3話 転生魔王には友だちがほぼいない1

 身支度を整えて食堂に入ると、一人の男性が着席していた。

 食事を終えたのか数枚の紙を片手にティーカップを傾け、俺が部屋に入ると菫色の瞳を向けて微笑む。


 彼は俺の父親で普人と呼ばれる種族。

 優しく大人しい印象でどこか頼りなさそうな顔をしているが、こう見えてもこの街の領主だ。


 この街は俺が知る限り、初めて普人と魔人の共存を果たした。

 父さんは親の世代からそれを引き継いだ。

 それを上手く治めていることから、見た目からは想像出来ないような手腕を振るっているに違いない、と推測している。


「おはよう、父さん」

「ああ、おはようさん、クラッド。早いね」


 クラッドは俺の名前だ。


 なお、父さんは……いや、ごく一部を除いて殆どの人間は俺が魔王が転生した存在であると思ってもいないだろう。

 ……思ってもいないことは、確かだ。

 古傷ならぬ近傷が疼くので、それ以上は考えてはいけない。


 今の俺は魔人と普人の混血だけど、一応は普通の子ども!

 よし!


「今日は随分と気合い入ってるね」

「え?そんなことないよ」


 今まさに意気込んだのが気付かれてしまったようだ。


「もう少し寝てて良かったんだよ?寝る子は育つって言うからね」

「あはは、なんか変な夢見て目が覚めちゃって」


 俺は肩をすくめて答える。

 父さんが心配そうな表情を向けた。


「怖い夢?やっぱり一人の部屋で寝るのは早かったんじゃないかなあ」

「えっ?ううん、怖くない夢だよ!なんか変なだけだったから大丈夫!」


 俺は慌てて問題ないことを伝える。

 確かに親としてはまだ小さな子どもが一人で寝るのは心配だろう。

 説得と言う名の盛大なわがままを言って、やっとのことで一人にしてもらったのだ。

 このままを維持したい。


 それでも父さんは心配そうに俺を見つめる。


 そんな顔で見ないでくれ……。

 寝言を知られた日には恥ずかしくて親の顔でさえ見たくない。

 ……すでにかなり聞かれているはずだが。


 真剣な表情で見つめ返すと、父さんは苦笑し、それ以上強く言うことはしなかった。


 席に着くと、短髪の黒髪を三角巾で覆った普人の女性が朝食を持ってきてくれた。


「お坊ちゃま、おはようございます。お飲物は暖かいミルクでよろしいですか?」

「あ、う、うん、おはよう。それでお願い」


 夢の話のあとに話しかけられ、少し動揺してしまう。


 起床時に部屋にいたのは彼女だ。

 メイドであるアベリアは、毎朝カーテンを開けて今日の気候にあった服を置いてくれる。

 大変有り難い。

 有り難くはあるが、俺の寝言ならぬ起床ツッコミを聞いているはずの人物だ。


「はい、かしこまりました」


 アベリアは優しくと微笑むと、飲み物を用意しに行った。


 予想通り何も言われなかったことに安堵のような不安のような複雑な思いを抱いた後、俺は部屋を見回した。


「……あれ?母さんは?まだ寝てるの?」

「ああ、母さんはさっきれ……あ、いや」

「さっきれ?」

「や、何でもないさ」


 途中まで言いかけた父さんは慌てて口を塞いでいるが、誤魔化せていない。


「何でもないって何さ」

「クラッドに言うと、母さんの機嫌がねえ……」


 紺色の髪を掻く父さんは、悲しいことに母さんの尻に敷かれている。


「ふうん……?」

「まあ昼前には帰って来るよ」


 朝食を口にしながら半目を向けると、父さんはティーカップを傾けて中身を一気にあおった。


 朝の弱い母さんが早朝から家を出るなんてことは滅多にない。

 父さんの発言からも察すると、思い当たる節が一つあった。

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