第33話 猫に技術、魔女に熱、ハイエナ共には徹甲弾


 大地を踏みしめていた履帯が倒木に乗りかかったかと思うと、46tにも達する重量によって枯れ木の繊維はいともたやすく粉砕され車体の下敷きになっていく。先導車であるため仕方無いが、ただでさえ最悪な乗り心地がさらに最悪なことになってしまっており、尻に衝撃が来るたびに顔をしかめたくなった。


「おい、テルック。もちっと優しく運転できんのか?俺が彼女だったら貴様に鉛玉一発ぶち込んで帰ってるところだぞ?」

「あいにく、自分の好みは尻が痛いからって鉛玉ぶっ放すような人じゃありませんぜ、車長殿」

「そういうことじゃない」

「解ってまさぁ」


 ケラケラと笑う操縦士につられるように砲手と通信手が噴き出した。続けて文句を返そうとするが、再び車体に襲い掛かった振動で強制的に口をつぐまされてしまう。


「でも、車長殿。本当によかったんですかい?さっき叩き潰した奴ら、どう見ても軍隊だったでしょ?」

「構うものか、貴様も国章を見ただろ?アレはルベルーズのもの、つまりはルベルーズ陸軍だ。いや、”元”とつけねえとな。国を失った軍隊なぞ、そこらの破落戸と変わらねぇさ」

「俺らみたいに、ですね」


 一番年少の通信手が肩をすくめるが、「ただのゴロツキじゃねぇさ、依頼を受けてるんだから立派な冒険者だ」と欠片もそんなことを思っていない装填手が下品な笑い声をあげた。

 重戦車クラスの大型ビークル8両と中戦車クラスのビークル20輌で形成された彼らは、元はと言えばとある国家の装甲部隊で、その国家の中でも精鋭と呼ばれた大隊。過去の魔獣退治では3体のフォレスピオンを無傷で屠るなどの殊勲を上げていた。しかし、数年前に奮戦むなしく超巨大魔獣によって国家が消滅したことで路頭に迷いかけた彼らは、躊躇なく闇の道へと進軍したのだった。

 今では主に汚れ仕事を引き受ける不法パーティー、”残党大隊”として活動している。


「今回の依頼は”ルベルーズから出てくる残党をできる限り殲滅しろ。避難民からの略奪も許可する”でしたっけ?死人に鞭どころか、極大砲撃をかますやり口は、さすが魔族協商と言ったところでしょうか」

「滅んだ国の軍隊なんぞ、取り込みでもしなけりゃ”計算外”の武装勢力だからな。奴らは金を重視するが、同等以上に金を生む交易ルートを重視する。今回の依頼主は、やつらが野盗にならないうちに叩き潰しちまうのが一番シンプルって考えてんだろうよ」

「この略奪を許可ってのは?」

「ニンジンをぶら下げてやがるのさ。兵隊に略奪を許可させれば士気が上がる、略奪目当てに真面目に戦うようになる、そして何より懐が痛まない。反面、評判は落ちるだろうが、世間様の評価が地べたを這いずり回ってる俺らや奴らにとっちゃ”それがどうした”、だ」


「えげつねぇ」と苦笑いをする通信手だったが、「そういうてめーも、さっきは難民の娘相手に随分張り切ってたじゃねぇか」と砲手から返され、「あなたほどじゃありませんよ」と笑みを深くした。


「でも、この今朝追加になった部分、正気ですかね?”滅びの魔女、アルマ・ブラックバーンをとらえよ”なんて。滅びの魔女ってったら、防御塔クラスの魔術砲撃垂れ流す機動要塞でしょ?」

「んん、それは…どうなんですかい?車長殿。依頼主から何か聞いていません?」


 2人の問いに黙って話を聞いていた車長は一つ頭を掻いて、自分では半信半疑と結論を下した情報を口にする。


「それがな、聞いた話によるとあの女、今はまともに魔術が使えないらしい。最近無茶して回復中なんだとよ。それと、死念波ペイン・ウェーブをもろに食らって魔術どころか戦える状態じゃないらしい。乗ってるビークルも図体がでかいだけで大した性能じゃないとさ」


「それなら安心だ」「間違ってぶち抜かないようにしたいといけませんね、砲手殿」「ハッ、ぶち抜くのはある意味捕まえた後だな。聞けば、その魔女なかなかの上玉らしい」「お前ら、ほどほどにな」

