第21話 猫の奮闘、異星人の憂鬱


『前方、不明熱源3。視認距離に入ります』

「速度落せ。エノーモティア、スタンバイ。ただし照準レーダーは照射するな」


 ルベルーズ手前10㎞地点の街道で補足された3つの熱源反応は、ノーマッドが視認距離に接近するまで動こうとしていなかった。周辺は平原であり街道を進まずとも迂回すれば回避可能ではあったが、魔獣やモンスターにしては動きがなく、盗賊にしては隠ぺいの仕方がお粗末に過ぎた。レーダー技術が存在しないエリクシルにおいて、遠距離索敵手段は魔力探知が大多数を占めるが、その魔力探知を回避する偽装すら施されていなかった。

 その点を不審に感じたアルマとフェネカの結論は、この3つの反応は彼らが街道に存在することを知らせることが目的の一つであり、考えられるのはルベルーズ軍かルベルーズ支部に雇われたパーティーによる街道警備と言うものだった。


 そして、ノーマッドの望遠レンズに移りこんだ3つの影は、その結論が正鵠を射ていたことを証明するものだった。


「戦車か」

「ルベルーズ軍のソミュールSAC-36装甲騎兵じゃな。48㎜砲1門、7㎜機関銃1挺。大抵の魔獣であれば、数で負けさえしなければ押し切れる標準的な性能じゃ」

「貴様ら風に言うのであれば中戦車といったところか」

『ソミュアS35騎兵戦車にしか見えないんですがそれは…』


 街道の路肩に停車しているのは深い緑で塗装された3両の中型――エリクシルの基準でいえば――ビークル。丸みを帯びた背の高い車体に小型の砲塔が搭載されたその姿はどことなく愛嬌を漂わせ、ノーマッドの言うようにかつて地球で生産された中戦車によく似ていた。


「砲が48㎜か、以前君を追いかけていたビークルは76㎜の長砲身砲だったか?」

ザラマリス装甲車テンフェンⅡの事か?まあ、砲の口径では勝っているが実のところ貫通力ではあまり変わらないどころか負けている面もあるだろう。大口径だが砲身内の砲弾制御、砲弾加速術式の設計が悪く、榴弾の加害半径と速射性能だけなら一流で他が3流の失敗作だからな。だからこそ、そうそうに魔獣と直接戦闘がなく貫通能力よりも加害半径と速度が重視される憲兵隊に廻されたのだ」

『ぶっちゃけ、メジャーな対魔獣戦闘用ビークルの主砲口径ってどんなものなんです?』

「その国の魔術体系にもよるが、だいたいが50から90㎜クラスだ。それ以上になると砲弾が砲身を駆け抜ける前に、魔術による効果を付与しきれなくなる。貫通力と弾頭の炸薬量の最大公約数が、その数字というわけだ。ま、例外も多々あるが」


 そう言って肩をすくめる。砲が大型になればなるほど、車体も同様に巨大化していく。主砲口径が40から90mmということはエリクシルの戦闘車両の大きさは第2次世界大戦中期から後期あたりが大多数だと考えてよいのだろう。そう考えれば、ノーマッドの155㎜連装砲が途端に特異に思えてくる。無用な混乱を避けるためというアルマの言葉は正しかったようだ。


「例外?」

「軍内では移動要塞フォートレス級と呼ばれるビークルは主砲口径が250㎜を超え、複数の砲塔を持つ。砲身の他に弾頭自体に推進能力を付加して初速を補い、大質量砲弾による長距離砲撃を可能にしている。図体が大きすぎて使える場所は限られるが、フォレスピオンでさえ斉射を受ければ吹き飛ぶし、事実そうしてきた」

『陸上戦艦がバリバリの現役とか、これには美大落ちもニッコリ』

「建築家な経済相が頭抱えそうだなそれ」

「おい、停車信号じゃ。止まれ、アルマ」


 モニターを見れば最も街道に近い位置に停車したソミュールの砲塔から、猫の獣人と呼ぶべき軍人が上半身を出して赤と黄色の旗を振っていた。





「ははぁ、大爆発ですか」

「そうだ、貴様らも見ただろう?あの巨大な黒い雲を。何か知らないか?」


 ナングスと名乗った猫の獣人の様な軍人――フェネカによればルベルーズ軍中尉らしい――が真っ先に尋ねたのは数時間前にヴァプールの森で観測された大爆発の件だった。彼らの小隊はその大爆発の調査のためにルベルーズ軍第2装甲大隊から派遣されたのだが、現場に向かう途中で3号車の魔力機関が不調をきたし、応急修理の為に停車していたらしい。


