゃあ、手続きはしておくから……今はおやすみ。頑張っておいで……」


 また、やつの冷たい手が俺の太腿に触れる。そして、堕ちていく。意識が。闇の中に――



 ――目が覚めると、俺は見知らぬ館のエントランスホールに突っ立っていた。前回もそうだったが、立った状態で意識を取り戻すということは、意識を失っている時単純に気絶している訳じゃなく、もしかするとこの支配紋とかいう紋様の効果で身体を操られているのだろうか。なるほど、それなら輸送コストも掛からないな。歩いていける範囲の場所ならだが。自分のスカートを少したくし上げながら、そんな事を考えていた。その時だった。


 衝撃、突然の痛み。思わず身体が仰け反る。しかもただ痛いだけではなく、その、なんと表現していいのか。少し遅れて得も言われぬ感覚が襲ってくる。そして更に遅れて理解した。突っ込まれている。指。尻の穴に。下着の上からだが――要するに、カンチョー。子供の頃一部の悪ガキがやってたアレだ。理解に遅れて、刺激と驚愕が一気に湧いてくる。


「ぬあああああ!?」


 そして思わず美少女がまず出さない声を上げてしまう。さんざ振った炭酸飲料のフタを開けたみたいに、吹き出した。叫びなのか呻きなのか喘ぎなのかよくわからない声。


「ふっふっふ……スキありっ」

「え、なに。なんっ……あへぁっ」


 困惑のうちに指を抜かれ、また情けない声をあげてしまう。が、それよりも。なんだ。こいつ。見知らぬ女――戦々恐々と振り向くと、居たのだ。両手を組んで人差し指だけ立て、要するにカンチョーした後のままのポーズで子供のようににこにこ笑う長身の。見知らぬ女。そう、振り返った先に居たのは、白くてふわふわのロングヘア、猫耳付き。豊満な胸、短い丈のメイド服、そして2本の白いしっぽ――そんな出で立ちの見知らぬ女だった。


「いやぁ、あんまり無防備だったからさ~」

「おまっ、だからって……」


 文句を言いかける俺の言葉をさえぎって、見知らぬ女は俺の手をしっかり握ってくる。


「そんな事より、ようこそ僕の館へ! 僕の名前はパティシア。 今この時は、君の専属メイド隊のリーダーさ!」

「専属……メイド……隊?」

「まあまあまあ、とりあえずこっちへどうぞお嬢様~」


 パティシアと名乗ったメイドは、困惑する俺の手を引いて走っていく。俺は抗議も抵抗も理解も半ば諦め、大人しく手を引かれていった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 その先に待っていた光景に、俺はまた困惑した。なにせ10人――そう、10人ものメイドが、俺を出迎えたのだ。パティシアとあわせると11人ということになるか。


「いや、あの……これは何だ?」

「君の為に用意したメイド達だよ。これから暫く君のお世話をしてくれるし、何よりこのゲームの駒でもある」


 駒。

 そういえば、そうだ。俺はゲームのため、金を稼ぐ為にここに来た――筈だ。だからお嬢様と呼ばれ、メイドに世話を焼いてもらうなんて状況はおかしな事。なるほど、そもそもこの状況自体が既にゲームの中であると考えるのが自然だったか。


「まあ、ルール説明はもうちょっと後にするとして……まずはそこに座って。メイド達に自己紹介して貰ってね」

「あ、ああ……」


 自己紹介ときたか。何のゲームをするのかはわからないが、前回のゲームと違って一人ずつ覚える必要がありそうだ。そう思って見渡してみると、やはりここでもアニメか何かから飛び出してきたような美少女ばかりが並んでいる。そして俺がまず目を引かれたのは、2つほどある”見覚えのある顔”だった。


「あれ? お前ら、確か――」

「……はい。あの時のゲームで借金を抱えてここに売られてしまいまして」

「私もそんな感じですね……」


 胸に9番、10番のバッジを付けたメイド。見覚えどころか面識がある。9番の白とも水色とも言えぬ、雪や氷をイメージさせる綺麗な髪をポニーテールで纏めたメイドは前回のゲームの雪女。そして10番の一見地味だがスタイルが良くどこか妖艶な眼鏡のメイドは前回のゲームの秘書だ。いや、雪女だの秘書だのは俺が勝手に見た目でそう呼んでいただけだから本名は知らないんだが。


