4話 霊人《レイド》VS魔人大人1

 そこは街の中心部から徒歩三十分ほど歩いた距離だろうか。


 家畜を囲う柵と小さな小屋、所々に木々が立つ、一見のどかな平原にいるのは、家畜ではなかった。


 柵の外側では物々しい格好の四人の大人たちが陣形を組んで並んでいる。


 彼らの特徴は全員が尖った耳をしていると言うこと。

 つまり、魔人だ。


「肉眼で白の集団を視認」


 集団の中央に立ち呼びかけられた女性が、血のように深く紅い髪をなびかせて彼らを振り返る。


「お前たちが背にするのは、我らが魔王が私たちに託した理想郷!」


 艶やかであり声高く語る彼女は、領主の妻。

 俺、クラッドの母だ。


 更に付け加えると、魔王の直属の部下の一人でもあり、時折俺は気まずさを感じている。


「その街を霊人レイドどもに蹂躙させるわけにはいかない!」


 母さんは細めた目で仲間たちを鋭く見据え、これからやって来る霊人と呼ばれる襲撃者たちを相手にする仲間たちを鼓舞する。

 しかし、よくよく観察すると……折角格好良く見せていると言うのに、残念なことに彼女は眠そうだった。


「それに街には、お姉さまの愛しい領主さまとクラッドちゃんもいるものね」


 母さんの態度の他、全体的に緊張感が希薄である。


 茶々を入れたのは集団の一人、暖かな黄色の花を連想させる衣装を着た人物。

 母さんの弟子で、名をサンダーソニアと言う。

 血縁関係ではないが、サンダーソニアは母さんのことをお姉さまと呼び慕っている。


 俺のことをちゃん付けで呼ぶので、とてもくすぐったい。


「サンダーソニア、無駄口を叩かない!すぐに終わらせるよ!」

「はーい」


 母さんは弟子を軽く睨みつけ、すぐに話を元に戻す。


「さあ、迎え撃つよ!」

「了解した」

「はあーい」

「言われるまでもねえ!」


 まとまりがなくとも前向きな各々の返事を受け、母さんは深く頷き振り返る。


 彼らが敵とする相手は目前に迫っていた。


 整った顔立ち、白銀の短髪に金色の瞳。

 清純さを感じさせながらも、異質さを伴う種族、霊人レイド


 彼らは皆揃って同じ白銀の衣装を身に纏い同じ背格好で、魔人たちへと向かっていた。

 ようするに、霊人は一人の人間を元に大量に複製したかのように、同じ様をしている。


「相変わらず、不気味な連中だ」

「顔が綺麗なのは良いんだけどなあ」


 敵、霊人の数はおよそ三十。

 そこまで多くはないが人数としては母さんたちが劣勢。

 街に居る戦闘要員の中では、この人選でなければ苦戦するだろう。

 言い方を変えれば、この四人だからこそ何の心配もいらず、緊張感が欠けている原因でもある。


 かと言って、母さんたちは油断してはいない。

 例え魔王の元部下であろうとも、万が一、一人で霊人を相手にするとなると危険が伴う。


 霊人たちが一定の距離に到達すると、母さんは右足の踵を踏み鳴らして手を奴らに向けてかざす。


「世界の裏側に守りを描く!」


 そのまま何かを記すように宙で指を走らせると、その軌跡は空間が歪んだように見えた。


「それを事象化なさい!」


 かけ声と同時に指を鳴らすと、平原の地面が揺れたようだ。

彼らの何人かがバランスを崩しかけたと思うと、地響きと共に地面がせり上がった。

 霊人たちの行く手に、身長を優に超えた壁が立ち塞がる。


 土煙の舞う中、サンダーソニアが両手を打ち鳴らし、華麗に踊り始めた。


「さっ、精霊たち。遊びの時間だよ!」


 華やかな衣装の飾りをふわりと揺らしながら舞い踊ると、周囲の空気がピリピリとし始めた。


「彩るよ、萱草かんぞうの雷!」


 最後に一回転を決めたあと壁に向けて手を掲げると、凄まじい音と共に空から数多の雷が壁をめがけて打ち付けてきた。


 踊っている間に壁を乗り越えて来た個体が、虚しくも雷に撃ち落とされる。


「ぎゃあああ!!!」


 霊人が口を開くことは、殆どない。

 その身体に心は宿っていないのだろうかと疑える程に無感情のように見える。


 ある程度の攻撃にはびくともしないが、それでも急所をついた攻撃などには怯み、痛みも感じるようだ。

 奴らと戦うことになると、大抵その声を初めて聞くのは断末魔になることが多い。


「頼んだよ、二人とも!」


 母さんが揃って前線へ歩み始めた、残りの仲間へ声をかける。


 霊人の何人かは雷を回避していた。

 攻撃を受けても何らかの防御をしていたのか致命傷に至らなかった者は、地面から身体を起き上がらせている。


 そこでついに、未だ出番のなかった二人の活躍の時が訪れた。


「地味な役割だなおい!」

「文句言わずにさっさと始末なさい、この脳筋め」


 二人の間に険悪な空気が流れるものの、彼らは壁から降りてきた霊人を母さんとサンダーソニアからの援護を受けつつ、着実に仕留めていく。


 一言多い人物の名はカリステフ。

 一振りの剣を閃かせ戦う剣士。

 戦いの最中であっても涼しげな表情からは口数が少なそうな印象を受けるが、非常に……そう、口撃的だ。

 特定の人物に対してだけは。


 その特定の人物は、近くで筋肉質な大柄を豪快に奮う戦士、ミルオール。

 カリステフが口に出して言うほど脳筋ではないと思うが、沸点が相当低い。

 あおられるとそれを燃料にするかのように燃え上がる。

 それさえなければ、それなりに頼りがいがあると思うのだが。


「ああ?ぶっ潰されてえのか?この刻みネギが!」

「出来るのならばな。その前に細切れにしてくれる」


 二人とも、母さんと同じ魔王の元部下。


 この組み合わせはどうにも水と油だと思いがちだが、何故か意味の分からない場面で息が合う。


「これが片付き次第な!」

「これが終わったらな!」


 二人同時に何人目かの霊人を撃破し、叫ぶ。

 砕かれ切り刻まれた霊人の身体は、血の一滴も流さずに粒子となり、やがて消えていく。


 それが、普人とも魔人とも明確に異なる部分。


 ……奴らの消え行く様子を眺め、俺は静かに目を閉じた。



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