第19話 Now we are all sons of bitches.


「で、なんだソレは?」


 行軍を再開したノーマッドの車内、その操縦士席で、意味をなさない操縦桿を握りしめたアルマが顔を引きつらせながら後ろを見上げている。

 視線の先には車長席に陣取り、手に持った白銀の銃――銃の形をしてはいるが、彼女はそうと認めたくなかった――を様々な角度から眺め回している異星人。車長席のシートの後ろから覗き込んでいるフェネカは、目の前にあるゲテモノに興味津々と言った風だった。


『何って、昨日のオーダー通りの代物です。フォレスピオン程度ならば一撃で無力化出来ます』

「貴様らの拳銃信仰は一体なんなのだ。そもそも、そのゲテモノは拳銃と呼べるのか?」

「にはは、拳砲の方が的確じゃろうな」


 ユキトの手に握られた拳銃は彼女達がそう表現するほど、規格外の塊であった。

 外見はおおむねサンダー.50BMGに似ているが、口径の増大により銃身が太くなり、後方部のボトルネックが目立たなくなっている。スライド式の尾栓により薬室を閉じる方式はそのままに、銃把部分に大型バッテリーをマガジン式拳銃の様に差し込む様になっている。



「ノーマッドを信じた私がバカだった。ユキト、すぐに捨てろそんなもの。まだ振動刀の方がマシに見える」

「…」

「ユキト?」


 無言でペネトレーターを弄っている彼の姿に、猛烈に嫌な予感が駆け抜ける。そういえば、ノーマッドに偽装装甲を施した時もこんな目をしていたっけと、現実逃避的な思考が浮かび上がる。


「はは、これは…」

『対主力戦車戦闘用27mm猟兵拳銃"ペネトレーター"、866の対装甲衝撃弾頭などの様なお茶濁しではなく、専用弾の運用を念頭に設計されています。全長34cm、重量9.4kg、装弾数1発。もはや、常人では扱いきれない代物です。専用弾は27mm超電導炸裂徹甲弾』

「弾殻は?」

『軍用超電導特殊鋼AZ273製』

「加速方式は?」

『電磁加速方式、一度の全力射撃でマガジン型バッテリー1本を使用。最低出力で6発分』

「弾頭は?通常炸薬か?電子励起か?」

『ヘリウム金属爆薬HM501』

「パーフェクトだ、ノーマッド」

『感謝の極み』


 ニタリと魔王の様な笑みを浮かべ、引き金を引いてガチリとドライファイア。新しいおもちゃに目を輝かせるユキトに、一人が吹き出し、一人が頭を抱える。


「伊達と酔狂がてんこ盛りじゃの」

「バカどもが…」


 このゲテモノが火を噴く時が来ない様にと、普段は欠片も信じていない神に祈る。操縦士席のモニターの端、レーダー画面にはヴァプールの森の端が顔を出そうとしていた。


『それはそうと、そろそろ森を抜けますよ。森を抜ければルベルーズまで2時間です』

「ルベルーズに到着したら、ガーズルフはどうするんだ?」


 新しいおもちゃをベルトのホルスターに差し込みながら、頭上を見上げる。装甲表面に配置された観測用ナノマシンが捉えたタブリスの腹が、車長席の天井モニターに映っている。歩き疲れたのか、サボっているのだろう。


「恐らく、街の手前で別れるだろうな。またそこからは別の冒険者に付いて旅を続けるだろうさ」

「縄張りは持たないのか」

「奴らの縄張りはいわば運動する領地じゃ。奴らが居る所が、奴らの狩場であり縄張りというわけじゃな」

『弱った個体はどうするのです?』

「群れを離れる。そして、場合によっては隠蔽集落に誘導され迎え入れられる」


 聞きなれない単語に片眉を上げた。基本的にエリクシルの知的生命体はクレーターを利用した都市国家に住んで居るが、近年では食糧生産、探索の前線基地など様々な理由から壁の外で生活する者たちもいた。強固な外壁を一から構築するのは困難を極めるため、認識阻害の結界を十重二十重に張り巡らせ、そもそも見つからないことで襲撃を回避する方針を取っていた。

