第6話 ほろ酔い攻防戦

 ミカゲさんは結構な酒好きだと思う。初対面の時もお酒を飲んでいたし、家には基本的にお酒が置いてある。1人で酒を飲むことも多いというが、私と知り合ってからというもの、(私が修羅場でなければ)たまに宅飲みのお誘いをくれる。私も飲める方ではあるし、何よりミカゲさんの奢りなのでホイホイついて行くのだが、いろんな意味で、酔ったミカゲさんは手に負えない。



 * * *



「忙しくなければ、ご一緒にいかがですか?」


 11時少し過ぎに、いつもより少しだけゆったりしたリズムでチャイムが鳴った。時間も時間だし、これはあれのお誘いだな、と見当つける。案の定玄関を開けると、コンビニで買ったらしい袋を提げてミカゲさんは言った。その袋からは、缶ビールが透けて見える。さっきコンビニで買ったにしては、ミカゲさんの吐く息がほんのりとアルコールを帯びている。


「ミカゲさん……どこかで飲んでました?」

「ご名答。職場の方と飲んでいて、先程解散したのですが、物足りなくて買ってきました」


 なるほど。ミカゲさん、酒好きでしかも強いもんなぁ。ちらりと机を見る。もうほぼ終わりかけだったし、息抜きしてもいいでしょう。とりあえずヘアバンドだけ取って、部屋の中に放り投げた。


「ご一緒します」


 言いながら、部屋の鍵をかけてミカゲさんの後を追う。ミカゲさんの背中はどこか上機嫌だった。

 ミカゲさんの家で飲むのはもう慣れているので、さっさと定位置につく。ミカゲさんはテーブルの上にさっきの袋を置くと、キッチンの方をガサガサと探り出した。お酒を飲むと口寂しくなるので、つまみは必須だ。ポテチだったりスルメイカだったりチョコだったり、時にはミカゲさんが作った浅漬けであったりと、つまみはその都度変わる。今日はなんだろう、と思っていると。


「しまった、スルメを切らしていました。あったと思っていたんですが」

「なんと」


 ミカゲさんはすごく残念そうに呟いた。かと言って今うちから持参できるようなものは何も無い(というか食品の類は今うちには無い)。


「もう1回コンビニ行きます?」

「うーん……、あっ」


 ミカゲさんは小さく唸ったあと、何かを思い出したらしく、パタパタと部屋に戻ってきた。隅に置いてあった鞄を探ると、見慣れたお菓子の箱を数箱取り出す。


「ポッキーですか?」

「はい。学生から頂いたのを、今思い出しました」


 種類の違うポッキー箱が5箱程。1人の学生に貰ったにしては数が多いから、おそらく数名から貰ったんだろう。ミカゲさん、こう見えて人気者なんだな。


「よくわかんないですけど、大学の先生って学生からそういうの貰っちゃっていいんですか?」

「くれると言うんだから、貰わない方が失礼ですよ」


 そういうもんなのか。師としてのモラルとは。疑問がよぎったけど、本人がよしとしているのだから私がつべこべ言うことでもない。考えないことにして、私は酒が入った袋に手を伸ばした。



 * * *



 ビールとポッキーってどうなの、って人によっては思うかもしれないけど、私もミカゲさんも口に入ればなんでもいい人なので、酒はどんどん進む。ミカゲさんが買ってきた缶ビールが無くなってしまったので、私たちは家にあった日本酒まで飲み始めた。


「あ、ミカゲさん。私、細いポッキー食べたいです。普通のよりそっちのが好きで」

「はい。いいですよ」


 ミカゲさん側にあった極細ポッキーを指さすと、ミカゲさんは箱を開けて袋の封を切った。そのまま渡してくれると思って手を伸ばしていたのだけれど。


「……あの、ミカゲさん?」

「ん?」

「早くください」

「はい。だから、あーん」


 ミカゲさんは袋から1本だけ取り出して、私に差し出した。そのポッキーは私の口元で揺れる。

 あーん、ですって!? ミカゲさんを見ると、空いてる方の手で頬杖をつきながら、普段から柔らかい笑みをさらに緩ませた、ふにゃふにゃとした表情で私を見ている。ミカゲさん、酔っている。これは確実に酔っている! 