「我々もあのきのこ雲は見ましたし、爆心地と思われる場所を通り過ぎましたが、特に目立つものはなかったですよ。と、いうか丸ごと更地になっていて手掛かりも何もありません」

「残留魔力は?」


 魔術師として至極当然の問いを投げかけるナングスの視線は、自分と同じように車両から草原へと降りているユキトではなく、ノーマッドのキューポラから上半身を出して頬杖を突きながら退屈そうにこちらを眺めているアルマへと向けられる。


「何分死んだ動植物の魔力が混ざり合っていたからな、大気に残った魔力が死んだ生命から抜け出たものか、爆発によるものか判断がつかない」


 お手上げとばかりにアルマが肩をすくめると「むぅ」と一つ唸って白と黒のハチワレの額をもみ、考え込んでしまう。空色のケピ帽の両脇から飛び出た三角形の耳がピコピコと動くさまは、地球の猫とそう変わらず、相手は軍人であるはずなのになぜか和んでしまうのは地球人のサガかもしれない。ナングスを始めとする猫の獣人の平均身長が140㎝程とかなり小柄であるからというのもあるのだろう。

 それでも何か情報を得ようとナングスが口を再度開こうとしたとき、1号車のキューポラから血相を変えた若い獣人――此方も猫の獣人でサバトラだった――が顔を出して叫んだ。


「しょ、小隊長!中隊本部から至急戻るようにとの連絡です!”Ⅵの場合”が発令されました!」

「何!?Ⅵの場合だと!?Ⅴじゃないのか!?」

「はい!いいえ、違います!発、第1装甲騎兵中隊 宛、第2小隊。”Ⅵの場合”発令、現任務を中止しルベルーズへと帰還せよ。追伸、帰還途中民間人を発見し次第保護、護衛しつつ戻れとのことです!」

「馬鹿ニャロウ!部外者の前で伝文を読み上げる馬鹿がどこにいる!」


 猫の獣人らしい機敏さでするりとソミュールに飛び乗った小隊長の猫パンチが炸裂し、慌て者の新兵が「ニャボア」と悲鳴を上げてのけぞる。


 ――興奮するとネコっぽい喋りになるのか

 ――いや、私がそう聞こえるように翻訳しているだけですが?

 ――機能の無駄遣い乙

 ――アイルー感マシマシでかわいい、かわいくない?

 ――長靴

 ――それ以上はいけない!ハハッされますよ!


「も、申し訳ございません!」

「ったく。すまんな、今のは聞かなかったことにしてくれ。しかし…まずいな、3号車を置いていくわけには行かないが…ハルム!どうだ?動かせるか?」


 少し離れた場所に停車した3号車の車体後部に群がっていた数人の猫の獣人のうち、茶トラの獣人がオイルに汚れた顔を上げて両手を上げる。つまり”お手上げ打つ手なし”という事らしい。ソミュールの魔力変換効率は高いほうではあるが、この小隊で最も魔力運用に秀でたものを乗せても、もう1両をけん引するには2両以上の重連けん引が必要。そして、その場合自由に戦闘できる車両が存在しなくなる上に速度も落ちてしまう。


「チッ、最悪は此処に廃棄か。3人くらいなら詰めれば何とか」


 ネコの獣人キャットノイドは小柄であるため、人族が3名乗ることを前提として作られたソミュールの車内ならば入り込める余地があった。しかし、4人以上が登場すると狭いことに変わりはなく、戦闘は困難になるかもしれないが不可能ではない。ネコ命は装備に変えられないと、3号車の廃棄処分を決定しようとしたとき「中尉殿」と先ほどであった軍人の様な格好をした少年の声が耳朶をうった。


