第2話【謎が解けた花】

 BAD BABYSが事実上解散してから1ヶ月が過ぎた。誠也はBAD BABYSのホームページ内の”今後のライブ予定”に『しばらくの間、ライブは休止します。修業し直したらまたみんなの前で披露したいと思いますのでこれからも応援よろしく!』と書き加えた。


 2人になってもライブを続けようと決めたはずなのに、断りもなくこんな告知をされた僕は苛立ちを覚えた。すぐに誠也の教室に行き、理由を聞き出そうと意気込んで向かう廊下でどこかで逢った覚えのある子とすれ違った。


『あの子!いつもライブの練習を見に来てた【ドア枠の美少女】だ!』


僕は誠也の教室に行くことも忘れて追い掛けた。見覚えのある長い髪。間違いなくあの子だった。すぐに追いつき、

「同じ学校だったんだ!」

と声を掛けた。

彼女は驚いたように振り向いた。右半分しか見えない状態の身体に見慣れていた僕は全身を間近で見て、心臓がドキドキした。声を掛けたはいいが、その後の言葉が続かない。彼女も何も言わずジッと僕を見ているだけだった。

『何か言わなくちゃ!』

と思ったが、何も思い浮かばなかった。沈黙を破ってくれたのは彼女の方だった。

「やっぱり気付いてなかったんだね。同じ学校・・・だけじゃなくて同じ学年でもあるんだけどなぁ。」

初めて聞く彼女の声に僕の心臓は【ドキドキ】から【ドクンドクン】に変わり、激しさを増して鳴動した。普段教室で聞く女子のギャーギャーした声ではなく、彼女の声は透明感があふれていた。彼女はさらに続けた。

「私、BAD BABYSの歌、すごく好きだったの。2人になっても続けてくれると思ってたのに残念。ホームページの掲示板にもよくコメントしてたんだよ。<かすみ草>ってペンネーム、見たことない?それ、私。」

透き通った彼女の声はダイレクトに僕の心に入り込んで来た。しかし、彼女の質問に即答出来なかった。何故か言葉が頭に浮かんで来なかったのだ。彼女は人懐こく話し掛けてくれているのに普段クラスの女子と話す時のように自然に出て来る言葉が今は何一つ出て来なかった。

「あ、なんか・・・私、嫌われてる?警戒されてる?そりゃそうか。黙って何時間も練習見て、何も言わないで帰っちゃうんだもんね。ごめんね。練習中に話し掛けるのは良くないと思うし、練習終わってからはメンバーと色々話もあるだろうって思うと声、掛けられなくて。週末は外に出られないから、せめて練習だけでも聞きたくて通ってるんだけど・・・もし迷惑ならこれからは行かないから。」

僕が黙っているせいで彼女は余計な詮索を始めてしまった。

『違うっ!迷惑なんかじゃない!むしろこれからも来てほしい!』

心ではそう叫んでいるのに、やっぱり声にならなかった。そして、ようやく出た言葉が、

「<かすみ草>からのコメント、読んだことある。」

だった。

どうやらこんなに近くにいるのに、この空間には時差があるらしく、もうとっくに話題が変わっているのに、やっと前の質問に答えていることに僕は情けなくなった。


 僕の答えに一瞬目を丸くした彼女だったが、次の瞬間しゃがみ込んでコロコロと笑い出した。クラスの女子の馬鹿笑いとは違い、笑い方まで透き通っている。彼女の言葉、仕草すべてが透き通って見えた。

『この気持ちはなんだ?』

僕の心臓はまだドクンドクンと暴れていた。


「タケルってホントは面白いんだね♪私、もっとクールなのかと思ってた。もしかしたら誠也も実は面白いの?2人とも実際に話したら私のイメージが思い切り崩れちゃうのかな?」

彼女はまだしゃがみ込んで笑いながら顔だけ上に向け、僕を見ながら言った。

『クールじゃなかったらどうだって言うんだ?誠也の性格も気になるのか?』

僕の心は穏やかではなかった。冷静に考えれば目の前の彼女はBAD BABYSのファンなのだからメンバーの事が気になるのは当然なのに、今の僕にはそんな冷静さは欠片もなかった。

「何?私、何か悪いこと言った?ものすごい怖い顔なんだけど・・・」

彼女はピョンと立ち上がり僕の顔を覗き込んで言った。急に目の前に彼女の顔が近付き動揺した僕は咄嗟に彼女を突き飛ばしてしまった。彼女は思い切り尻もちをついてしまった。

「痛ぁ~い・・・」

と呟いた。

「ご・・・ごめん・・・」

僕は手を差し伸べ彼女が立ち上がるのをサポートした。彼女も手を伸ばし僕の手を掴み、立ち上がった。

「ありがとう♪やっぱり優しいんだね。面白いって言われるの、イヤだった?だとしたらごめんね。」

彼女はニッコリ微笑んで言った。僕は何も言えずに黙り込んでいた。すると彼女は僕をジッと見つめ、

「タケル?」

と名前だけ呼んだ。僕が黙っているとさらに、

「あのぉ~・・・」

と何か困った様子で言った。僕が下を向いてしまうと今度は下から覗き込むような格好で、

「手、まだ繋いでた方がいい?」

と聞いてきた。その言葉に僕は自分の手をゆっくりと見た。彼女を起こした時に繋いだ手を握りしめたままだった。慌てて離す姿に彼女は、

「繋いでた方がいいなら繋いでるけど・・・でももうすぐ授業だしね♪残念だけどタイムオーバーだ♪」

とニッコリとほほ笑んで言った。そして、

「私、舞花!また練習見に行くからね♪修業するなら練習はし続けるんでしょ?大丈夫!邪魔しないから♪それじゃあね♪」

と言うと走って行ってしまった。

僕は、彼女・・・いや、舞花が見えなくなるまで目で追い続けた。


そんな僕を始業のチャイムが現実へと引き戻した。

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