 万一潜り込まれ発見された場合に逃走する為、足止めの魔術が集落に張り巡らされ、家々は移動式になっている。

 隠蔽集落という性質上、訪れる際には最寄りの都市国家で発行される、認識阻害魔術を回避する通行証が必要だった。


「隠蔽集落に迷い込んだ弱い魔獣やモンスターを追い払う役割ならば、弱った個体でも可能じゃからな。いざという時には時間稼ぎの捨て石にも使うの。力を失った個体ならば、中級程度の冒険者でも御せる」

「番犬という事か」

『ものは言いようですね』


 群れについていけなくなったガーズルフは、移動をやめて街道の近くなど冒険者が頻繁に通過する地域に居座るようになる。大きな街道ならば、移動する商隊を狙う小型のモンスターと遭遇する機会も増え、自分では対処できない魔獣が現れた時は暫く退避していれば人によって討伐隊が差し向けられる。人側にとっても、ガーズルフが常駐する区域では警戒の手をわずかながらに緩められるため、ある種の共生関係でもあった。


「ん?おい、アルマ。速度を落とせ、何か変じゃ」

「む?」


 戦術士席のモニターになんとなく視線をやったフェネカの言葉で、それまで50㎞/hほどで前進していたノーマッドの速度が半分以下にまで落とされる。


『あーっと、これはこれは。アルマさん、いったん止まって作戦会議と行きましょう』


 事態を理解したらしいノーマッドの手によって、そのまま減速し続けて大柄な重戦車の行き脚が止まる。そして、戦術士のモニターに映し出されていた情報がそれぞれの目の前のモニターにも投影され、魔女と異星人がほぼ同時に顔をひきつらせた。

 写しだされたのは空間歪曲レーダーの画面、前方14㎞の森の境界線付近に合計32の輝点が集まり、出口を塞ぐように蠢いていた。


「ノーマッド、まさかとは思うがこれは…」

『えー、質量解析、音紋、レーダー反射面積、熱源照合終了。どーみてもフォレスピオンです。本当にありがとうございました』


 アルマの絞り出すような声にAIの能天気な声が答えた。行く先を塞いでいるのは最低でも32体のフォレスピオンの群れ、場合によってはそれ以上ということもありうる。フォレスピオンは確かに群れを作る習性をもっているが、ここまで大規模なものは記録にもないだろう。


「おい、フェネカ。迂回路はないのか?」

「1日ほど戻れば分岐はあるの。じゃが、それをやると間に合わなくなるぞ。ノーマッド、お主もビークルの端くれならばお行儀よく道を走らなくてもよいじゃろ、横を強引に突破せよ」

『Non、私はビークルであって掘削機ではありませんよ。まあ、できないことはないですが、大音量エレクトリカルパレード(物理)は避けられないので観客がこっち見てきますが。強引にど真ん中を強行突破とかどうですか?』

「馬鹿が、32体のフォレスピオンに突っ込むなど愚の骨頂だ。それに、奴らは密生した木々や岩に張り付いて立体的に街道を包囲している。数匹潰している間に四方八方から魔力光を浴びてハチの巣だ」

「要するに―――」


 2人の魔女と1機のAIの言葉に耳を傾けていたユキトが、バカバカしいとでもいった風にけだるげな声を上げる。


「制限時間に間に合い、大きな音を立てず、32体のフォレスピオンの十字砲火クロスファイアを回避できる。ここで求められているのはそんな法則ルールということだ」

「…無理難題だな」


 情報を整理して改めて認識する現状の悪さに、思わず操縦士のシートに背中を預けて脱力する。32体のフォレスピオンが同時に攻撃すれば、小規模な街が奇襲を受ければ1日も持つまい。ディオノスやルベルーズならば奇襲を受けても持ちこたえ、魔獣殺しの数がそろった後で反撃を行い撃退できるだろうが、市街地や防壁に甚大な被害が出るだろう。

 一昨日、自分たちは8体のフォレスピオンを仕留めることが出来たが、アレは戦力の逐次投入という愚策を奴らが行った事と、群れの過半数が手負いの状態だったことが幸いした結果だった。

 ここまで考えた時、ふと、アルマの頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

 8体のフォレスピオンがアレほどの手傷を負う存在が、私たちの他にもいたのか?


