第四章~最終決戦編~

 何度か足を運んだことで見慣れた景色。僕は漆黒に包まれた星屑のない宇宙の様な空間に浮遊していた。

 今思い返してみると、この場所に来る伏線として、自分の意識が朦朧としている時にこの現象に陥る確率が高い。一度目はネビア・フォレスタを抜けた先にある山道で国王軍の奇襲に遭い、兵士に殺されかけた時。二度目は檻に踏まれて抜け出せなくなっている父を助けようとしているところでレッダの黒炎玉の爆撃を受けた時。そして三度目となる今回がレッダと対峙して己の敗北に近づいた時だ。いずれも僕の意識が遠のいていっている状態であり、その事が条件となっている。


 「……本当にどこなんだろう」

 「ここは生と死の狭間、現実世界と死後の世界を結ぶ中間地点だ」


 声がした方向に顔を向けると、光が一切ない真っ暗な空間に一つ、蒼に煌めく炎が静かに燃えているのが見えた。


 「……ルシオン。死後の世界って本当にあるの?」

 「結論から言うとなれば死後の世界は存在する。ただ、説明するとなれば少しばかり難しいのだが、聞くか?」

 「うん、聞かせてよ」


 ルシオンは体全体を蒼色染みた蛍光色に輝かせて僕に合図すると、炎の先から白い光を纏った小さい蒼の玉の様な物を、細々に僕の胸めがけて飛ばしてきた。

 浮遊してきた小さな蒼白玉が僕の胸に当たると、その瞬間水面に広がる波紋の様に白い光が広がり、縮小しながら僕の身体の中へとのめり込んでいった。


 「……何これ」

 「お前がわかりやすく理解できるように我の言葉を分割して送ったんだ。今送りきったから話を始めるとしよう」


 僕は首を一度だけ縦に振ると、ルシオンの言葉に耳を傾けた。


 「ここはトゥーデッドロードと言って、その名の通り死への道なのだ。現実世界で何らかの原因によって意識がなくなると、肉体から魂が剥がれ落ち、空の彼方を通ってこの場所に辿り着くのだ。まあ、お前の様に現実世界で意識不明になった魂もやってきて、息を吹き返した場合にはまた己の肉体へと戻っていく」

 「僕は多分元居た世界で意識が不明になったからこの場所に来たという訳だね」

 「ああ、そういう事になる。現実世界で息を取り戻す確率は五十パーセントだ。よってそのまま命を落とす確率も五十パーセントとなる。生きるか死ぬかの二択、それは最早コイントス並みの賭けとでも言えるだろう」


 という事は現在僕の魂は生と死の境界線を彷徨っているという事になる。それと、ここに来るのは三回目で二回中全部の確率で五十パーセントの息を吹き返すという選択肢を当てていることになる。下手をしたらとっくに僕は死んでいたはずなので現在僕がここにいることはすごく幸運と呼べるだろう。


 「ねえルシオン、ここから元の世界に帰るにはどうすればいいの?」

 「そうだな、方法は二つある。一つは元の世界のお前の肉体が目を覚ます事、二つ目は何か神様などの特別な高位の存在にお前の魂を直接的に現実世界に送り届けてもらうという方法がある。恐らく、二回目の闇に手を伸ばしかけた時にティノとやらに眼を覚ましてもらったのが二つ目の方法だな」

 

 あの時何もない黒の空間に突然光が差し込んでティノに助けて貰ったんだ。僕は黒炎に手を伸ばしかけていてあともう少しで完全な闇墜ちを遂げるところだった。そうだ、僕は今自分の闇の正体である黒炎、ダークフォルツァに会いに来たんだ。


 「……お前、まさか闇に魂を売る気ではないだろうな?」

 「別に全部の感情をくれてやる訳じゃないさ。ただ数分、ほんの少しだけ僕の中に眠る闇の力を使おうと思っただけさ」


 僕の左側に浮遊する蒼炎が煌めきながら言霊を飛ばしてきた。ルシオンが言った言葉は僕のことを心配しているというよりも、むしろ警告という単語の意味に近かった。


 「我はお前に忠告したはずだぞ。闇の力というものは薬物と一緒で一度使用すれば絶対に抜け出せないのだ。もし一度使ってしまったらお前の身体は瞬く間に闇に飲み込まれるのだぞ、と」

