第3話 ネロ それは魔法師サヴァランの使い魔

 現在、カンバリア共和国は魔物との共和を果たしてはいるが、知性のない魔物となると話は別だ。

 それらはいわば動物なのだ。魔法を使う、動物。 

 魔属性の動物が魔物、もしくは魔獣。

 神属性の動物が神獣。

 無属性がただの動物。もしくは野獣。

 動物は保護すべき対象であるものの、人間に害が及ぶのであれば駆除をしなければならない。

 また、知性があり、人間にとって善の存在の魔物を魔人と呼び共存しているが、悪の存在である魔物を悪魔と呼び、退治しなくてはいけない。これは魔人権に関わってくるので、魔法師団の重要な仕事である。

 そして、国境に魔法陣を書くことは、魔法師団にしかできない。

 国家資格が必要である。

 境界線以外にも、橋に線路、学校などの公共施設に守護結界を張ったり最新式に更新したりするのも仕事で、ネロのような平団員は、大抵そういった場所のメンテナンスを来る日も来る日も繰り返している。

 来る日も来る日も来る日も来る日も……

 魔法師団コーカル支部の所長は、サヴァランという名の紫の瞳をした男だ。

 髪は黒。

 黒いローブに、金の縁取りを施した宝飾品をたくさん身に付けている。それでいて派手さを感じないのは、宝飾品の全てが魔法具だからだろう。どれも年代物の高価な護符である。

 代々魔法師を排出する一族の出だ。

 ネロより六つ歳上で、かつてはネロの教育担当教官であった。 

 サヴァランは破竹の勢いで出世した傑物で、三十三歳にして支部の長の座を得た。やがては魔法庁の長官か大臣になるだろう。

 不意に双子の兄の姿が思い浮かんだ。

 コーカル市の市長は選挙では選ばれず、任命制だ。突破しなければならない試験は数多く、公務員試験の最難関とされている。

 ロキは次々と難関試験をクリアし、昇進を重ねてあっという間に市長に就任した。

 一方のネロは、いまだに単なる平団員である。

 兄弟格差に多少の不満はある。プライドもある。悔しさもある。

 しかし勇んで出世しようと思えないのもた事実。

 そもそもネロは、お役所勤めなどこれっぽっちも興味がないのだ。

 ないのだが、魔法師団もお役所なのだった。そこの所長に、一介の平団員が逆らえるであろうか。

 いや、所長と平団員だからというより、これはもはや洗脳ではないかと思えてきた。

 ネロが新人として魔法師団に入ってから約二年、このサヴァランの元で任務を行っていた。

 通常、教育担当が付くのは一年間のみである。

 二年もの期間、しかも希代の天才とうたわれるサヴァランが教官として付くのは異例だった。

 サヴァランからの評価はいつも低かった。

 ネロとしては、きちんと仕事をこなしているつもりだったが、担当教官が提出する月末評価はいつも『不可』だ。

 なにか細かな指摘があるわけでもない。

 しかしサヴァランは他の教官に引き渡すこともなく、ネロを引き連れて様々な仕事に赴くのだ。誉めることもなく、貶すこともない。小間使いのように雑用を押し付けられ、日々走り回る毎日。

 有名大学の難関学部を五指に入る成績で卒業しても、ここでは意味をなさない。

 新入の頃、サヴァランの直接指導を受けるネロは、同期からの妬みの的となっていた。けれど二年目にもなると、独り立ちを許されなかった半人前だと嘲笑の的となった。

 肩身が狭かった。

 そして三年目。

 サヴァランからの指導がなくなってからは、ネロは根無し草のようにいろんな部署を転々としていた。

 今の守護部結界課が、恐らく終の栖となるだろう。

 出張も仕事量も多く、誰も感謝してくれなくて、胃を壊す率が一番高い結界修繕係。誰もが半年で異動願いを出す、万年人手不足の流刑地だ。 

 つい半年前に、かしまし娘三人が転属でやってきた。

 他の部署でチームリーダーまで勤めていた魔法師だが、あまりにも人手不足のために、泣く泣く他部署が補填役として差し出したらしい。

 その三人は弱音を吐かずに良くやっているし、最初の壁である半年を無事に越えそうだ。

 そして先日、係長が四ヶ月で逃げた。 

 けれど、どの部署にいても、かつての教官はネロを呼び出した。それはどんな仕事の最中であっても、優先された。

 サヴァランから下される命令は、書類の整理のような些末なものから、奇妙な極秘潜入調査と多岐に渡った。

 時には、サヴァランについて首都ヘリロトにまで行き、王との謁見に同席することもある。

 貴族であっても王と謁見する機会は多くない。

 ネロは幼少時に一度だけ、親について王と会ったことがある。

 当時の王は今では隠居していて、今の王は当時の王子だった。その王子とは会ったことがなかったので、現王とはその時が初対面であった。

 サヴァランと現王は同い年で、幼馴染だった。

 いや、元主と元従者という関係なのかもしれない。サヴァランの父が、前王の専属魔導士だったのだそうだ。その関係で、現王とサヴァランは生まれた頃からの知り合いであった。

 王や王族は常に呪いにさらされてる。特に王へ向けられる呪術は強力で、解除には危険が伴う。

 その危険へ飛び込まされるのが、ネロなのだ。

 もしかしたら、行き場を失った呪いに襲われる可能性だってある。

 サヴァランは無慈悲にネロへ命じる。

「半日ですませろ」

「かしこまりました」

 基本、ネロは公務員である。

 いくらサヴァランの呼び出しでも、何日も不在となれば怪しまれる。そしてネロとしても、時間外手当が期待できない仕事は手早く済ませたいのだ。

 とはいえ呪いの元である呪術石には、破壊を阻むために幾重にもトラップが張られている。そのトラップを潜り抜けるのは一苦労だ。呪術者との一騎打ちだって覚悟しなければならない。 