「まあ……丁度いいですね。では10番の私から逆順で自己紹介、ということでよろしいですか?」


 秘書――だったメイド、と今は言うべきか。10番の彼女の言葉に、他のメイド達は黙って頷いた。


「では私から……本名は別にありますが、ここではショコラと呼ばれております。ご存知の通りメイドになってからまだ日が浅いですが、よろしくお願いします」


 ショコラ。10番、元秘書はショコラ。栗毛色の髪。メガネ。泣きぼくろ。メイド服はロングスカートで落ち着いている。――よし、覚えた。


「それでは……9番、こちらではシャーベットと呼ばれております。同じく日は浅いですが、何卒」


 シャーベット。9番、元雪女はシャーベット。白銀の長髪をポニーテールで纏めた、着物のような和テイストを取り入れたメイド服。――覚えた。というより、こうやって要素を1つずつ確認していかないと人を覚えられないのだ。俺は。なにせ、他人はずっとモブだと思って生きてきていた。“生前”も、覚えなきゃいけない相手はこうやって覚えていたのを思い出した。


「はいはいっ! 次はあたし! 8番、マカロン! よろしくね!」


 マカロン。8番。薄いピンクのボブカットがまあマカロンっぽい。その他、全体的にパステルカラー。元気いっぱいでスカートは短い。低身長ながら胸は大きめ。


「た……タルトです。料理が得意です。」


 タルト。7番。茶色の三つ編みをリング状でまとめている。なるほど確かに、タルトっぽくはある。メイド服は標準的で、丈も短すぎず動きやすそうな膝丈。


「ん? 次? んー……スフレ。あんま仕事したくないし、覚えなくていいかも」


 スフレ。6番。気だるそうな半目の金髪ロング。猫背。見るからにやる気ゼロ。スカートは短め。


「ドラジェよ。よろしくね、可愛いお嬢様」


 ドラジェ。5番。やや化粧が濃いため、けばけばしい衣装を受ける。素材は良さそうなのに少し勿体無い。胸は大きく、スカートも短い。扇情的である。メイドとしてどうなんだ?


「エクレアで御座います。一時の主従関係ではございますが、誠心誠意お嬢様に尽くさせて頂きます」


 エクレア。4番。金髪ショート。アホ毛がアンテナのように立っており、雷を思わせる。全体的なイメージは至って清楚。スカート丈も長い。


「タフィだ! よろしくな!」


 タフィ。3番。黒髪ベリーショート。褐色。男勝り、というやつだろうか。動きやすさ優先か、スカートは短い。


「バウムです。よろしくお願いしますね、お嬢様」


 バウム。2番。丸メガネ。ややふとましいが、綺麗。その豊満なボディを包み隠すかのように露出は一番少ない。この中では唯一、ヘッドドレスではなくヘッドキャップ。


「シューよ。お嬢サマ、お願いだから私達を無駄死にさせたりしないでね」


 シュー。1番――このメイドの見た目に、俺は思わず一瞬目を疑った。なにせ、違うのだ。他と。明らかに。まず何が違うって、顔が人間のそれではない。なんと、毛が生えている。顔に。まるで獣――いや、獣人というものなのだろうか。そして人の耳があるべき場所に耳がなく、変わりに、生えている。耳。人のものではなく、兎のものだ。顔だけではない。全身くまなく毛が生えており、なんというか、そう。もふもふ。もふもふだ。脚も人のそれではなく、いわゆる獣に近い。身体は小さく、隣りにいるバウムの半分ぐらいだろうか。しかし、態度は堂々としている。確かに明るい茶色で小さく、どことなくシュークリームをイメージさせるような造形だ。だとすると、体毛とは別に頭に生えてる金髪はクリームのイメージだろうか。


「ま、そういう反応になるわよね。私みたいな獣人型のドールをはじめて見るならね」


 そう言ってフフン、と鼻を鳴らす。顔は完全に兎と言う訳ではなく、人寄りだが兎の面影もある、といったところだろうか。身長も相まって愛くるしく、庇護欲をそそる。


「……あ、ああ。まあ、よろしく。ええと……シュー」


 1番。ちびウサギ。


「バウム」


 2番。高身長むっちり巨乳。


「タフィ」


 3番。ベリショ褐色。


「エクレア」


 4番。カミナリ金髪ショート。


「ドラジェ」


 5番。ややケバ美女。


「スフレ」


 6番。気だるげ金髪ロング。


「タルト」


 7番。気弱で地味。


「マカロン」


 8番。ふわふわパステルカラー。


「シャーベット」


 9番。元雪女。


「ショコラ」


 10番。元秘書――よし。全員覚えた。覚えやすいように気を利かせてか、容姿から比較的イメージしやすいお菓子の名前を付けてくれていて助かった。もっとも、馴染みのない名前もあるがそれはそれで覚えやすい。


「よろしくお願いします。お嬢様」


 一人ずつ見るとメイドとしては適当そうだったり頼りなさそうなのが多い印象だが、こうやって一斉にお辞儀をして声を揃える姿を見ると一応の教育はされているんだな、と思った。しかし、突然10人ものメイドに囲まれることになるとは。しかも全員――いや、一部美少女というより美女というべきメイドも居るが、それはさておき――美少女ときた。しかもそれが全員俺の手駒だ。これから何のゲームがはじまるのかはわからないが、俺も美少女になったとはいえ心は男だ。否応なしに興奮してしまう。