 「だけど、その場合は闇の感情の力が蒼の感情の力よりも上回った場合だと思うんだ。例えばダークフォルツァとフォルツァを同時に発動したとする。その場合、フォルツァよりもダークフォルツァの信念に誓った感情の方が大きいとすると僕の身体は闇の力に飲み込まれるだろうね」

 「だがその逆説を言うと、フォルツァの方の力が大きければお前はフォルツァの鎮静で闇を抑える事ができるという事か」

 「そういう事。ルシオンは僕みたいな二種類の眼を持った人は初めてなんでしょ? だったらやってみて試してみようよ」


 僕は一線の道理が通った自分なりの理論を説明した。フォルツァが感情の力であるなら、炎の力は僕が信念に誓った感情に比例していると考えたからだ。逆に、片方の感情が大きくなればもう片方の力は反比例する。

 あくまでたった一つの意見だが、やってみる価値は十分にあると思う。ただ、リスクが高いのは百も承知だ。ここまでの選択ができるのは現在の自分が生命の危機という高い崖にぶら下がっている状態であるからこそだと思う。

 

 ーー前だけを見て進め。


 何もしないで突っ立っているよりは絶体絶命の危険な綱渡りに挑戦するという道を選んだ方が後先後悔しないだろう。僕はリッキーが死に際に残してくれた言葉を信じ、前を向く選択を選んだ。


 「へっ! かっこつけるのは別にいいが、フォルツァの力でこの俺様を鎮めるだと? 笑わせるなって。そんな貧弱な炎で何が出来る?」

 「僕のフォルツァは貧弱なんかじゃないさ。僕だけじゃなく、大切な人の色々な感情が混ざり合ってできた信念の結晶そのものなんだよ。だからこの力に不可能なんてないんだよ」

 「じゃあ何でレッダの野郎に手も足も出てないんだよ。良いことばっか言っても行動で示さなきゃ意味がないんじゃないの?」


 瞳の先に浮遊する黒炎が僕に向かって核心を突いた言葉を飛ばした。闇の本体だからと言って全ての意見が外れている訳ではなく、これは僕自身が納得せざるを得ない的を得た回答と言える。

 確かに僕はフォルツァを発動した状態で、ダークフォルツァを使ったレッダに敗北した。しかも僅差とかではなく、ウサギと亀の対決くらい圧倒的差が開いてしまった状態での負けだった。


 「だから行動で示すんだよ。フォルツァとダークフォルツァを同時に発動すれば二種類の炎の力を発動したことになる。だから僕の戦闘能力は実質二倍になると思うんだ」

 「ほう、悪と正義の共闘という訳か。なかなか面白いではないか」

 「お前が俺をフォルツァの力で鎮静出来たらの話だけどな!」

 「それは何が何でも鎮静してやるよ。これができなきゃ始まらないんだ」


 そう、自分の信念が弱ければこの勝負は着実に僕の負けが決定するだろう。だからこそ何としてでも自分の中の闇を鎮静して己の力に変換させるしかない。正直に言ってこの道以外通る場所が見つからない。

 結論としてレッダとの決戦の前に、まずは自分自身との戦いに勝ってから次のステップへの合図であるホイッスルを鳴らさなくてはならない。負ければ闇に自我を食われてそこで試合終了だ。


 「僕は、自分の弱い心に負けない。この試練を抜けた先に必ず明るい景色があるから」

 「そうかそうか、やれるもんならやって見な! 早く決着つけて暴走した状態でレッダのもとに送らせてやるよ!」

 「アッズリ、我は期待しているぞ。一万年前に出会った一人の人間と同等な成果を上げ、この世界を正しい方向へと舵を切っていけるのか。しかと見届けよう」

 「ルシオン……、僕に任せて。必ずレッダを倒して闇なんか取っ払って、平和で優しい世界を創り上げるよ」


 僕の意識が眠りから覚める時、それが僕の内に秘めている闇との闘いの合図だろう。星の浮かばない宇宙空間の様な場所に浮遊する僕は、自分の左胸の奥に神経を集中させた。

 最終目標までの過程の内、第一の鬼門とも呼べる己の闇の制圧を遂げ、本当の最終決戦への狼煙を上げる事ができるのか。すべては僕の感情次第だ。ただ今の僕ならこの試練を乗り切れる気がする。大した自信というものではないが、何故か心の底からの声が僕を守ってくれている様な温かい感じがした。


