Scene49 夢と手榴弾

 8:30を過ぎたところで、葉の研究室に電話する。

「はい、201研究室、葉です」

 若干異国訛りのある日本語で彼は電話に出た。


「あ、おはようございます。えっと、201研究室? あ、間違えちゃったみたいですね、501号にかけたつもりだったんだけど」

「分かりました、間違い電話ですね?」

「う、うん、それがね、ちょっと今困ったことになってるんです。今、1階の実験施設の中にいるんだけど、システムに不具合が生じちゃってるのかな、煙が出てるんです。で、操作が分からなくて、緊急を要するんだけど」

「え? それはまずい。どうしましょうか?」

「とりあえず、1人じゃどうしようもないから、急いで来てほしいんです。施設の中にいますから」

 爆発する心臓に押し出されるように声を出す。


「承知しました」

 葉はそう言って電話を切った。何も疑ってはいない。

 北村ジュンはこめかみから汗を垂れ流しながら、タブレットとパソコンのそれぞれのディスプレイを凝視する。

 タブレットには実験施設の内部の画像が、パソコンには実験装置のシステム制御の画面が表示されている。


 さっき確認したとおり、電子盤に送りこむ水素ガスを最大にして、水素元弁を開放する。そのうえで、電子盤の扉を開けることにより空気が混入し、電子の力によって火花が起こる。そこでボッカーンだ! 

 それにしても、恐ろしいくらいにまんまと引っかかりやがった。しかもこの大学 のサイバーセキュリティと言えば、少年野球レベルだ。

 さあ来い、葉傑偉!


 パソコンのディスプレイには、この実験装置のオペレーションシステムが表示されている。すべて意のままに操作することが可能な状態だ!


 だが、肝心の実験施設の内部の画像に葉の姿は映らない。

 何をしている、早くしないと爆発するだろう?

 俺はたった1人で施設にいるんだ。テンパってるんだ。見殺しにするのか?

 北村ジュンはエルグランドの中から建物を見上げる。

 おい、早くしろ!


 もう一度電話をかける。今度は転送される。

「はい、葉です」

「何をしてるんですか? もうヤバいことになってますよ。あなた1人でもいいですから、とにかく急いで来てほしいんです」

「失礼ですが、今、どこにいらっしゃいますか?」

「1階の実験施設の中ですよ。さっき言ったとおりです」

「いいえ、そこには誰もいません」

「?」

「実験施設の中にはカメラが設置してあって、映像が確認できるのですが、人の気配もないし煙が出ている様子もありません」

「い、いや、内部じゃない。今外に出ている。実験施設の中で水素が漏れているんだ」

「外というのは、どこですか?」

「実験施設の廊下だ」

「いえ、そこにも人はいません」

「申し訳ないが、とにかく実験施設に来てほしい。会って話がしたい」

「たぶん、実験施設に行かなくても、会って話をすることは可能です。あるいは、あなたのいう実験施設というのは、この車のことを言っていますか?」

「?」

 黒のシールドが貼られた窓ガラスを叩く音がする。

 そこにはスマートフォンを耳にあてた葉が立っている。

 隣にはさっき一緒に研究室のビルに入っていた男の他に、山下透もいる。


「うっ!」

 北村ジュンは反射的に運転席に飛び込み、エルグランドのエンジンをかけようとする。だが、フロントガラスの前には2人の警察官と、ヘルメットをかぶりライオット・シールドを抱えた3人の機動隊がいる。

 背の高い方の警察官が運転席のドアを開ける。

 うおおおおおおーーーーっ。


 北村ジュンは右手をつかまれたまま、左手で助手席のバッグに手を伸ばそうとする。その中には手榴弾が入っている。

「こら、ジタバタするんじゃないよ!」

 2人の機動隊に足をつかまれた北村ジュンは、何もつかめないまま外に引きずり出された。

 落ち着け、これは夢だ。

 俺は、夢を見ているんだ!

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