「そいじゃー、ルール説明の前に自由にお話でもして親睦を深めておいてよー」


 パティシアがそう言うと、場の空気がやや緩む。なんと、この美少女メイド達と親睦を深めて良いらしい。その状況に、俺の気も一気に緩んでしまう。なにせ俺はギャンブル狂だが、いかんせん酒と女には弱い。俺の手駒として好きにしていい美少女メイド達と親睦を深められる、と聞いて、つい油断した。そのうえ、俺も美少女だから良いだろう、と思ってしまったところもある。要するに――最低だが、やってしまった。セクハラを。


「きゃっ!? もーっ!」


 10人の美少女の中から、マカロンの胸に触れた。柔らかかった。ふわふわした雰囲気の彼女なら、ノリで許してくれるという浅はかな考えもあったかもしれない。事実、本人は頬を膨らませながらも笑っていた――本人は。


「――お嬢様」

「へぁ……?」


 突然、俺の腰に何かが巻き付く。同時に、背中に何かが密着する。声が後ろから聞こえる――腰に巻き付けられたものは、よく見ると腕だ。ということは、今俺は後ろから腰に手を回されている事になるのか。いや、手を回されていると言うには、腕にはいやに力が入っている。ハグかとも思ったが、どうにもそんな雰囲気ではない。


「私達メイドへのセクハラは……」

「あ、えっ、ちょっ……」


 浮く。身体が浮いた。地面から脚が離れ、何が何やらわからない内に天井が見えてくる。そこでやっと理解した――持ち上げられている。背後から。


「ご遠慮下さい!」

「うげぶっ!?」


 頭に衝撃。どうやら直前にクッションを置いてくれたようで大事には至っていない。そしてどうやら、俺は今ひっくり返っている。180度。俺の腰がくの字に曲がって、自分の下半身が見えている。白いパンツと黒のニーソに包まれた健康的な脚。自分の身体ながら眺めは悪くない、と思ってしまった。と同時に、自分が今恥ずかしい格好になってしまっている事を何となく理解し、顔が熱くなる。周りから見れば赤くなっているのかもしれない。


「ダメだよお嬢様~? 何でもしていいって言っても、こういうのはだーめ!」


 マカロンが、俺を見下ろして楽しそうに言う。そして見下されている俺はというと、痛みと羞恥で思考が一時ストップしたことで一気に頭が冷えてきた所だ。


「……す、すまん……」

「いいよ! あたしは別に嫌じゃないしー。 でも、ルールだからね?」


 身体に自由が戻り、俺はそのまま大の字に倒れた。俺としたことが、ゲームを前についついスケベ心が出てしまった。――反省をしつつも、俺の頭にはひとつ疑問が浮かんでいた。


「い、今の……何?」

「ジャーマン・スープレックスで御座います」


 答えたのは、俺の脚側に立って俺を見下ろしているエクレアだった。どうやらこのエクレアが、俺にジャーマン・スープレックスを掛けてきたらしい。ジャーマン・スープレックスというのはプロレス技のひとつで、相手の背後から組み付いてそのまま持ち上げ、自分の身体を反らせて相手の脳天を地面に叩きつける技だ。――いや、そうじゃなく。


「何でプロレス技使えるの!?」

「何で――って、プロレスはドールの嗜みですので」


 ははあ嗜みときたか。よくわからんが、この辺りはどうやら文化として受け入れるしかないらしい。よく考えれば、この世界の文化については知らない事ばかりだ。今までの経験からして俺の生前住んでた国――要は日本に近いものが多そうだが、それだってまだまだ見えてる範囲は狭い。そんな事を考えていると、パティシアが手をぱんぱんと叩いて喋りだした。


「……さてと。思わぬアクシデントが起こっちゃったけど、丁度いいや。もうちゃっちゃとルール説明しちゃって良いかな?」

「ああ……そうだな、頼む」


 俺はパティシアの問いに、エクレアに抱き起こされながらそう答えた。今のセクハラで心象を悪くしたのは痛かったが、余計な話をする時間があるとまたスケベ心が出てきてしまうかもしれない。とりあえず、今のジャーマン・スープレックスで一応のしっぺ返しを受けたという状態で次に進んでしまおう。


「オッケー、それじゃあ今日からキミにやって貰うゲームは……これだーっ!」


 パティシアはそう言って、説明用であろうフリップを取り出した。そこに書かれていた言葉。恐らくゲームのタイトルであろう言葉は、こうだった。



 ――“メイド人狼“。

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