 下種な会話を繰り広げる3人をよそに、中隊のリーダー核である車長は奇妙な引っ掛かりを覚えていた。

 依頼内容は過激でこそあれ、何度もこなしてきた部類の仕事だ。しかも、今回は大隊の全力である可動車両のすべて、特に虎の子の大型ビークル8両を投入した。ルベルーズ主力はすでにギルタブリオンに焼き払われており、残っているのは捜索騎兵や装甲騎兵で、8両の重装甲ビークルを含む28両の部隊を叩けるような戦力ではない。不確定要素としては滅びの魔女が乗る冒険者のビークルだが…いくら図体が大きくても8門の122㎜砲と20門の76㎜砲を向けられればなす術はないだろう。

 まあイザとなったら砲撃しちまえばいい。依頼は失敗に終わるが、略奪品で懐は潤っている。この世には、抵抗されたからやむなく始末したとかいう魔法の言葉があるのだ。


 しかし…


 森の中を行く8両の大型ビークルとその後方を進む20両の中型ビークル。その後方1500mには燻ぶった数量のソミュールとルアール。そして身ぐるみをはがされ、打ち捨てられた数十の躯が転がっていた。



 しかし、死念波を受けるほど近くにいながら、どうやって生き残ったんだ?












 森の中を進んでいるというのに、車内に大きな振動は襲ってこない。ソミュールは小回りの利く良い車両だが、お世辞にも高くない機関出力と履帯幅のため、うっそうとした森の中では道を選ばないと擱座してしまう危険が付きまとった。それが今では、現在進行形で作られていく道の上を進んでいるため、道なき道を進んでいるという意識が薄れそうになってくる。

 というのも、目の前を進む魔獣のようなビークルが4本の履帯で立ちふさがるもの全てを踏みつぶしているからだった。


「なあ、バルナルド。貴様はどう思う?」


「ユキトの事ですかい?」ナングスの問いに問いで答えたバルナルドに無言をもって肯定の意志を伝える。国家を失い、行く当てを失った小隊は半ばなし崩し的にデウス・エクス・マキナと行動を共にしている。

 昨日まではそれなりに治安が良かったルベルーズ周辺は今や無法地帯と化していた。ここに来るまでに、命と家財を略奪された避難民や、それらを守ろうとして業火に身を焼かれたルベルーズ市警のソミュールを幾つか見てきた。

 ノーマッドの話では使用された武器の中には120㎜クラスの大型砲も含まれていたらしい。ビークルの中には主砲と装甲が不釣り合いな設計になっているものが多いが、120㎜もの砲を持つ相手に3両のソミュールが通用するわけはない。

 それでも、”もしもデウス・エクス・マキナと合流せず、早々に避難民の護衛をしていれば”と言う詮無き考えを頭の中で転がしてしまう。今の問いは、そんな思考の迷宮をわきにどける目的が大半を占めていた。


「まあ、取って食われるわけじゃないと思いますよ。奴がキャットノイドが主食のエイリアンではない限り、やる意味がない。だったら、こんなことしないでしょう?」


 バルナルドが親指で指示したのは、自分の目の前にある主砲の砲尾。正しくは主砲全体だろう。無機質な金属でできた表面には網の目のような銀色の金属が走り、じっと見つめると波打っているかのように不気味に蠢いているのが解る。そしてここからでは見えないが、車外の装甲板にも同じような銀の網がかかり、蠢いており、同じような光景が後ろの2両にも広がっていることだろう。

 ノーマッドとユキトが言うには目に見えない小型の機械の集合体で、彼らの目には骨とう品に見えるソミュールをできる範囲で強化するもののようだ。


「目に見えない機械、マイクロマシンか。あいつらは科学だけで発展したというが、それって魔力を介さない魔術や魔法って意味じゃないのか?」

「やってることは完全に錬金術ですしね」


 後ろを見上げ、無機質な表面を蠢く銀の網を胡散臭げに見やるイジドニが腑に落ちないような顔をする。「これで本当に強くなるのでしょうか?」「少なくとも、ノーマッドが作る砲弾は使えるようになるらしいぜ?」「砲弾を作るビークルって時点で訳が分かりませんが」「それは違いない」