「もしよければ、ノーマッドでけん引しましょうか?図体が大きい分パワーもあるので、ソミュール1輌程度ならば引けるでしょう」

「有難い申し出だが、戦時中でもないのに民間人の手を借りるわけには…」

「何も、善意でやっているわけではないですよ。あなた方が戦えないと我々も護られないわけですからね。所詮は自己保身のためです」

「なるほどな。だが、牽引準備は此方で行わせてもらう、ビークルを部外者に触らせるわけにはいかんからな。貴様は牽引索を取り付ける部分を指示してくれればいい」

「では、その様に」

「そういえば、名前を聞いていなかったな。私はルベルーズ軍、第2装甲騎兵大隊、第1装甲騎兵中隊第2小隊長、ジョフロワ・ナングス中尉だ」

「ユキト・ナンブ。しがない駆け出し冒険者です」

「本当に軍人ではないのか?」

「衣服については、あまり触れないでください」


 コスプレも同然の衣服の事に突っ込まれたくはないので、苦笑いでごまかしつつ挙手の敬礼を交わした。








「ほぅ、本当に牽引できているな」


 ソミュールのキューポラから後ろを見やると、自分の車両と比べて巨大な装甲車両が3号車をけん引しながら追従してくるのが確認できた。キューポラからは茶色が基調の軍服のような恰好をした人族が、草原の風を身に受けながら周囲に視線を走らせている。

 驚くべきことに、その速度はソミュールの巡航速度とそう変わらず、第2小隊は順調にルベルーズへの帰路を進んでいた。


「図体に見合わず、いえ、図体に見合った出力ですね。やはり、あの魔女が動かしているのでしょうか?」


 足元で操縦桿を握りながら魔力を機関へと供給し続けているバルナルド軍曹の問いかけにそうだろうなと頷く。代々実家が力のある魔術師の家系ということもあり、小隊内では頭抜けた魔術の才があるナングス中尉はアルマの魔女としての能力を本能的に高く評価していた。


「人族の魔力量は我々よりも多いとは聞くが、あそこまで巨大なビークルを動かせるのだから、魔力炉のランクはBを下らんだろうな」

「で、車長殿はいつになったらB-から脱きゃあだっ!」

「アホなことを言ってないで貴様は腕を磨け、出力下がってるぞ。安定させろ」

「へいへい、どーせ私ゃ万年Cクラスですよー」

「そういえば、中尉殿」

「どうした?」


 さきほど民間人の前で伝文を読み上げる大ポカをやらかしたイジドニ1等兵が、後ろに居る中尉を見上げる。先ほどは思い切り猫パンチを食らったが、図太い性格なのか特に委縮している様子はない。


「”Ⅵの場合”と、あの爆発に関係性ってあるのでしょうか?」

「さて、な。あると見るのが合理的なのだろうが、どうにも腑に落ちん点がある。今回確認されたのはギルタブリオンなのだろう?」

「はい。中隊本部の話では”蠍狩り”のアルカロルが報告したらしいです。なんでも、彼らのメンバーとビークルがグシャグシャにされたとか」

「”蠍狩り”ならその情報の信ぴょう性は高い。フォレスピオンを狩る連中がギルタブリオンの襲撃跡を見間違えるはずがないからな。だが、考えてもみろ。確かにギルタブリオンは脅威だが、街の外壁を収束魔力光でぶち抜いたという話は聞いても、あんな爆発を起こしたという話は聞いたことがない。どうだ?」


「たしかに」とイジドニ1等兵が腕を組み、「ギルタブリオンならそれぐらいやるんじゃないですかねぇ」とバルナルド軍曹が適当な所感を述べる。


「なんにせよ、今回の警報も杞憂で終わってほしいものですなぁ。ソミュールでギルタブリオンの相手はしたくないです」


 それは同感。と2人が伍長の言葉に苦笑いしながら同意する。ソミュールSAC-36はスケールⅢ以下の魔獣や原生モンスターを仮想敵としている。単体のフォレスピオンであるならば、対魔獣砲弾の残弾と頭数で負けさえしなければ一方的に蹂躙されることはないだろう。

 しかし、ギルタブリオン相手ではどうしようもない。鈍重な旗艦を引っ張ってくるしかないだろう。


「軍曹殿、ルベルーズまでは?」

「このままいけば50分ってところだが…そうも行かなくなっちまったな」

「攻撃準備!2号車は前進し右に付け!」


 軍曹の嘆きが終わるか終わらないかのうちに、車内に中尉の鋭い声が響く。慌てて中尉の言葉を魔力波を応用した短距離通信設備でほかの車両に送りながら、外の風景を映すクリスタル製のパネルに視線をやる。

 進行方向上の街道。自分たちの行く手を塞ぐように巨大な影が屹立していく。

 うろこに覆われた草色の表皮、細い腕の先に付いた自分達の身の丈ほどもある鉤爪、長い尻尾は鞭のようにしなり、しなやかな1対の脚で大地に立っている。長い首の先には笑った人の顔の様な不気味に過ぎる頭が据えられ、弓形にしなった目がこちらを見ていた。