「余り使いたくはないが、やるしかないか」


 彼女の頭に浮かんだ問いは、戦車長の不満げな声によってかき消されてしまう。こんな状況を打開する手立てがあるのかと、再び彼を見上げると声色とは正反対の悪役の様な笑みを張り付けていた。


「ノーマッド、”砲門開け”」

『了解!砲撃形態に移行します』

「砲撃じゃと?」

「なっ!?正気か貴様!」


 アルマの血相を変えた声が車内に響き、驚愕したアメジストの視線がユキトを貫いた。つい先日、フェネカの前ではノーマッドはただの装甲輸送車としてふるまわせると決めたというのに、今のその命令はそのすべての前提をひっくり返すものだった。

 魔女の驚愕をよそに、いつの間にか構築されていた回路を通じて、偽装装甲板の砲身正面と上部にあたる部分がハッチのように跳ね上がる。


「おい!私はこんな機能つけた覚えはないぞ!」

『隠し武装を隠したまま使うのも浪漫でしょうが!』

「知るかっ!おいユキト、話が違うだろ!」

「隠し続けるのも無理があるだろう。それに、フェネカはこいつが単なる輸送車両じゃないことは知ってるよ」

「えー?わしわっかんなーい」

「ならどうして、夜な夜なデータベースのデータを漁ってノーマッドや僕らの事を調べていたんだ?ノーマッドや僕らのデータはすぐに出てきたはずだろう?」


 幼い声全開ですっとぼけているが、ユキトは知っていた。フェネカが事ある事にノーマッドの詳細な情報を得ようと、深夜隔離された操縦士席でコンソールをいじくりまわしていたことを。勿論、ノーマッドは現在の偽装されたデータが調べればすぐ出てくるように細工はしていたが、彼女はそんな見え透いた嘘には引っ掛からないとばかりに、連日真のデータを求めてデータベースのデータをあさっていたのだ。こんな行動、ノーマッドの真実を知っていなければ出来るはずもない。

 彼の言葉に、惚けるのは無駄だと悟ったのか、フェネカは子供の様な笑みを消し、いたずらがバレた性悪猫のように笑う。


「…ハッ、レディの覗き見は感心せんぞ?ユキト」

『隠密的にすら見える献身的な就寝警備と呼んでもらいたいですね』

「お前は何処の嘘つき焼き殺すガールだよ。そういうわけだ、フェネカ。うちのゴーストは好奇心が強すぎるということで諦めてくれ」

「よかろう、じゃがの。アルマそいつが許すかは別問題じゃろうて」


 にやにやと笑みを浮かべるフェネカの視線の先を追いかけ、操縦士席の方へと視線を向ける。思い切りこちらをにらむアメジストの視線と目が合った。


「………あー、言うの忘れてた」

「そういうところだぞユキトォ!」

「ごふっ!?」

『やめろぉ!(建前)ナイスぅ!(本音)』

「貴様もだ馬鹿戦車!」

『らめぇ!モニター叩かないでぇ!』


 杖を槍のように突き出し、先端のクリスタルでユキトの腹を一突き、そして杖を戻しつつ石突きで正面のモニターを突く。狭い車内での杖さばきは見事というほかなく、「コイツ、近接戦もできるのぅ」とフェネカに思わせるほどだった。


「うえ、腹はまずいだろ。腹は」

「喧しい、脛や鳩尾の方がよかったか?」

『やりすぎると暴力系ヒロインになるので注意してくださいよ。でもまあ、急所避けて、手加減しているあたり、そこはかとないデレのかほりがしていとをかし。クーデレかと思いきや…ツンデレ属性も持ってたりします?』