 乾いた笑いを漏らす部下につられて、ナングスの口も笑みの形を作った。


「錬金術と言えば、アルマの嬢ちゃんはあの時何て言いかけたんだ?」

「え?ユキトさんじゃないってこと以外に何か言ってたんです?」

「ああ、言い切る前にぶっ倒れてたけどよ。中尉殿は覚えないですか?」

「んん…確かに何か言っていたような…。ダメだな、ユキトに全部持っていかれてそのあたりの記憶があいまいだ」


「ですよねー」と2人の獣人が苦笑いをする。慌てて這い出してきた魔女が言おうとした何かよりも、突然異星人であることを口にした放浪者の衝撃が上回るのは仕方がないことだった。


「ところで、我々は何処に向かっているんです?」

「とりあえずはセンディを目指す。そこで補給してその後の身の振り方を考える。彼らはそこからレネーイドへ向かうそうだ」

「レネーイドですか。あまりいい噂は聞かない国ですよね。どうしてまたそんなところへ?」


「さあな」と肩をすくめて見せるが、フェネカの本名を知っているナングスの頭の中にはある仮説が組みあがりつつあった。恐らく、ユキトやノーマッドの頭の中にも同じ絵が浮かんでいることだろう。


「案外、クーデターでもおっぱじめるかもな」


「まさかぁ」と2人は呆れたように笑うが、その笑みは何処か引きつっているようにも見える。車長用のモニターには、相変わらず倒木を踏みつぶしながら進む異星の重戦車の姿と、同じキューポラから体を出して――一見仲睦まじく――何やら話しこんでいる魔女と異星人の姿が映し出されていた。








「少しは楽になったか?」

「ああ……すまないな、わがままを聞いてもらって」


「気にするな」と返す前には彼女の視線は前へと向けられていた。


 ――さて、ユキトさん。眼鏡薄幸苦労人系美少女を膝の上にのせてドライブする気分はいかがです?

 ――どうしてこうなった。もう一度言わせろ、どうしてこうなった!

 ――親愛度イベント発生に決まってるダルルルォ!?

 ――親愛度上げた記憶ないし、イベントトリガー踏んだ覚えはない

 ――アルマさんは何気ない行動がトリガーになるタイプのヒロインでしょ?

 ――知るか、同意を求めるな

 ――グダグダ言ってないで、抱きしめて頭撫でてデレッデレのドちゃ甘展開突入すんだよあくしろよハリーハリーハリー!

 ――などと意味不明な供述を


 やはり、自分と彼女との関係をギャルゲか何かと意図的に勘違いしているダメ戦車の思考にめまいがしてくる。

 出発の直前に彼女が目を覚ましたまでは良かったが、ナングスらを連れて森の中に入るころに気分の悪さを訴えた。最初は睡眠導入剤か何かで寝てしまうのが言いかと提案しかけたユキトだったが、今の状態では寝ても悪夢しか見ないだろうと思い当たり即座に却下。次善策として風に当たる方法を提示したが、操縦士用シートには座席をキューポラから上半身を出すまで上昇させる機能が付いておらず、戦術士シートは昏倒したフェネカに占領されていた。それならばと、アルマと席を交代すればいいと提案するが、”自分は車長席にナノマシン強化された軍人を座らせることですべての性能を発揮できる、この非常時に席替えやってる場合ではない”とノーマッドに熱弁され――押し切られたともいう――この形に落ち着いた。落ち着いてしまった。


 ――まあ、アルマさんも満更でもなさそうですし、とりあえずは撫でるコマンド無限ループ行きましょうよ。頬に手を添えたり口に指突っ込んだり。梅酒飲ませて押し倒したり。

 ――彼女は奴隷ではないし、僕はしがない町医者じゃない。

 ――こちら、ご注文のサンドイッチです

 ――おい馬鹿やめろ


「その、重くないか?」

「いや、全然」


 おずおずと問いかけられた声に、これ幸いと頭の痛くなる会話をぶった切り、現実に意識の焦点を向けた。膝の上で首だけをこちらに向けるようにひねっているが、座高の関係上、彼女の意図しないところで結果的に上目遣いのようになってしまっている。

 何時も堂々とした口調の彼女が不安げに問いかけてくる様に、小説やアニメではベタな展開ではあるがドキリとし、すぐにナノマシンによって鎮静化が施される。ベタ、人口に膾炙、王道、ありきたり、表現方法はいろいろあるが、それだけ広く広まったということは万人が受け入れたシチュエーションでもある。破壊力がないわけがない。後ろ《脳内》でノーマッドが『あのアルマさんがあざとかわいい…だと?』と喚いているのは聞かなかったことにした。