「お、オニズィレス!こんな時に!」

「落ち着け、奴はスケールⅢ。大した相手ではない!ノーマッドは停車させろ、我々と2号車でたたくぞ!バルナルド、合図したら停車しろ!イジドニ、2号車に発砲はこっちと合わせるように伝えろ!」

了解ダコール!」

りょ了解ダコールッ!」


 ノーマッドを挟むように護衛していた2両のソミュールが土煙を上げながらオニズィレスへと突進していく。ノーマッド曰く『ショブルの仮面が付いたSinテリジノサウルス』といった風貌のオニズィレスは、白かった硬質な顔を攻撃色の赤と黒の縞模様に変え、聞く者の根源的な恐怖を呼び覚ます咆哮を上げて巨大な鉤爪を広げた後、胸の前でかち合わせ火花を散らせた。




 オニズィレスとの彼我距離距離は3000mを切り、2両のソミュールは突進する原生生物モンスターへ並んで前進を続ける。彼のモンスターの鉤爪の一撃は、中型ビークルに分類されるソミュールの装甲と魔術防壁では耐えることが出来ない。唯一の救いとしては、魔獣とは異なり致命的な飛び道具を持っていないことだろう。


「ノーマッドは?」

「現在停車中、アルマ嬢より援護射撃の申し出がありました」

「下手な援護で奴の注意がそちらにそれてはまずい、申し出感謝、なれど手出し無用と伝えてくれ」


 キューポラから頭を出し、風属性魔術周囲の大気の流れを観測。大雑把に距離を測定。彼我距離2000m。そろそろ頃合いだろうと考えた瞬間、オニズィレスが巨大な爪が付いた両手を高く掲げ、振り下ろす。


「全車停止!」


 ナングスの叫びにも似た咆哮が響き、キューポラを閉めて車内へ隠れると同時に履帯が回転をやめ、エリクシルの大地を削りながら2両のソミュールが減速する。強烈な慣性を土属性の魔術でできる限り緩和しながら歯をくいしばって耐えきり、前につんのめるようにして鋼の車両が止まった。

 そのすぐあと、6本の赤熱した巨大な爪が彼らの目の前に相次いで突き刺さり炸裂。土と破片交じりの爆風が装甲をなでた。

 オニズィレスの武器は巨大な鉤爪に集約されているといってもいい。爪の堅牢な外殻の中は中空構造になっており見た目よりも軽く、容易に振り回すことが出来る。近接戦闘時には魔力によって表面をさらに硬化させるとともにインパクトの瞬間に質量を増大させることで中型ビークルすら切り裂きながらひっくり返す芸当さえ出来た。さらに、自切機能を有しているため、先ほどのように遅延式の炸裂魔術を組み込んで投擲武器としても利用する場合もあった。

 ただし投擲された爪は無誘導であるため、ナングスのように投擲の瞬間に速度を変えることで偏差を見誤らせられる弱点もあった。


「てぇ!」


 車長が吠えると同時に搭載された48㎜砲のトリガーへとありったけの魔力を流し引き絞る。装填された48㎜対魔獣徹甲榴弾の魔術励起装薬に魔力が流し込まれると同時に発火し、爆圧を受けた砲弾が砲身を駆け抜けながら加速魔術と直進補助魔術を受け取ってエリクシルの大気へと躍り出る。

 1拍遅れて2号車も発砲、2発の48㎜砲弾は1965mの距離を駆け抜け、1号車の砲弾はオニズィレスの右肩へ、2号車の砲弾は頭部へと命中する。

 硬化魔術をかけられた砲弾は魔術で防護されたうろこをやすやすと突き破り、血肉を引き裂いて前進。遅延信管を作動させ炸裂する。直径48㎜の弾頭から放出された火属性の魔力をおびた爆風と破片が体内組織を焼き払い、骨を粉砕し、筋を断つ。血しぶきとともに真っ黒な爆煙が上がり、オニズィレスの鉤爪に不釣り合いなほど細い右腕が吹き飛んだ。

 しかし、頭部へ命中した弾丸は激しい火花を散らして弾かれてしまい、仮面の様な顔に傷をつけるにとどまる。頭部を守る仮面の様な甲殻は、この距離ではソミュールの48㎜徹甲弾では貫けないようだ。


