ユートピア・アラート

赤嶺ジュン

第一部 ユートピア・アラート

プロローグ 1





 甚だ遺憾なことに、西暦二三九九年四月一日木曜日は、御影みかげ奏多かなたにとって特別な日となった。


 より正確に言えば、特別だったのは前日の三月三十一日からだ。その日の夕方。御影奏多は習慣として、知り合いに預けているペットの犬を受け取りにサイドカーつきのバイクを走らせていた。


 だが、もしかしたらサイドカーが活躍することは、今日はないかもしれなかった。いや、そもそも知り合いの家にたどり着けるかどうかさえ、御影にはわからなかった。


 結論を言おう。御影奏多は包囲されていた。不良の皆様に。


 そいつらは文句なしに、どこからどう見ても、どのような色眼鏡を通してもヤンキーにしか見えなかった。明らかに改造されたバイクにまたがり、ほとんどの者がノーヘルで、耳にはピアス、頬にはタトゥー。グシャグシャに歪んだ鉄パイプ、またはバットを担ぎ、髪は人類のそれとは思えないような明るい色に染めていた。


 極めつけは少年の前方にいる明らかにリーダー格の奴だった。茶色い革のコートに、肩には剣山のような棘の飾りをつけ、両頬には十字架の刺青をし、端が尖ったサングラスをかけている。髪型はまさかのモヒカンヘッドで、おまけに真っ赤に染められていた。


「オラオラァ! 黙り込んでるんじゃねえヨウ!」


 そのモヒカンヘッドが大変近所迷惑な大声でそう叫ぶと、それ以外の連中もバットやらパイプやらをこれ見よがしに揺らして、次々に叫んできた。


「テメエ共通語理解できないの? それともびびって口もきけない?」


「さっさと金目の物出せっつってんだよ! それくらいわかるだろお?」


「嘗めた態度してんとブチのめすぞオラァ!」


 今御影奏多のいる場所は、その光の群れの中心からは少し離れた、薄暗い都市の間、人通りの少ない裏路地だった。比較的少ない照明がポツポツと真っ黒なアスファルトを白く染めている。


 御影は近くの建物の壁によりかかり、ポケットに手を突っ込んで佇んでいた。癖のない髪をわしゃわしゃとかき回し、大きく舌打ちする。背中を壁から放し、数歩前へと進む。電柱についたLEDの白い光が、彼の姿を照らしだした。


 平均的な背丈に、華奢とは言えないまでも、ひょろりとした線の細い少年だった。紺の擦りきれた、脚にぴったりとフィットするタイプのジーパンに、何やらアルファベットが斜めに入った白のシャツ。その上から、これまたジーパンと同じく、暗く濃い青をしたジャンパーを羽織っている。その中性的な顔は端正に整っており、ぱっと見ただけなら大人しそうな印象を受けた。黒の短髪は癖の無い猫っ毛で、現在も空気の流れに従いゆらゆらと揺れている。


 御影はゆっくりと首を回して周りの様子を確認すると、眠たそうに細められた目をさらに細めて、面倒くさそうに顔をしかめた。


「グダグダありきたりなこと言うな。つまんねえぞ」


 その言葉に、口調に、彼にガンを飛ばしていたヤンキー共は一斉に息を呑んだ。


「失望したぜテメエら。ヤンキーってそんなものなの? もっと、こうさ。意表を突いてくれないと。これじゃあ、全然面白くないじゃねえか」


「ハア? 何わけのわからないこと言ってんだヨウ!」


 御影が不良共のことを全く恐れておらず、『わけのわからないことを言っている』という今の状況が、とてつもなく奇妙だと察し、黙り込んだ部下達を尻目に、モヒカンヘッドが気炎を上げてくる。


「お前馬鹿なの、阿呆なの? 金目のもん出せって言ってんの。お前今カツアゲされてんの。言うこと聞かなきゃ、俺達お前をボコボコにすんの。理解したかヨウ!」


「ああ理解した。お前が本物の大馬鹿野郎だってことはよく理解したよ、チキンヘッド」


「テメエ! 俺のモヒカンを馬鹿にすんじゃねえ!」


「馬鹿にする要素しかねえよチキン。なになに、何ですかモヒカンって。古いんだよ」


 そのどこまでもふざけた言葉に、モヒカンは完全にブチキレてしまったようで、こめかみをピクピクと痙攣させて御影を睨み付けてきた。さすがに少しおちょくりすぎたかもしれない。