「そうか。ま、重いとか抜かしたら多重魔力砲撃だったが」


 物騒な単語と底冷えのする笑い声が漏れ聞こえてくるのは滅びの魔女なりのご愛嬌というやつかもしれない。多分、きっと、めいびー。


「なんだ?それ?」

「私がよく使っていた魔術だ。対消滅反応は前に教えたな?」

「火と水、風と土。相反する属性の魔力を込めた魔術は、衝突すると打ち消しあって無色の魔力が拡散するんだったか」


 よく覚えているじゃないか、とほんの少しうれしそうな声を出す。もしかしたら、他人に教えるのは割と好きな方なのかもしれない。

 しかし、それを考えると妙だ。多重魔力、つまり複数の魔力を砲撃するのであれば放出する魔力を考えなければ着弾前に対消滅なんてことになりかねない。その疑問は、彼女の言葉の続きによって氷解した。


「多重魔力砲撃。正確には多属性魔力同時砲撃となるが、まあ読んで字のごとくだ。複数の魔力を圧縮、収束させてほぼ同時に打ち放つ。威力は込める魔力に比例するが、まあ最低でも中型ビークル1両をスクラップにする程度だ。もちろん、反属性の砲撃は着弾前に混ざらないように撃つ」

「目標が同じなら最初は良くても、最後は着弾点で混ざって対消滅を起こすんじゃないのか?」

「まあな。だから、それを利用する術式も組み込んでおく。放たれた多属性魔術は着弾地点で収束し、対消滅しなかった魔力はそのまま目標を加害する。火なら高熱、水ならば生物組織への干渉、土は強制的な物質返還、風は衝撃と真空波。そして着弾地点で生まれた無属性の魔力は別口の術式で圧縮し、砲撃終了後に拡散させる」

「拡散?」

「ようするに、ドカン、だ」


 ニヤリ笑みが深くなり決して少女がやってはいけない類の嗜虐的な笑みになる。彼女の言葉をまとめると、生物がこの砲撃を受けた場合。まず攻撃の余波で全身が焼けただれ、毒に犯され、体が別の物質に作り替えられ、衝撃波と真空波でずたずたになった後、至近距離で爆弾がさく裂し木っ端みじんになる。

 なるほど。絶対に食らいたくない。


 ――うわぁ…神官魔術式・灰の花嫁ヘカティック・グライアーとかスターライトブレイカーとか風遁・螺旋手裏剣よりもエグイ。主に加害能力的な意味で。ハーグ陸戦条約に喧嘩を売るどころかトゥール・ハンマーをぶち込むレベルの外道攻撃怖すぎィ。

 ――それを常用するアルマっていったい…

 ――魔獣と化け物と異教徒はぶち殺していいからセーフ

 ――バチカンにおかえりください


 ノーマッドの履帯が小さながけから突き出して傾き、幾つかの倒木を粉砕しながらがけ下へと接地する。そこそこの衝撃にユキトの膝の上に座っているだけのアルマは前につんのめり、慌てて両手をハッチの淵に突いて顔面を強打する事態を回避した。仕方がないことではあるが文句の一つも言いたくなったのか、不機嫌そうな表情を浮かべ愚痴をこぼす。


「ノーマッド、もう少し気をつけて走ってくれ。こっちはシートベルトがないんだ」

『そう言われましてもねぇ、何分道が悪いんですよ。でもご安心ください、シートベルトなら、後ろにいるじゃないですか』


「なに?」と訝しげに振り返ったアルマと目が合う。数舜の後、ノーマッドの言わんとすることをようやく理解した彼女は、瞬時に赤くなって目をそらして照れ隠しなのか突っ込みなのか分からないが装甲板を叩く。鈍い音に続き、当然ながら少女が悶絶するくぐもった声が響いた。


「大丈夫か?」

「問題…ない…。…ノォーマァッド!貴様言うに事欠いて何を」

『あ、前方注意』

「へ?ひゃっ!?」


 再び車体が急な坂というよりも小さめの崖と言った方がいい斜面を下る。衝動的に強固な車体を叩いてしまい、強打した右手をさすっていた彼女は対応できず、頑丈なキューポラの淵が一瞬でブレ、拡大されていく。