「命中!命中です!右手を吹っ飛ばしました!」

「まだだ!来るぞ、バルナルド!全速後進!」


 ギアが組み変わり2両のソミュールが後進を開始したかと思えば、遠方で苦悶にもだえ、体勢を崩しかけていたオニズィレスの姿が掻き消え、第2射が空を切る。


「消えた!?」

「上だ!右へよけろ!」

おっとぉオーララ!奴さんトサカに来たかな?」


 キューポラを開けると、あたりに影が差していた。何のことはない、身体強化を施し約2000mの距離を”跳躍”したオニズィレスの落下ポイントに入っているだけのことだ。履帯で大地を抉りながらソミュールの車体が振られ、陰から出たのとほぼ同時にオニズィレスの巨体が落着する。体長11mを優に超えるモンスターの強烈なフットスタンプを受けた地面がひび割れ、隆起し、土砂が舞った。

 その左手にはすでに3本の爪が”再装填”されており、ギリギリで回避したため手の届く範囲に居た1号車めがけて薙ぎ払いを仕掛ける。

 キューポラから体を出したままでは構造上砲のトリガーを握れない上に照準も不可能。しかし、地球の機械とは異なりエリクシルには魔術がある。無属性の単純な念力により砲の俯仰角を操作、光属性魔術で照準器がとらえた光景を直接脳へと受け取り照準、トリガー自体がなくても魔術励起装薬に魔力を流し込めば発火する。


「てぇ!」


 咆哮とともに、軍靴で足元の砲尾を軽く蹴飛ばしつつ魔力を流し込む。閃光と爆音が目の前に広がり、爆風に飛ばされないよう毛むくじゃらの手で空色のケピ帽を抑える。

 悲鳴が響き、爪を砕かれたモンスターがたたらを踏んだ直後、背中に2号車の砲弾が着弾し鮮血が吹きあがる。

 赤と黒の縞模様を呈していた顔面の甲殻はすでに真っ黒に変化しており、命の終わりと激高していることが見て取れる。ここまでくればあともう一息だ。右腕は欠損、左手の爪は修復中。さらに、後方からの一撃。

 あとは2号車に気を取られた今のうちに、後進で距離を取りながら急所である胸部へ、後方から抉るように徹甲榴弾を叩き込めばチェックメイト。車内へ体をかがめ、空薬莢を吐き出して大口を開けた砲尾へ次弾を叩き込み、再照準。樽の様な胸部へと狙いを付けようとするが、すでにそこにオニズィレスの姿はなかった。


「くそ、また跳んだか!?」

「中尉殿!ノーマッドが!」


 鼓膜に届いたのは自分と同じようにキューポラから体を出した2号車車長の悲鳴のような報告。風魔術によって音波を拡大させているため、数百m離れたここでも明瞭に聞こえる。

 声の内容を頭が理解する前に、彼の眼はそれをとらえた。ノーマッド目掛け、傷だらけの体を低い弾道で跳躍させ襲い掛かろうとしているオニズィレスと。狙われているはずのノーマッドから上半身を出して、長尺の魔術小銃マジック・マスケットを構えている人の姿。


「馬鹿ニャロウ!逃げろ!」


 音波強化を施し叫ぶが、同時に施した視力強化で見えた先の光景に愕然とする。

 何の変哲もない魔術小銃を構えたカーキ色の衣服に身を包んだ少年は、その顔に不敵というには邪悪すぎる笑みを浮かべていた。

 その歪んだ口元が動く。


 ――1発あれば十分だ


 直後、銃身に紫電が走ったような気がしたかと思うと銃口から目を焼くほどの強烈な光が漏れだし思わず瞼を閉じる。視界が暗転した瞬間、銃声と言うには重々しい音とともに、果物が破裂するときの様な、水音の混じった炸裂音が響き、続いて何かが盛大に地面を擦り抉る音が響く。

 恐る恐る目を開けた中尉の前に広がっていたのは、ノーマッドの手前の大地へ頭から突っ込む形で墜落した、頭の存在しないオニズィレスの遺骸、そして。

 陽炎が揺らめく銃身を胡乱な目で眺め、気疲れした様に一つため息を吐きだす異邦人の姿だった。




「外見が九九式小銃で、中身がボルトアクション式レールガンなだけでも無駄技術てんこ盛りなのに、それに加えて対魔獣戦闘用電子励起炸薬徹甲榴弾とかふざけてるの?馬鹿なの?死ぬの?」

『カッとなって魔改造しヤッた、反省も後悔もしていない』

「などと意味不明な供述を繰り返していやがります。現場は異常です。スタジオのアルマさーん」

「貴様らの茶番に巻き込むな、馬鹿どもが」



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