合流す

 地肌が露出し荒涼とした大地の上で、シェキーナは目を覚ました。

 思考に霞が掛かっていたのは、ほんの一瞬。

 即座に立ち上がったシェキーナは、慌てたように周囲へと視界を巡らせた。


 彼女の眼に入るのは……。


 所有者が居なくなり大地に突き刺さる……勇者の剣。


 人型のまま地面に据え置かれている……勇者の防具一式。


 エルスの剣に寄り添うようにして起立する……大賢者の杖。


 エルスの防具を包み込むようになびく……大賢者のローブ。


 他には、剣匠の持っていた2本の刀、極戦士の愛用していた大剣、そして暗殺者の持っていた2本の短剣……。


 ―――それだけであった。


 周囲は完全に焼き払われており、シェキーナの視力を以てしても草木一本確認出来ない。

 それでも彼女は「彼の影」を求めて全方位に目を向け。


「エルス―――ッ!」


 そして目的の人物が……エルスがもう事を悟り……虚空へと向けて絶叫したのだった。

 

 そんな事をせずとも、シェキーナはその事を理解していた筈だった。

 しかしそんな理性とは別の処で、感情がエルスと共に逝けなかった事を認めたくは無かったのだ。

 それでも、エルスの姿を何処にも見つけられない事実を実感してしまえば……認めざるを得ない。

 シェキーナの叫びは何処にも……誰にも反響する事無く大空に吸い込まれ、吹きすさぶ風に掻き消され霧散して消え去っていったのだった。


 そしてシェキーナは、ゆっくりと歩き出した。


 本当ならば彼女は、今にも気を失ってしまいそうな程に消耗していた。

 先程まで戦っていたのは、自分達と拮抗した力を持つアルナ達だったのだ。

 本当に死力を尽くして戦った後ではその消耗も想像を絶し、今は気力で意識を保っているに他ならない。

 

 それでもシェキーナには、その場で倒れる事も気を失う事さえ許されなかった。

 誰が許すのでもない……自分自身が、そのまま意識を微睡に委ねる事を拒んでいたのだった。

 

 シェキーナが足を向けた方向それは……魔王城の有る方角である。

 

 今の彼女にはそこしか帰る場所は無いし、何よりもメルルに告げられた約定がある。


『……エルナの面倒を見て貰わなあかんのや……』


 これを達成する為には、何としても……そして一刻も早く魔王城へと戻らなければならない。

 勿論これは、メルルだけの望みでは無く。

 エルスも、そしてカナンでさえそう望んでいるに違いないのだ。

 そしてその事を、シェキーナ自身も拒むつもりは無かった。

 真似事とは言え、シェキーナもエルナーシャから「母様かあさま」と呼ばれているのだ。

 自身を母と呼び慕う娘を、シェキーナも放っておく事など出来なかった。


 正しく足を引きずるように、シェキーナはその重い足取りを止める事無く歩き続けたのだった。





「あれは……シェキーナ様です! ……間違いありません……」


 レヴィアにそう告げるアエッタの声は、どこか上擦っており喜色ばんでいた。

 爆心地に近ければ近い程、その生存確率は低いと推察出来た。……それ程のエネルギーを、メルルの炎は持っていたのだ。

 生存者がゼロだと思っていた所に思いもかけずシェキーナの姿を見つければ、アエッタの声が少なからず喜びに弾むのも仕方がない事だった。


「……本当なのか!?」


 そんなアエッタの言葉に、レヴィアもまた笑顔を浮かべて再確認する。

 それに対してアエッタは、目を瞑ったまま大きく頷いて肯定したのだった。


 レヴィアにしても、シェキーナ一人だけでも生き延びていてくれた事は嬉しい報告であった。

 接した期間が短くとも、エルス、メルル、シェキーナ、カナンは誰も尊敬に値する人物であり、レヴィアも少なからず慕っていたのだ。

 全滅だと聞かされた時は落胆を隠せなかったが、今はそれを覆す程の喜びが込み上げていたのだった。


「……そうか! ならば……早速……シェキーナ様をお迎えに行こう!」


 そう告げたレヴィアは席を立ちあがり、今にも部屋を飛び出して行きそうな勢いだった。

 だが彼女は、一旦扉の前で立ち止まりアエッタへと振り返った。


「……アエッタ……。お前は……どうするのだ?」


 当然、レヴィアは自ら城を発ちシェキーナを迎えに行くつもりなのだろう。

 しかしアエッタがどうするのかを確認していなかったのだ。

 