 「ところでアッズリ、どうやって現実世界に戻るんだ?」

 「そうだ、お前帰れないじゃん」

 「いや、僕は今回も二つ目の方法で現実世界に戻ろうと考えているんだ」

 「特別な高位の存在の力を借りるという事か。だが頼みの綱であるティノはレッダに拘束されていて動けないぞ。他に心当たりがあるとでもいうのか?」

 「ああ、あるさ。ただやってみなきゃ会話ができるかは分からないんだ。もしこれができなかったら僕は一つ目の方法で運命の流れに従うよ」


 僕が左胸の奥に神経を凝らしたとき、どこか懇篤こんとくとした温かさを感じた。それが僕の心当たりだった。あいつはあの神秘の湖から僕達を見守ってくれていると言っていた。本当に僕達を加護してくれているのであれば少しでも力を貸してくれるはずだ。

 僕はもう一度左胸の奥に意識を集中させた。僕の意識がそれ近づくにつれてその温かさに近づいているのは間違いではなかった。


 「……アッズリ、良く気づいてくれたね。助けに来たよ」


 やがて僕の左胸が眩い光を放ち、一つの白い炎の塊となって真っ黒な空間に解き放たれた。白炎の塊は精霊の姿を模って変化すると、僕の真正面に浮遊した。


 「ネル……! やっぱり来てくれたんだ……!」

 「私はアッズリの胸の中でこれまでの経緯いきさつをずっと観察していたよ。父親に再会した時も、レッダに攻撃されていた時も……。ただ実際にアッズリの近くにいなかったから助ける事ができなくてとても悔しかった」

 「いいや、今ここに助けに来てくれたのが僕にとって本当に嬉しいことだよ」


 ネルは僕達を見守ってくれていたんだ。もしかすると僕が二回ともこの場所に来て息を吹き返す事ができたのは、彼女の心優しい加護のおかげであるかもしれない。

 

 「その者は何なんだ?」

 「彼女はネル・フェアーリ。リア城に続く道の途中にある、ネビア・フォレスタという森林の精霊なんだ。僕とティノが兵士達のうろつく森に入った時、彼らに遭遇するのを最小限にしながら森の中を案内して貰ったんだ」

 「精霊なのか、そんな大層な存在がどうしてこいつなんかの心中にいるんだ?」

 「フォルツァという力に馴染みがあるからです。昔同じ力を持った少年に助けられたことがあって……、闇に染まってしまった私の森を再び元の姿に戻してもらったんです」


 ネルはルシオンの方を向くと、以前僕に語った時と同じ様な表情で、事懐かし気に話し始めた。


 「同じ力を持った少年……? ああ、あいつの事か。となるともしかしてお前は小さき湖の中に住んでる者か?」

 「ああ! そうです! でもあの頃から成長して大きくなりましたよ!」

 「ふっ、そうだな。我はあいつが使っていたフォルツァの本体そのものだ。まあ簡潔に言うとフォルツァの化身というところだな」 

 「あ。そうなんですか! あの節は本当にお世話になりました、おかげさまでまだ幼かった木々達が無事に大きくなって、今では森林にまで成長したんです」

 「あ、あの、できれば僕を置いて話を進めないでほしいんですが」


 ネルは形相を変えて「あ、ごめんなさい」と言うと、一つ咳払いをした後、気を取り直した様子で話の路線を戻した。

 

 「それで、現実世界に戻る方法ですが……、私がこの場所からトゥーデッドロードの入口まで光の道標を作ろうと思っています」

 「具体的にどういった事をするの?」

 「えっと、入口まで光の線を敷こうと思っています。ただ、私一人の力では足りなさそうなのでルシオンの蒼の力も貸してもらって、二人の力を合わせて使おうと思っています」

 「……なるほど、それならここから遠い入口まで辿り着けるな」

 「ネル、僕は何をすればいいの?」

 「特に何もしなくていいので、眼を覚ました後の心の準備でもしておいて下さい」

 

 僕はがくりと肩を落とした。何か手伝う事も出来ずにただ助けて貰ってばかりだなんて、僕は本当に役立たずに近い人間じゃないか。


 「これは特別な高位的存在である私とルシオンだからこそできる役目なんだ。アッズリはアッズリだからこそできる役目があるでしょ。そう簡単に気が落ちるとそこのダークフォルツァに飲み込まれるよ?」


