第39話タケル編【牧野かすみの告白①】

 敷地外体験初日を終えた僕は、例のグレーだった部分を白にしてもらえて、次の段階に進めることになった。次は少しエリアを広げたプランだった。そのプランで問題がなかった場合、いよいよ自分で行きたい場所を決められるのだ。前回同様牧野が付き添いになってくれた。二度目の敷地外体験は2週間後だと言われたからそれまでは敷地内で自分なりに車椅子の操作を練習するだけの日々だった。

 敷地内は、もうほとんど不便なく移動が出来るようになっていた僕は既に三度目の最終段階で行く舞花の墓参りの事ばかり考えていた。そこに行くにはバスや電車といった公共交通機関に乗ることになる。まだ歩けていた頃、たまに電車に車椅子の人が乗っているのを見かけたことがあったが、駅員数人が乗せたり降ろしたりしていて不謹慎にも”電車、遅れちゃうよ。なんで電車になんて乗るんだ?”なんて思っていたことを思い出した。まさか自分がその立場になるなんてその時には想像もしていなかったからだが、今はホントに不謹慎なことを思っていたなと反省している。


*****


 2週間が過ぎた。

8月もそろそろ終わりだというのに、まだ真夏日が続いていた。今日は二度目の敷地外体験だ。今回は、バスを体験する。正直不安しかなかったが、いずれは利用しなくてはいけないものだから付き添いが居る間に体験するのは絶対必要だと思っていた。施設の近くを走るバスはノンステップバスといって車椅子でも乗り降りが出来るタイプだった。乗りたい時にはバスの運転手がサポートしてくれるらしい。ただ稀れにノンステップバスではないバスが来ることもあるらしく、車いす利用者がバスを使う場合は時間に余裕を持って行動した方がいいということも教えてもらった。通常タイプのバスではやはり乗り降りは難しいからだ。

 いろんな知識を知らず知らずのうちに教えてもらいながら身に付けていくんだなぁとこの施設での生活の重要性を改めて実感した。

 今日の体験は平日の昼間。乗客が少ない時間帯での実施だった。それでも始発ではないから当然乗客はいる。車椅子を固定する場所が決まっているため、普段その場所は誰でも座れるように椅子になっているが、車椅子利用者が乗る時にはその椅子を畳んで車椅子を固定するらしい。そこに座っていた人は申し訳ないが立ってもらうことになる。


「バス、緊張していますか?」


牧野がバス停で待っている間に声を掛けてくれた。僕は情けない話だが、とんでもなく緊張していたから、最初その言葉を聞き取ることが出来なかった。牧野はもう一度同じことを聞いてくれた。二度目でやっと気が付いた僕は、


「べ、別に・・・」


別に緊張なんてしていないと言うつもりが別に・・・で言葉が詰まってしまった。


「緊張しますよね。当然です。皆さん同じですよ。乗客が嫌な顔するんじゃないか?とか車椅子固定スペースに座っていた人に悪いとか色々考えちゃうみたいです。」


『いや、緊張してないって言おうとしてたのに!』


と心では言っても声には出せていなかった。牧野は続けた。


「この辺の人はココに施設がありますからね。こういう体験も何度も遭遇しているって人もいますし。初めて遭遇した人は多分、興味本位で見てくるかもしれませんが、たいていの人は気にしてないフリをしてくれますよ。」


「フリ・・・なんだ。」


僕は、自分が遭遇しても立たなくてはいけない席に座っていなければ多分やっぱり気にしないフリをするだろうなと想像した。


 バスが来た。ノンステップバスだ。僕は緊張がピークに達していた。バスが止まりドアが開いた。ノンステップバスといっても少し高めの段差なんだなと言うのが正直な感想だった。でも運転手が下りてきてさらにもうひとつステップを出してくれてほとんど段差がない状態になったのを見て感動した。ホントに今まで何も知らないで過ごしていたんだなぁと自分の無知さに呆れた。