 消耗し傷心のシェキーナを迎えに行くのに、何も大人数で向かう必要はない。

 移動速度も考えれば人員は少ない方がよく、レヴィアは一人でシェキーナの元へと向かうつもりだったのだ。


「私も……行きます……」


 ゆっくりと眼を開いたアエッタが、レヴィアに正対してそう答え、それを受けたレヴィアは頷いて部屋を後にしたのだった。

 一時とは言え城を留守にするのだ。

 外敵の脅威を殆ど考えなくても良いとはいえ、未だ眠りにあるエルナーシャを置いて城を離れるのだから、それなりに準備が必要だった。

 エルナーシャの世話に城の警護……。

 自身が有する直属の部下にその大半を任せ、その他の事は政務を担当する者達に依頼し、準備を整え次第レヴィアは城を発つつもりであった。

 

 レヴィアの出ていった部屋の扉を見つめながら、アエッタはもう一度ゆっくり目を瞑り“使い魔”に己の意識を接続した。

 再び彼女の意識には、超高高度を飛ぶ魔鳥の視界が飛び込んでくる。


 先程よりも更に高度を落とし、アエッタはゆっくりと周囲を見回した。

 そこにはやはり……生きている人は……いや人だけではなく生物自体が存在していなかった。

 僅かに吐息を洩らしたアエッタは、そこにを見つけた。


「……あれは……」


 それらを確認したアエッタは再び目を開き、ゆっくりと窓の外へと視線を向け。


「……メルル様……」

 

 押し留めていた哀しみを、ゆっくりと開放したのだった。





 変え馬を用い、可能な限りシェキーナの元へと急いだレヴィアとアエッタは、数日後にはシェキーナの姿を捉える事に成功した。

 

「シェキーナ……様……?」


「……っ!?」


 安堵と共に笑みを浮かべたレヴィアは、シェキーナの名を口にして二の句を告げられずにいた。

 アエッタに至っては、シェキーナの姿を見るなり絶句している。

 

 レヴィア達は、シェキーナはさぞかし消耗し消沈しているだろうと考えていた。

 目の前でエルスやメルル、カナンを失ったのだ。

 その悲しみは如何ばかりか、レヴィアとアエッタには想像もつかない事であった。

 更にシェキーナは、戦闘後に然したる休息も取らずに行動を開始していた。

 殆ど休息を取らずに、只管魔王城を目指して歩を進めていたシェキーナに、体力を回復させる時間など無かった筈である。

 その事は、随時「使い魔」にてアエッタが確認していたのだ。

 

 それにも拘らず合流を果たしたレヴィア達が見たシェキーナは、疲労は勿論、悲哀の色さえうかがう事が出来ず、凛とした立ち姿を彼女達に見せていたのだった。


 ―――いや……それだけでは無い。


 それだけで、レヴィアとアエッタが絶句してしまう様な事にはならない。

 

 レヴィアとアエッタの目に映るシェキーナは悲しみや苦しみ、絶望と言った感情を一切発しては居らず。


 空恐ろしい程の、憎悪の感情を撒き散らしていたのだった。


「……レヴィア……それにアエッタ……。迎えに来てくれたのか……。ご苦労だったな」


 2人の姿を確認してシェキーナは静かに、それでいてゆっくりとそう言葉を掛けた。

 その表情には、僅かに笑みが湛えられている。

 一目見ただけならばそれは、駆けつけた2人に対して労いと親愛を表している様に見える。

 いや……シェキーナ自身は、彼女達にそのような想いで接しているかもしれない。

 しかし実際は、まるで今にも襲い掛かられそうな錯覚をレヴィアとアエッタはシェキーナから受けていたのだった。


「……どうしたのだ、2人共?」


 何も言葉を発さない2人に、シェキーナが怪訝な声音でそう問いかけた。


「……はっ! 申し訳ありません、シェキーナ様」


「……馬をお持ちしました……。これにお乗りください……」


 馬から降りた2人はひざまずきそう返答すると、アエッタは後方に引き連れていた白馬の手綱を引いてシェキーナの前へ来るように促した。

 だが先程まで大人しかった白馬は、シェキーナの前へと来ると途端に怯えた様に落ち着きを無くしだした。

 

「……これは……」


「……よい」


 慌てるアエッタを制して、シェキーナが自ら手綱を引き継ぎ白馬の眼を見据えた。

 ただそれだけで、白馬は大人しくなりその場に静止したのだった。

 唖然とする2人を横目に、シェキーナは優雅な動きでその白馬へと跨った。

 見る限りでは従順なその白馬だが、どこか怯えた様子が伺える。

 大人しく従っている……と言うよりもそれは、恐怖で押さえつけられている様にも見えた。


「何をしているのだ、2人共? 魔王城へと……帰るぞ」


 悠然と微笑むシェキーナの告げた言葉に、我を取り戻したレヴィアとアエッタは急いで馬へと跨ると、3人は轡を並べて街道を進み出したのだった。


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