 襲い来るだろう衝撃と激痛に備え、反射的に目をつむるが、脳に届いたのは衝撃と痛みではなく、上半身を襲う心地よい拘束感と温かさだった。


「ノーマッド、わざとやったか?」

「まさかー。言いがかりはよしてくださいよぅ」


 一瞬にして混乱の渦中へと叩き落された直後、耳元で何処か呆れたような声が耳朶を打つ。ユキトに後ろから抱きすくめられた結果、顔面を強打する未来は訪れなかったが、その代わりにノーマッドの思い通りになってしまっている。

 腹に回された手は苦しくない程度に自分の体を支え、やむなく密着してしまった背中からは彼の熱を先ほどまで以上に認識し、それ以上に耳元でユキトの息遣いが感じられる。それにつられるように、肉体的にも精神的にもガタガタだった体に熱が戻り始め、心臓が早鐘のように鼓動する。異性にここまで触れ合ったことなど人生で一度たりともなかった彼女にとって、今の状況は未知との遭遇もいい所だった。

 とはいえ不思議と不快感は微塵も感じず、それどころか心臓は飛び跳ねているのに精神は安心を感じているという、矛盾の塊のような自己分析結果すら出てくる始末。いったい、今自分はどんな顔をしているのだろうか。


「悪いな、いきなり抱きしめて」

「い、いや。助かった」


 そして、それ以上になぜこいつはここまで平静を装っていられるのかと無性に腹が立ってくる。実際のところ、ユキトの方もナイチンゲールがフル稼働しているため内情はアルマと似たようなものだったが、彼女は知る由もなく理不尽な不満が解消されることは無い。


「…あ……待て」

「なんだ?」


 仕事は終わったと腹に回した手から力が抜けていくのを感じ取った瞬間、反射的に静止の言葉が口をついて出ていった。彼は律義にも自分の体に手を回したままで次の言葉を待っている。しかし彼女自身、なぜその言葉を吐いたのか理解しかねていた。

 理性はこのままでは落ち着かないと叫び声をあげているのに、ナニカが首を絞めてその叫び声を覆い隠してしまっている。「何でもない、忘れろ」今まで何度も呼吸をするように口に出してきた誤魔化しの言葉が喉のだいぶ手前でつっかえてしまっている。その代わりに、別の言葉が出てこようとするのを呼吸を意識的に止めることで遮る。

「そのままでいい、もっと強くしてくれてもいい」などと、これでは、まるで…

 決定的なナニカが頭に浮かびかけるが、それよりも早く放り込まれた警報音という名の爆雷が、浮ついていた意識ごと、今の彼女には血迷っているとしか認識できない思考を一撃のもとに轟沈させた。

 耳障りな警報音が鳴り響くのと同時に車長席が半ば落下するように車内に戻り、目の前一杯に広がったモニター群には周囲のレーダー画面が映し出されていた。空間歪曲レーダーが示すのは約12㎞前方からこちらに向かって直進する28の輝点。2列縦隊になって進む点群は黄色で表示され、その横には”UNKNOWN”と表示されている。


「敵味方不明?魔獣か?ビークルか?」

『不明車両28、質量から言って8両は重戦車っぽいですねぇ。ええい、IFFがないとこういう時不便です。中尉殿、聞こえましたか?』


 ヘッドセットからナングスの肯定する返事が返ってくる。念のため、車長クラス全員に大急ぎで用意した通信機を渡しておいたのは正解だったようだ。


『ああ、先に断っておくが、ルベルーズの重装甲ビークルは全部オシャカだ。序でに、それを操作する魔術師も全滅しているし大隊規模の装甲部隊なんぞ残っちゃいない。少なくとも、ウチじゃないな』

『補足しますと、こういう難民救助や護衛に任されるのは機動力のある中型以下のビークルが鉄板ですし、難民の捜索ならば中隊から小隊規模で分かれて行動しますね。28両のビークルが固まって行動するのは』

『訓練か、作戦行動の時ぐらいだな』


 ナングスとシャルノー、ハルムの話を聞いたアルマが一つため息を吐きながらユキトの膝から降りる。名残惜しいと思ってしまう自分の心に蹴りを入れ、緩んだ精神を切り替えるように口角をわずかに釣り上げて笑みを作り振り返る。車長席に納まる異星人も、自分と同じような顔をしているのが妙におかしく思えてしまった。


「なら、敵だな」


「敵なら、叩くしかない」とほんの少し楽し気に返すユキトに、やはりこいつは何処か闘争を楽しんでいる節があると再確認する。火種を作るモノ、それが大火になるのを楽しむもの。一体どちらの方が質が悪いのだろうか。