 僕がネルが示した方に顔を向けると、黒炎は余裕だという事を見せつけるかの様に、より一層に炎を燃え上がらせた。


 「おい俺、眼を覚ましたら右眼がダークフォルツァの象徴である暁色の瞳になっているはずだ。だが一つだけ言っておくが俺は躊躇ちゅうちょなく闇の力を押し上げる」

 「その状態で完璧に僕の中の闇を鎮めなければレッダには勝ち目がないという事でしょ? わかってるよ。だから遠慮はいらない、全力で向かってきてよ」

 「いいねぇその心意気。わかった、俺も全力を尽くして闇に染めてやるよ」


 僕は黒炎に映る自分自身の闇に、先程のお返しとして笑って見せた。


 「アッズリ、準備は良い? こっちはもう何時でも行けるけど」

 「ああ、僕も準備は整ったよ。それじゃあネル、それにルシオン。後は頼む」

 

 二人はそれぞれ「わかった」「承知した」と言うと、ルシオンがネルを模る白い炎に向かって、先程僕の胸に飛ばした人魂の様な幾多の小さい炎を送った。ネルはそれらを全て白色の炎で包み込むと、小さかった白炎が何段にも渡って大きくなり、最終的には巨大な蒼白の炎へと姿を変えた。


 「行くよ! それぇ!」


 ネルが声を上げると、漆黒の夜空に瞬く流れ星の様に、蒼白の炎が僕達の頭上に向けて蒼炎を纏った白い光を放った。


 「これは……ティノの時と同じ……」

 「さあ、この光の道を辿っていけば入口に着く事ができるよ」

 「我はこの場所から力を送り続けている。二人とも、健闘を祈っている」

 「じゃあな俺、次会うときは闇に染まった時か、闇に飲まれた時か……」

 「いやそれどっちも闇墜ちしてるから……。じゃあ行ってくるね」


 僕とネルは二種類の炎に見送られて、蒼白の光が差す道を辿って歩き始めた。この道が終着点に辿り着いた時、僕とレッダの最終決戦が始まる。いや、その前に僕自身との戦いが始まるんだ。負ける事は許されず、もう後には引けない。

 僕は光の線を辿っている途中、世界の命運を分けるとも言える最後の戦いに向けて決意を改めた。そして数分くらいたった後、白い光で包まれた穴の様なものが目に映った。


 「ネル、これって……」

 「うん。現実世界とトゥーデッドロードを繋ぐ穴、通称『異次元ホール』さ。ここを潜り抜けると元居た場所に帰れるよ」

 「……そうなんだ」


 僕はふと、今来た道を振り返ると、僕等をここまで導いてくれた蒼白の線が、あの時屋根の上で見た静寂な夜空の景色に敷かれた天の川に見えた。

 僕達は人生と言う一本の道を辿って死というゴールへと向かって行く。この一本線は、この場所が黒くて何もない空間だからこそ浮かび上がって、僕の目に映ったのであろうか。

 僕の目に映るという事は、まだ僕の人生は終わっていない。僕の人生はまだ続いている。まだ、生きているんだ。死んだら何もかもがお終いだが、生きていたら何をするにも可能だ。それはもう既にトゥーデッドロードを超えてしまった親友が教えてくれた。


 「アッズリ、覚悟は良いかい? この穴を越えたら大きな戦いが待ち構えている。君はここを通り抜けてしまったら、君を縛る定めからは命を落とさない限り絶対に逃れられなくなるんだ。このまま楽な道を突き進むなら引き返した方が一番いい方法だよ」

 「何言ってるんだよ、今更戻る訳ないでしょ。僕は家を出てから何度も何度も負けてしまった。だけど、次のチャンスが一番最後だからもう負ける訳にはいかないんだ。そんな中途半端な覚悟なんてとっくに何処かに捨ててきたよ」

 「そっか。もう決めたんだね。あ、そう言えばルシオンが『もう一度言うが、本当に辛くなったときは我の名を呼べ』だってさ」


 僕が「わかったよ」と言うと、ネルの形をした蒼白い光は僕の周りを一週回ると、異次元ホールと呼ばれる穴の横に立った。


 「さあアッズリ、行っておいで。私達の未来を大きく左右する戦いに」

 「うん、行ってくるよ。じゃあねネル、見送りありがとう」


 僕は異次元ホールの前に立ち、屈みながらの奥に向かって両手を指し伸ばした・すると、身体がどんどん吸い込まれていき、それに比例して自分の意識も薄れていった。


 ーー頑張って、アッズリ。


 僕の朦朧とした意識の中には、ネルが言ったであろうこの言葉だけがエコーの様に何度も響いた。

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