11話 転生魔王と流されやすい父1

 まだ日が高く昇っている。しかし、出来るだけ家の手伝いをしなければと思った俺は解散することにした。

 もちろんポーラは遊び足りなさそうにしたが、なんとかなだめて家まで送った。

 素直に遊んでおけば良かった、と思うくらいには苦労したのだが。


 その後、ポーラの家から俺の家までの最短距離を探そうと、慣れない裏道をアゲラタムと二人で歩く。


 お転婆娘がいなくなったことで静かになったなと思いかけた瞬間、それまで殆ど口を開かなかったアゲラタムが話しかけてきた。


「魔王さ……クラッドさま、領主家のメイドが妊娠されたそうですね」

「ん?相変わらず耳が早いね」


 直そうとしているのは分かるが、いつまで俺を魔王と呼ぶ癖が取れるのだろうか。

 そしてその話はどこから聞きつけたと言うのだろうか。


「おめでとう御座います」

「うん、ありがとう。でもまだ産まれてないから、赤ちゃんが産まれたらアベリアに直接言うと良いよ。それにしても、アゲラタムがそういったことに興味を示すのは意外だね」


 子どもの姿をしている今は俺とその周囲の人物を気にかけているようだが、以前のアゲラタム……アゲラスは俺以外の人物に興味を持とうとしなかった。

 頭の悪そうな態度を取るようになったことと言い、子どもの姿になったことが奴に何かしら心境の変化をもたらしたのだろうか。


「少々……気になることがありまして」

「うん?」


 アゲラタムは周囲の様子を伺った後、先ほどよりも声をひそめて言う。

 まるで内密にしたい話をこれからするかのような奴の態度に、俺は立ち止まって話を聞くことにした。


「産まれてくる子の父親は誰でしょう」

「そう言えば聞いてないや。アベリアは住み込みで働いているから、きっと俺が会ったことある人かもしれないね」


 首を傾げる俺に、奴は顔をひきつらせている。


「その反応。アゲラタムは知っているの?」

「推測になりますが」

「……」

「…………」


 無言をもって先を促したつもりが、奴も神妙な表情を見せたまま黙ってしまった。


「うん……?」


 つまり、語るのも憚られる内容のため、俺に推測しろと言うことなのだろう。果たして、今俺が持つ情報だけで一体どれだけ推理できるのだろうか。


 少し考えてみるか。


 と思ったが、俺の狭い交流関係による限られた情報だけでは、弾き出されるのは数人だ。

 だが、アゲラタムの思わせぶりな態度を加味すると、おそらくは俺の顔見知りなのだろう。


 結果、想像出来ない人物しか絞り込むことができなかったのだが、中でも飛び抜けて考慮に入れたくない人物までもが含まれてしまった。


 仕方がないのでその中から、さらに情報のふるいにかけるか。

 そのための手掛かりはないものだろうか、と直近の記憶を引き出してみる。


「あー……」


 そういえば、と最近の出来事を思い返す。


 アベリアが意味深な発言をしていた。


 確か、兄弟ができれば……と言うようなものだったはずだ。

 そのときの俺は、単純に血縁関係にある身近な人物に対しての憧れを抱くだけだった。


 だが、もしあの言葉が指す意味が、俺の兄弟……だとするならば……。


 アベリアの子どもの父親は……俺の父さん……!?


「なんて、まさかねー!ははは」


 一人で導き出した答えを振り払うように、俺は頭を振った。


 だが、あの直後に父さんの態度がおかしくなったのも確かだ。


「え、まさか本当に……父さん……が?」

「……」


 アゲラタムがあえて明言しなかったと言うのに、俺はあまりの衝撃に呟いてしまった。


「……」

「……」


 父さんは隠し事をするのが苦手な性格だ。家に帰ったら何かが起きていてもおかしくない。


 そう考えた途端に帰りたくなくなった。気が重い……!


 互いに無言でうつむき気味に立ち尽くしていると、ふいにアゲラタムが口を開いた。


「……魔王さ……」

「クラッドね。なあに?」

「クラッドさま、今日は我が家に泊まりませんか?避難先としては最適かと」

「ありがたいけど、やめておくよ。家のこと、放っておくとどうなるかわかったものじゃないもん」

「さようですか……。ご武運を」

「俺ができることなんてないと良いんだけどなあ」


 俺は肩をすくめたあと、頭の中の地図を頼りに近道を模索する作業に戻った。


 その足取りはいつもの帰宅の歩みよりも、少し重たい。

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