「大方、避難民狙いのハイエナどもだろう」

「どうしてそう言い切れる?」

「座標さえわかれば遠見の魔術は可能だ。今こっちに向かっている奴らは、元正規軍のならず者パーティー。さて、避難民の護衛の依頼と避難民から適当に略奪し形だけの護衛を蹂躙、魔族が斡旋する護衛の価値を跳ね上げるマッチポンプに加担する依頼。破落戸どもならどっちを選ぶ?」

「そいつは分かりやすいな」


 内心の自虐的な問いかけを意識の谷底へと蹴り落とし、暗くドロドロとしたものを外に出さないように、なぜか心に芽生えた原因不明の苛立ちを吐き出すように、いつも以上に露悪的に言葉を紡ぐ。


「この星から100人消えようが100兆人消えようが誰の損にもならない屑どもだ。ユキト、遠慮はいらん。消せ」


 嗜虐的に笑いながら彼女が過激な言葉を吐くのはこれが初めてではないが、今日は何処か棘がある。それも、自分や彼女自身ではなく目の前に現れた敵に対してだ。ここまで敵意をむき出しにするとは、珍しいこともあるものだと内心驚くが、知らず知らずのうちに自分の口調や思考もそれに引っ張られているような気がした。


「了解。とっとと畳んじまおう。ノーマッド、対戦車戦闘用意。中尉殿達の車両は改造中で戦闘に耐えられない。前進して単独でぶっ叩くぞ」

『体が軽い、ようやく戦車らしい仕事ができるなんて、もう何も怖くない』

「フラグ立ててないで増速だ増速。中尉殿に通達、我これより前進し敵に対して迎撃行動を開始するとな。分厚い皮膚より速い足、状況開始!」

『了解!ナングス中尉に通達!”当方に迎撃の用意あり!PS.別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?”。通信終了!イクゾー!デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!戦車、前進パンツァー・フォー!』

「あーイジドニ一等兵か?私だ。これから我々で迎撃するから派手な行動はせず待機してくれ、うむ…それと一つ忠告だがノーマッド馬鹿の戯言は9割9分無視しろ。胃が持たんぞ」


 ノーマッドのエリクシル人にとっては意味不明な言葉の羅列を、呆れた顔のアルマが短距離の魔術的な念話で訂正し、正しい指示を通達する。増速したノーマッドに置いて行かれた3つの輝点は、直ぐ近くのえぐれた地形の中に身を隠し停車した。「まったく、これでよく軍隊にいたものだ」と溜息を吐きながら操縦士席のシートベルトを装着する。


「アルマもだいぶん染まってきたな」

「言うな。自覚はあるが、死にたくなるだろ」

「確かにな」

『【悲報】同乗者たちからの扱いがひどい件について』

「クソスレ乙。主砲装填、タンタル弾頭装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDS-T


 いつも通りの会話のドッヂボールを繰り広げつつ、ノーマッドの観測機器は敵の姿を明瞭にとらえ始める。空間歪曲レーダーが導き出した目標の大まかな位置に向けて電子の目が向けられ、強力な妨害電波と火器管制レーダーが照射される。高機能な射撃観測装置群は前進する敵の輪郭すらも暴き出し、脅威度判定、攻撃プラン、射撃諸元を生成し、AIと搭乗者へと提示していく。

 視界は木々に阻まれてお世辞にも良いとは言えないが、地面の起伏は穏やか。電磁加速無しでは射程は少々落ちるだろうが、彼らにとってはそれで十分。


『トラックナンバー1001から1028まで確認!目標補足、距離4500!敵車両発砲!予想命中弾3発!』

「撃ち方始め!」

『発射《フォイア》!』


 ほぼ水平に構えられた2門の戦車砲からプラズマの尾と装弾筒の破片を周囲に弾き飛ばし、音と大気の壁をやすやすと貫いた重金属の槍が放たれる。弾頭の翼によって回転を掛けられた砲弾は立ちふさがる枝葉を速度で粉砕しながら進み、不可解な軌道を描いて木々をよけながら飛翔する8発の122㎜砲弾とすれ違う。

 発砲音の残響が滞留する森の中、一方からは連続した金属音の後に盛大な爆発音が響き、もう一方からは純粋な爆発音と紅蓮の柱が2つ聳え立った。











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