「調子にのるなよ。クソガキが」


 モヒカン男が右手をまっすぐに上げる。その途端、今まで御影の態度に少なからず動揺していたヤンキー集団が、合図に従い一斉に御影のことを睨み付けてきた。


「……へえ」


 御影は思わず感嘆の声を漏らし、ヒョウと口笛を吹いた。

 どうやらコイツは、この集団の中では、皆を纏める立派なリーダーのようだ。


「いいねいいね。凄いじゃねえか。只の馬鹿じゃなかったんだねえ、鶏君」


 御影はいい加減爆発寸前なモヒカンの前で、人差し指を左右に振ってみせた。


「だが、お前が救いようのない馬鹿だというのは否定できないね。俺の態度からして、いい加減俺が何者なのか、わかってもいいころだと思うんだが」


「ああ? どういうことだヨウ?」


「まだわからないのか? 本当に? じゃあ、馬鹿でもわかるようにしてやろうか」


 御影奏多は、一見表裏の全くなさそうな、完璧な笑顔を浮かべた。


「99.99%の平民が、0.01%に逆らうなっつってんだよ」


 この場を切り抜けるためだとはいえ、あんまりと言えばあんまりなことを言ってしまったことに御影自身が顔をしかめ、彼らが一瞬呆けた表情になった、次の瞬間。


 暗闇の中に、青白い光の粒の群れが出現した。


 それは雪のように御影の周囲に降り注ぎ、蛍のように彼の周りを漂う。御影の柔らかな髪がまるで生き物のように蠢き、ジャンパーの裾がゆらゆらと誘うように揺れた。


 しかしその変化も一瞬で、光は瞬く間に消える。後には何事も無かったかのように澄まし顔で立つ御影と、馬鹿っぽく、阿呆っぽく口を開けているヤンキー軍団が残された。


「……なんてことだヨウ」


 呆然とその場に突っ立つ頭に、ヤンキー部下たちが口々に叫んだ。


「やべえっすヘッド! コイツ、超能力者だ!」


「嘘だろ! コイツが一万人に一人の選ばれし者だなんて!」


「コイツ、雰囲気からして軍直属の第一高校の生徒だ! 人間兵器の卵だぞ!」


 先程までとは一転して、御影におののき喚く不良共に。


「んだよその反応は。定型通りすぎるじゃねえかよ」


 人類の一万分の一、神様とやらに特異な才能を与えられた存在、常識の範囲を超えた絶対なる力を操る超能力者の一人、御影奏多は、再び大きく舌打ちした。


「ざっくりとした解説をどうもありがとう。そしてそれが何を意味するのかわかるよね、馬鹿で阿呆なモヒカン君。金目のもんなんて俺から取れないの。カツアゲする相手間違えてるの。言うこと聞かなきゃボコボコにされるのは、お前らの方なの」


 自分の正体を、まあそれなりに劇的な明かし方をしたことで、完全にその場の主導権を握った御影奏多は、今や借りてきた猫よりもおとなしくなったヤンキーの皆様方に続けて言った。


「はい、わかったら、とっとと良い子のままお家に帰った帰った。変な気起こして殴りかかってきたりするなよ、お願いだから。現実問題、暴力沙汰は面倒だからさ。あと仮に現在進行形で何か悪いことしてても、俺に知られないようにしてな。知っちゃったら、立場上動かないと駄目だからさ。ほら、さっさと道をあけ……」


「アニキー! 凄い上玉見つけやした!」


 言葉の途中で、一台のバイクが爆音を上げて御影達の方へと突っ走って来た。何だ今度はと片眉を上げた御影と、明らかにしまったとでも言いたげな鶏頭の前に到着すると、運転主のヤンキー(リーダーと同じくモヒカン)が周りの空気を完全に無視して叫んだ。


「さっきそこで見つけたんすよ。ほら!」


 そう言って彼は、バケツのような形をしたサイドカーに手を突っ込み。


 ……中から、白い入院服のようなものを着た、意識不明の薄幸少女を引っ張り出した。


 次の瞬間、世界が沈黙に包まれた。


 暫く、誰も口を開かなかった。


 ある者は肩を落とし、ある者は夜空を見上げ、またある者は手の得物を手放し、首を振った。新たに登場したヤンキーだけが、状況が最悪で、しかもその原因が自分だと気づかずに、ポカンと口を開けていた。


 御影奏多は、大きく息を吸い、吐いて、薄笑いを浮かべると、すぐ隣に立つ鶏に言った。


「……これは?」


「等身大美少女リアルフィギュア……」


「三秒やるから、最期に叫ぶ言葉を考えろ」


 そして三秒後――。



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