「ユキト、パネル1枚ぐらいならいいか?」

「1分あれば治るから許可する」

『突然の裏切り!』

「当然の間違いだろうが」


 硬質な音が響き、特に使用していなかった小型のモニターが割れる。蜘蛛の巣上にひびが入るが、画面端から侵入したナノマシンによって急速に修復が開始される。30秒もあれば新品同然になるだろう。


「さて、だいぶ脱線したが。ガーズルフはどうしてる?」

『停車直後に、私を先頭にする楔形体系で待機中です。おそらく警告用だと思われる唸り声を流したのですが、うまく行ったようですね。ゼルエルがこっちに向かってますけど。視認距離に入るまで3秒』


「それを早く言えよ」とぼやきつつハッチを開けると、ほぼ同時に鬱蒼とした期の間から”何事だ?”といわんばかりに顔を出したゼルエルと目が合った。


「あー、この先にフォレスピオンが固まっている。危険なおもちゃを使うからノーマッドの後ろで待機してくれ」


 言葉が通じているのか定かではないので、ジェスチャーでノーマッドの後ろへ行くように指示する。伝わるかどうかダメもとだったが、ゼルエルが一つ咆えると、ノーマッドを先頭に楔形の警戒態勢を取っていたガーズルフが続々とノーマッドの後方へ向けて移動を開始した。


「攻撃終了まで待機を頼む。爆風が来ると思うが、防壁なりなんなりで防御してくれ」


 了解したという風にわずかに結界を張って消したゼルエルは、木々の間からするりと抜けてノーマッドのすぐ後ろに移動し、黄色の魔術防壁を展開し始める。後から合流したガーズルフもゼルエルに見ならい、次々と魔術防壁を展開し複数の防壁を共鳴、融合させて一つの巨大で強固なシェルターを作っていく。


「お前はいかなくていいのか?」

「グルゥ」


 キューポラの横で転寝をしていたタブリスは一つ気だるげに咆えると、肩から上を出したユキトの頭に両足を乗せる。幼いとはいえ地球の狼ほどもある体躯にのしかかられたユキトが思わず体を車内へ下げると、空いたスペースから車内へとタブリスが侵入した。


「ちょ、おい!踏むな」

「なーにやっとるんじゃ?」


 ユキトの体をタラップにしながら操縦士席の方へと降りていき、アルマのシートの後ろにあるわずかなスペースへと身体を潜り込ませた。さすがに狭すぎたのか前足をシート越しにアルマの方にかけ、頭は彼女の頭の上に乗せる。


「重い、どけ」

「…クゥン」


 聞いたことがないほど弱弱しい声を出す狼に、強烈な良心の呵責を覚えてしまう。ともに死線をくぐり、命も助けてもらった手前無碍にできない、と自分に言い訳をしながら一つため息を吐き、内面の情けない葛藤を悟られない様にあえて吐き捨てるような声を出す。


「………ええい!情けない声を出すな!邪魔はするなよ!」

『あれ?やっぱりアルマさんってちょろ』


 治ったばかりのパネルが再び破壊される音でノーマッドの戯言はかき消された。


「で、ユキト。どうやってアレを回避するんだ?ノーマッドの徹甲弾じゃ、串刺しにでもしない限り2体が限度だぞ?それに両側は森で砲塔も旋回できん、両側に回り込まれたら終わりだ」

「それより、アルマ。敵の配置を見てどう思う?」


 レーダー画面を再び見やる。32の輝点が立体的に街道を囲むように約100m四方の領域に布陣している。もしも無策で飛び込めば、四方八方から魔力光を浴びてしまうだろう。


「密集してるな。まあ、ビークルが通れるのは街道だけだから合理的な選択だ」

「そう、密集している。つまり、ということだ」


 ユキトの言葉にフェネカがわずかに目を細める。惑星エリクシルにおいて32体のフォレスピオンを一網打尽にする方法はわずかであり、厳しい条件が伴う。それを、この奇妙な男は”できる”と言っている。


「森の住人には後でごめんなさいしておこう。ノーマッド、砲撃用意、発砲数2、弾種、電子励起炸薬弾頭榴弾」


 155㎜砲の尾栓が解放され、赤く塗装された155㎜砲弾が2発装填される。そののち、車体上面に解放されたスリット上の隙間から、2門の長砲身砲が鎌首をもたげていく。黒い砲身が屹立していく様子は車内モニターからも見ることが出来た。