 呪術に関しては、魔物の呪術者よりも人間の呪術者のほうがはるかに狡猾だ。

 風呂場のカビをピンセットで削り取るほうがましってくらい、細かな解除処理をしなくてはないのだ。 

 突き止めた呪術者が倒して終わりの魔人だっときは、ラッキー! と声を上げてしまうくらい嬉しかったりする。

 また、ギルドの不手際の尻ぬぐいをさせられることもあった。

 廃墟となった教会に悪魔がいるとかなんとかそんな相談を受けたギルドが、なんちゃって勇者に依頼をし、余計に事態を悪化させて、ギルド長がサヴァランに泣きついてきて、おかげでネロにいらぬ仕事が回ってくる。そんなことはしょっちゅうだ。

「だから、教会で眠る古い時代のヴァンパイアを起こしてはいけないと言ってんだろうが!」

 と何度ギルドの地下室で叫んだことか。

 何度なんちゃって勇者に説教したことか。 

 ヴァンパイアは基本、無害の魔人だ。

 だが、古い時代のヴァンパイアは、今のカンバリア共和国で人間と魔物が共生していることを知らない。知っていても良く思っていない。

 そんな相手に、悪魔め! 退治してやる! なんて突撃するのはバカだ。本当にバカだ。

 古い時代のヴァンパイアには、人間との和解なんて考えは一切ないのだ。

 話し合いましょう、こっちの勘違いでした、ごめんなさい、なんて言葉が通じないのだ。

 怒り狂うヴァンパイアを、こっちの都合で抹殺しなければならないのだ。

 しかも超強いし。

 そんなのに単独で行ってこいとか命令されるし。

 しかもそれ、評価対象外で特別手当対象外だし、保険対象外だし。休日出勤だし。

 古い時代のヴァンパイアは、今のヴァンパイアからすれば崇め奉るくらいの存在だ。

 そんなの殺したと知れたら大問題だ。

 だから極秘に行うのだ。


 ギルドの皆さん。

 国や市が指定した、立ち入り禁止区域に勝手に入ってはいけません。

 古い教会や遺跡に入り、勝手に封印を解いてはいけません。

 掘り出し物の魔道具を迷宮で見つけても、持って帰ってはいけません。

 どれもギルドに入るときに、加入規則に書いてありましたよね。

 それを読んだうえでサインしましたよね。

 なのにどうしてこう頻繁に規則が破られるんでしょうかね。

 困るんですよ。

 俺が!


 勇者さえいなければ全部丸く収まる気がしてきた。

 すべての元凶はなんちゃって勇者である。

 なによりも先に駆逐すべきではなかろうか。

 物騒なことを考えながらネロがお菓子を貪っていると、かしまし娘の一人、ロゼが言った。

「ネロ先輩、そろそろサヴァラン所長のところへ行かなくて大丈夫ですか?」

「……」

 洗脳されているのはネロだけではないらしい。

 ネロは立ち上がらなかった。答えもしなかった。ただ菓子を食うことだけに集中していた。

「所長へのご機嫌伺い、大変ですねえ。先輩ってばモテモテ」

 嫌な感じの口調で言ったのは、かしまし娘の二人目、テレーズ。お前は早く髪を直せ。

 飛び出てるぞ。

「お前等が代わりに行ってくれてもいいんだぞ?」

「いやそれは無理ですよー。ネロ先輩じゃないとそれは」

 かしまし娘の三人目、フェリシアがにやにや笑ってそう答えた。

 こいつらは俺がどんな無茶ぶりをされているのか知ってそう言っているのだろうか。ネロの胸中には文句が渦巻いている。

 フェリシア、テレーズ、ロゼ。

 美少女というか美女というか、見た目は本当に素晴らしいのだが、先輩をおちょくってくるのは人としてどうなのだ。

 なんでいつもにやにや笑いでまとわりついてくるのだ。

 もっと可憐な笑顔で周りをくるくる回ってくれればいいのに、どうして小ばかにしたようなにやにや笑いでまとわりついてくるのだろう。

 不思議である。

「……結構待たせていませんんか?」

「大丈夫ですか?」

「……いい加減いかないと……まずくないですか」

 三人がにやにや笑いをやめた。

「……、じゃあ……行くかな……」

 ネロはようやっと重い腰をあげ、埃まみれのローブから紋章入りのローブに着替えた。

 魔法師のローブとは、足元まで隠れる真っ黒な上着だ。

 紋章入りのローブは階級を表し、平団員であるネロには本来紋章入りのローブなど支給はされない。

 けれど貴族であるので、特別に家の紋章が刺繍されたローブが与えられている。

 魔法師団では貴族は数が少ない。コーカル支部ではネロのみ。

 そもそも貴族は、魔導士を使役する側だ。

 教会を運営し、聖職者として聖法師になる貴族はいるが、魔導士を志すなど、貴族は普通しない。

 職業に貴賤無し、などとは詭弁である。

 貴族にとって魔導士はいやしい職である。 

 であるので、逆に魔導士の家系出身の魔法師がネロを評価しないのもうなずけたりもする。

 よくよく考えれば、ネロが羽織った家紋入りのローブもいじめの一種と思えなくもない。

 そのいじめの的を羽織って、ネロは結界課の部屋を出た。

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