 無事にバスに乗り込み、幸い車椅子スペースには誰も座っていなかったのでその席を畳んで車椅子を固定してもらい、バスは出発した。牧野は僕の横に立っていた。


「空いてる席に座っちゃダメなの?」


僕は聞いてみた。彼女は、


「ダメです。私は付き添いなので。車椅子は固定されていてもタケルさんは固定されていないでしょ?いざって時に助けるのが私たちの仕事なので。」


と言った。なんでも助けが必要な身体になってしまったんだなぁと改めて痛感した僕はその言葉に何も言い返せなかった。


 バスは終点まで行った。その方が他の乗客の迷惑を最小限に抑えられるからだそうだ。実際施設を退院した後は途中下車もするだろうが、今はあくまでも体験なのでそういう配慮をするのだと牧野が教えてくれた。

 終点は駅だった。今日は電車には乗らないが、次の体験ではここから電車にも乗るのだと思うとバスでの緊張がようやく緩んだのにまた緊張が蘇って来た。

 バスを降りた後、駅前をしばらく移動してみた。前回同様僕が前を、牧野が後ろを歩きながら。


「次のフリープランでは、電車に乗る予定、ありますか?」


後ろにいた牧野が横に並び、聞いて来た。僕は、


「うん。電車に乗りたい。前に話した好きだった子のお墓参りに行ってみたいって思ってるんだ。」


と答えた。


「お墓参りかぁ・・・その場所ってどこですか?場所によっては段差がありすぎて無理な場合もあるので調べておきます。」



そう言われ、霊園の場所を伝えると牧野はかなり驚いた様子だった。僕がその場所を知っているのか?段差が多いところなのか?と尋ねると、


「私の親友も同じ霊園なんです。だからビックリしちゃって。」


と答えた。そんな偶然があるものなのかと僕も驚いた。


「そこ、行ったことある?」


僕はすぐに聞いてみた。牧野は何度も行っているといい、段差は少ないが、霊園が坂の上にあるのでかなり坂道が厳しいかもしれないと教えてくれた。坂道・・・ここでまた新たに生活に欠かせない、でも車椅子では厳しいかもしれない現実を突きつけられた。


「私はいつも車で行っていたので歩いて上がったことがないんですが、今度行った時に確認してみます。今度の休みに行こうと思っていたので。」


牧野はそう言ってくれた。僕は、


「もし行けることになったら牧野さんの親友さんのお墓もお参りしてもいいかな?」


と尋ねた。


「もちろんです。私もタケルさんが大好きだった彼女さんのお墓をお参りしたいです。」


と笑顔で言ってくれた。僕はなんだかワクワクした。舞花は女の人と僕がお墓参りに来たらどんな風に思うのだろうか?少しはヤキモチを焼いてくれるだろうか?と行く場所に舞花本人が現れるわけではないのに、本人に逢いに行くような気持ちになっていた。


「さてと。そろそろ施設に帰りましょうか?今日は何も問題ありませんでした。合格です。あとは私が霊園を確認して、何とかなりそうならそこが最終段階ってことになりますね。ちなみに、彼女さんのお名前って教えてもらえます?今度行った時にお墓の場所を確認しておきます。まだ行ったことがないんですものね?」


牧野にそう言われ、僕は”白井舞花”と舞花の名前を伝えた。


「えっ?!」


牧野は絶句にも似た短い一言の後、なぜか固まってしまった。ここまでずっと横に並んで移動しながら話していたのに急に牧野が視界から消えたことに気付き僕も車椅子を止め、後ろに向きを変えて止まった。


「どうしたの?」


僕の問いかけにもまだ動けずにいる牧野かすみ。僕は彼女のところまで戻って、もう一度聞いてみた。牧野は我に返り、


「今、なんて言ったの?」


と聞き直した。僕は舞花の名前をもう一度伝えた。すると彼女は、


「私の親友だよ・・・白井舞花は。」


と震えた声で答えた。

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