「はは、マーフィーから聞いてはおったが。確かにこいつは凄いの。こんなに巨大な搭載砲は見たことがないわい」

『遮蔽物が多いので高射界射撃を使用。測距開始、距離修正1番+0.0002、2番-0.00006、角度修正よし。終末誘導は?』

「観測者が居ないから無しだ、14㎞ぐらいならば問題ないだろう?」

『了解、現時点でのデータを用い、最適着弾地点、起爆高度算出…終了。砲弾への入力終了。メインコンデンサ充電完了』


 砲身がわずかに動きつつ、着弾地点を最適な位置へ移動させていく。主力戦車として最前線での直接照準射撃能力と、自走砲としての間接射撃能力。それまでは分かたれていた役割を統合し戦力の更なる柔軟な運用を可能とした、主力戦車Main battle tankでもなく自走砲Self-propelled artilleryでもない次世代の戦車、多目的戦車Multi-role battle tank。その真価の一つが、発揮されようとしていた。


『射撃準備完了、いつでも行けます』

「撃て」

『―――I am the bone 我が骨子はof my sword.捻じれ狂う偽・螺旋剣カラドボルグⅡ!』


「波動砲じゃなくてそっちかよ」と言うユキトのボヤキは、振り上げられた砲口から溢れだしたプラズマの閃光と、車体に伝わる衝撃、そして森の木々を周囲の大気ごとねじ切りながら空へと飛び出していった2発の155㎜砲弾の衝撃波に覆いつくされていった。

 モニターの一部には高い曲射弾道予測線を寸分の狂いもなくなぞり、空を駆けあがっていく砲弾の軌跡が表示され続けている。着弾予想地点はフォレスピオンの群れの中心左下寄りに1発、右上寄りに1発。


『最大弾道高通過!終末ブースト開始!炸裂地点まで、4,3…弾ちゃーく、今!』


 数匹のフォレスピオンが自分たちに迫る危機に察知して移動を開始し、その中の数匹は迎撃砲火を打ち上げようと尻尾の先端に付いたクリスタルへ魔力を送る。しかし、その全ては遅すぎた。速度を殺さざるを得ない高い曲射弾道の速度を稼ぐために実施された終末ブーストによって、音速の10倍を突破した2発の榴弾は、ほぼノーマッドの想定した高度で同時に炸裂した。

 弾殻の中に収められていた12.0㎏の電子励起炸薬が、その身に収めていた膨大なエネルギーを一度に開放する。1000年先の無数のブレイクスルーを乗り越えた炸薬の威力はTNT換算で約900倍、合計20トン近いTNTが頭上で炸裂したのと同義だった。

 放出された爆圧が大気を強かに打ち付け、強烈な衝撃波が巨木を小枝のごとく叩き割り、弾き飛ばし、大地を抉り、岩を砕く。そこに潜んでいた32体のフォレスピオンも例外ではない。エリクシルの生命体にとっては突破困難な自慢の電磁装甲も、全方位から加わる爆圧の暴力から脆弱な関節部を守る事は出来ず。装甲の隙間から侵入した圧力によって瞬時に解体されていく。

 運よく魔術防壁を展開することが出来た個体も存在したが、強烈な衝撃波によって吹き飛ばされた大質量の大地の破片を連続的に被弾し、巨大な岩の間に挟まれて火花とともに機能停止し、次の瞬間にはバラバラに砕けて爆風の中へと消えていく。

 爆発によって生まれた膨大な熱が、形を失った森や魔獣の残骸を上昇気流によって上空へと噴き上げ、真っ黒なキノコ雲がその傘を開く。


 爆心地から14㎞ほど離れたノーマッド周辺も無事では済まない。木々が密生しているという地形の影響もあり、想定よりは爆風は小さかったが周囲に生える巨木が大きく揺れ、きしみ、若い木ならば根元から吹き飛ぶような暴風が吹きすさぶ。ガーズルフの魔術防壁の上に木々や石の破片が降り注ぎ、時折、折れ飛んできた大木が衝突して後方へと転がっていく。

