第2話

 

「あの、俺がなにかしましたか?」


 目の前に佇む少女に話しかける。


「なに? ですから、私の後ろに立たないでと命令しているのです、この平民」


 なっ!?


 俺は少し嫌な気分になった。なぜ、会ってすぐの人にこんな言いがかりをつけられないといけないのだ。しかも、ここにいるということは同じ受験生だろ? まだ上下関係をつけるような間柄でもないだろうに。


「あ、あの、失礼ですが、お名前は?」


 俺はとりあえず、相手の素性を知るために質問した。


「はい? なぜ私があなたなんかのためにいちいち名乗らなければ?」


 ぐっ!?


 その少女は何ともないような平気顔でそういった。


「お、同じ受験生だろ? 別にいいじゃないか」


「まあ! 貴族に敬語で話しかけないだなんて! セバスチャン、この平民を摘み出しなさい!」


 少女は、彼女の横にやたらといい姿勢で立っている背の高い男性へとそう命令した。つ、摘まみ出す? 何の権限で!


「……お嬢様、私にそのような権限はございません。どうしてもと仰るのであれば、学院の理事に掛け合うしかないかと」


 当たり前だ! 理事に掛け合うとかいう部分以外は!


「むぅ……セバスチャン?」


 少女は少しふくれっ面になる。


「いけません、お嬢様。ここでことを荒げる訳には……他の貴族のご子息様方もいらっしゃいますので」


 俺は貴族じゃないんだが? 俺たちみたいな平民は眼中にないってか? それに今、もしかして力づくで排除しようとしたのか?


「どうしても?」


「どうしても、です。ご理解下さい」


「はあ……し、仕方ないですわ。今回はセバスチャンに免じて許してあげます。さっさと立ち去りなさい?」


「はあ? 立ち去る? 俺は、この学院に受験しに来たんだ。さっきから何なんだ一体! 何の権限があってそんな横暴なことを言うんだ!」


 いくら貴族だからって、そんなこと許されるはずがない。この学院は、身分に関係なく力のある若者を求めている。だからこそ、俺は今日まで必死に魔法の練習をしてきたんだ。それを、どうして見も知らぬ少女に一蹴されなきゃならない。明らかに間違っている!


「貴族は国のために働く存在なのですわよ? ですが、平民はそんな貴族の働きに寄生し貪るだけではありませんか? 何も生み出さないゴミなど、さっさと排除するべきなのです。特に、この格式高い王立魔導学院からは」


「格式? 格式ってなんだよ!」


「あなた、そんなこともわからないので? 平民が土足で踏み込んでいい領域でないという意味ですわよ?」


「なっ!」


 そんな、生まれで人を選ぶような学校じゃないはずだ。俺の爺ちゃんも、そんなこと一言も言ってなかった。この少女が勝手に言っているだけに違いない!


「お嬢様、殿方、その辺にしていただけますでしょうか? 周りの皆様方のご迷惑になりますので……」


 俺たちが言い合っているところに、先ほどセバスチャンと呼ばれていた長身の男性が割り込んできた。


「セバスチャン……ふん、まったくこれだから平民は」


「なにい!?」


「おやめください」


 セバスチャンとやらが、俺のほうを向き威圧してきた。


「ぐっ……」


 今の俺では、この人には到底かないそうもない。


「……わかりました。すみません、セバスチャンさん」


「いえ、こちらこそ、ご無礼を」


「セバスチャン、謝る必要なんてありませんわ」


「お嬢様、これ以上貴族の品位を下げるようなご発言はおやめください。旦那様のお耳に入れることになってしまいます」


「ひっ! それだけは……わ、わかりましたわ」


 旦那様? ……父親か誰かなのか? まさか、この歳で結婚しているわけじゃないだろう。見た目からも俺とそう変わらないはずだし。


「こほん……平民」


「俺の名前は平民じゃねえ、プラネトだ!」


 いい加減、その呼び名もイライラしてくる。


「……プラネト、今回は不問に致しますわ。これからは態度に気をつけることですわよ?」


 こ、この気に及んでまだそんなことを……!


「プラネト様、どうかここはひとつ」


 セバスチャンさんも、俺に頭を下げてきた。人が頭を下げさせてまで、ぐちゃぐちゃと言い合いたくはない。


「……いえ、こちらこそ熱くなりすぎました、ですので、頭を上げてください」


「ご配慮、感謝いたします」


 セバスチャンさんは再び直立不動の姿勢に戻った。


「はあ……どうして平民なんかが後ろに……」


 まだなにか言っているが、これ以上気にするとまた頭に血が上りそうなので、どうにか聞き流すことにした。雑音だと思えばいい、雑音、雑音……



 --ゴーン、ゴーン



「……鐘?」


 いつの間にか、結構な時間が過ぎていたようだ。おそらく、説明が始まるのだろう。あたりは一変して静寂に包まれた。



 --カッ、カッ



 前方から、足音が聞こえてくる。そして一人の女性が、客席の中でもさらに仕切りで区切られた、中央の客席の

演説台に立った。



「ではこれより、今年度の王立魔導学院入学試験を始めます!」

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