Scene43 やられたらやり返す

 北村ジュンが葉傑偉の存在にたどり着いたのは、翌日の夕方のことだった。

 怜音から借りたエルグランドの中で汗まみれになって作業を進めていた北村ジュンは、秘密のノートパソコンを破壊する寸前に辛うじてコピーしておいた情報を手がかりに、京都工業大学の研究室を探し当てた。


 やあ葉くん、アンパンマンの正体は君だったんだね。

 残念ながらボクは、世界中の仲間たちの研究成果に寄与してるんだよ。だから君が誰かを探しあてるくらいのスキルは軽く持ってるんだ。

 さあ、ここからがショウタイムの始まりだ。

 よろしくたのむよ。


 北村ジュンは萩市運動公園の駐車場に停めた高級ワゴンの中で、油のような汗を拭き、ほくそ笑みながらつぶやいた。


 残された時間はあと1日。

 それまでに君は、ボクの過去を洗いざらいにして、警察に通報するに違いない。それじゃ、こっちの計画が狂っちまうんだよ。

 明日までに君のいる建物ごと爆破してやるから、楽しみにしておいてくれよ!


 葉が在籍する京都工業大学工学先端科学研究科のC棟には、多種多様な分野の研究室が集まっている。その1階は分野を超えた大規模な実験装置が置いてあることを北村ジュンは突き止めた。


「おそらく、今流行はやりの異分野のコラボレーションを目論んでいるのだろうが、そのアイデアが君たちの首を絞めることになるなんて皮肉なもんだよな。世の中、性善説だけじゃ、やっていけないことを教えてあげようじゃないか」


 イスラエルから暗殺用ドローンを取り寄せて、葉の額に五寸釘を打ち込むことだってできる。だが、それを実行するには時間がない。明日の夜までに行動に移さなければならないのだ。

 頭の半分でそんなイメージをしながら、もう半分では大学の内部構造を入念にリサーチする。


 ちょうど今は大学のAO入試の出願時期に当たっている。しかも運良く明日が締切日だ。おそらくこの時間も職員はまだ業務に勤しんでいるだろう。

 北村ジュンは推薦入試の出願用書類をダウンロードして、そこにスパイウエアのプログラムを仕込み、大学の入試担当係に送付した。「トロイの木馬」だ。やられたらやり返す。それが自分の流儀だ。


 全く味のしないメロンパンをかじりながら、神にすがりつくような心境で添付ファイルの開封を待つ。

 その間、なぜか、怜音の寝室に掛けられているヒンドゥーの女神の顔が何度もよぎる。ひょっとしてあれはただの絵なんかじゃなかったのか?


 あの時ペットボトルを投げつけて申し訳なかったです。思い上がっていたのです。どうか、私に救済の手をさしのべてください! 

 私は、どうしても怜音がほしいのです! 

 ご存じの通り、私は高校生の時からずっと怜音だけを愛していた。一緒になれるのなら、死んでもかまわない!


 長いこと瞑想していると、電子音が車内に響く。

 ぱちりと目を開けて、ディスプレイを覗き込む。どうやら残業中の熱心な職員により、ファイルが開封されたらしい。

 アプリケーションを立ち上げると、大学のネットワークのインターフェイスが現れた。ついに、学内のサーバへの侵入に成功したのだ!


 神様、ありがとうございます。

 でも、勝負はここからですよ。あの時、深川泰彦を潰したみたいにうまくいくかどうかです。もう一度、雷とか落としてもらえますか?

 北村ジュンはエルグランドの中でつぶやきながらネットワークの中に潜り込んでいく。

 それにしても、世の中っていうのは狭いもんですね。

 憎き深川と愛しき怜音が、揃いも揃って同じタイミングで敦賀に行ったのですから。

 しかも深川を殺してやったと思ったら、深川の妻が怜音の夫に急接近した。

 私にとっては願ってもないチャンスでした。私は小さい頃から、神を信じていなかった。でも、あの時、体の中を光が横切ったんです。私は帰依したのです。

 おかげで、怜音の夫まで消すことが出来た。

 怜音は今でも愛する夫を深川泰彦の妻に殺されたと思っている。

 それで私は、何も疑われることなく、やすやすと怜音に接近できました。イメージしたことはすべて現実になったのです。


 神様、あと少しで私は長年の宿願を達成できるのです。

 だから、明日までにどうしても邪魔者を粛正しなければならないのです。これまでのように、どうか手を貸してください!!

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