 全てが終わった時、半径数キロの木々はことごとくなぎ倒され、爆心地には巨大なクレーターが2つ穿たれていた。先ほどまでそこにあった生命はそのことごとくが失われ、ただ黒焦げになった木々や石の破片が散らばる荒野へと様変わりしてしまっていた。


 呆然としているフェネカをよそに、キューポラを開けて小枝が折れたせいか心なしか広くなった木々の隙間から爆心地の方へ視線を向ける。エリクシルを取り巻く星の帯を汚すかのように、真っ黒なキノコ雲がゆっくりと蠢きながら成長し、空へと昇っていく様子がよく見えた。


『さて、一言どうぞ』

Now we are all 今、我々は sons of bitches.糞野郎になったのだ


 原爆開発者の一人の言葉を吐き捨てる。厳密には核兵器ではないが、キノコ雲を見ると嫌がおうにもそう見えてしまう。これもミーム汚染の一つということだろうか。もっとも、放射能がなくクリーンな大量破壊兵器と言うことを考えると、質の悪さでは電子励起爆薬も似たようなものだろう。

 金属がこすれる音がして、2門の砲身が収まっていたスリット。その中央に口を開けた操縦士用キューポラからアルマが顔を出す。彼女はしばらく、呆然としたように空へ上がっていくキノコ雲を見上げ、そして壊れた人形のようにぎこちなくこちらを向いた。

 その顔は苦痛に苛まれているかのように歪められていた。とは言え、それは恐怖でも、怒りでも、安堵でも、もちろん痛みでもなかった。


「どう、して…」

「なんだ?一切合切消し飛ばすと言ったじゃないか。もし良心が痛むのなら僕を恨めばいい、この方法を考え、実行に移した。すべての責任は僕にある」


 彼女は何度かあえぐように口を開閉させた後、俯き「ちがう、そういう事では、ない」と消え入りそうな声をこぼし首を横に振った。


「なら」

「何でもない、私の事情だ。貴様には関係ないことだった。忘れろ」


 呼び止める声を無視して、キューポラの中へと消えていく。慌ててこちらも車内に引っ込み操縦士席の方を見るが、すでに防爆シャッターが下ろされてしまっていた。


「何なんだ一体?」

『告白失敗?』

「フラれたか?ユキト」

「くそぅ、やっぱりこいつら同類じゃないか!」


 にやにやとした笑みを向けるフェネカ、顔があればおそらくそんな顔をしているノーマッド。忘れていたが、この1人と1機は妙に馬が合った、フリーダムさと言う意味で。







 ユキト、フェネカ、ノーマッドが生産性のかけらも無い会話を繰り広げているころ、ノーマッドのデータベースから必要な情報を引き出してしまったアルマは、シートをリクライニングさせ、眼鏡をはずし右腕で顔を覆っていた。瞼の裏に広がるのは、空をゆっくりと昇っていくキノコの様な真っ黒い雲。それが、記憶の中の光景と奇妙なほどにまで重なる。

 湧き上がる後悔が胸を焼き、どうしてと言う疑問が心を吹きすさぶ。


「グルゥ…」


 シートが後ろに倒れたことにより、横の狭いスペースへ移動するしかなかったタブリスが、大丈夫か?とでもいうように一つ唸る。自分を気遣っているつもりなのだろうかと、ほんの少し救われたような気分がして、空いた左手で頭を撫でてやった。


「どうして…」


 それでも、疑問は尽きない。

 魔術ではなく科学だけで文明を築き上げた異星の生命体。魔術という奇跡を持ちながら、文明が停滞してしまった自分たちとは異なる、常に歩み続けた者たち。そんな彼らが、


「なぜ…」


 星の海を渡る技術まで有しておきながら、自分と、愚かな発想をしてしまったのだろうか?


 正面に移るモニターにはキノコ雲の写真が張り付けられており、タイトルにはエリクシル語で”Trinity”を意味する文字列が並んでいた。



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