 こうなると、ミカゲさんはタチが悪い。もしかしたら、本当は酔ったフリをしているだけで、私のことをからかってるのかもしれない。それならそれでタチが悪いけど! 


「自分で食べられますから!」

「僕が食べさせたいんです。ほら、あーんして」


 声がいつもより上擦っている。しかも、ちょっと甘えたような色も含んでいて。楽しそうに、嬉しそうに、私のことをじぃっと見つめて、私の唇をポッキーでつつく。

 これは食べるまでやめてくれないパターンだ。私は観念して、口元のポッキーを口に含んだ。いい歳して、これは恥ずかしい。一刻も早く終わらせるべく、猛スピードで食べ進めて、手元からポッキーを奪う。


「……ふふ、アヤちゃんは可愛いなぁ」


 不意に頭を撫でられて、顔に熱が集まった。ミカゲさん、シラフでもそういうことよく言うけれど、酔ってふにゃふにゃな時に言われるのはまたちょっと違う。だって、本当に愛おしそうに笑いながら言うんだもの。


「もう! もうやりませんからね!?」


 この隙に袋ごと奪って、誤魔化すように3本一気にボリボリと食べた。


「ん」


 すると、今度はミカゲさんがずい、と口を開けて顔を近づけてきた。ミカゲさんが言わんとしていることが分かって、私は固まる。


「……いやいやいや!」

「僕も食べたいです」

「自分で食べてください! もう1袋ありますし!」

「アヤちゃんのが食べたいです」


 本当に、このおじさんは……っ! 言い返そうにも、言葉が見つからない。普段、甘えさせてはくれても甘えてはこないミカゲさんが、酔った時だけほんの少し甘えてくる。それがちょっと可愛く見えてしまうのだ。


「……い、1本だけですからね」


 袋から1本取り出して、ミカゲさんに向ける。ミカゲさんは嬉しそうにそれをぱくりと口に含んだ。ゆっくり一口ずつ、食べ進める。こうやって上からのアングルでミカゲさんを見ることって中々ないから、少し新鮮だ。……なんか、大型犬か何かを餌付けしているような気持ちになる。髪の毛もふわふわだし、こういう犬いた気がする。

 なんて思ってたら、自然と手が出ていたらしい。空いている方の手でミカゲさんのふわふわの髪の毛を撫でていると、隠れていた耳に触れてしまった。中々触れない部位だったから、調子に乗って耳の輪郭を指でなぞる。すると、さっきまでゆっくりだったミカゲさんの動きが急に早くなった。


「えっ、ミカゲさ……」


 ミカゲさんの口はポッキーを食べ尽くし、その後あろう事か私の指を食み始めた。


「!? ちょ、ミカゲさん!」


 思わず引いた手は、ミカゲさんによってあっさりと捕えられる。すっかり咥えこまれてしまった親指は、ミカゲさんの舌に弄ばれている。


「……っ、」


 親指を離してくれたと思ったら、今度は手のひらに舌をすべらせ、手首に唇を落とした。ちらりと私を見上げたその表情は、さっきまでの楽しそうな表情とは打って変わって、少し切なげで、妖艶で。目が合うと、ミカゲさんはニッコリと笑った。


「今度はアヤちゃんが食べたくなっちゃいました」

「……それ、かなりオヤジ臭いですよ!」

「心外です」


 悪態をついても無駄らしい。ミカゲさんは軽々と私の体を抱えあげ、さっさとベッドに運んでしまう。

 いつもより少し自分勝手なミカゲさんは、啄むような軽いキスなんてすっとばして、直ぐに舌を絡ませてきた。さっきまでポッキーを食べていたミカゲさんの舌は、少し甘かった。

 アルコールが入っていると、行為そのものがいつもより。その分、隅から隅まで愛撫されて、何度も何度も達してしまって、記憶を保持するのもままならなくなる。この日も結局、そうだった。



 * * *



 翌朝、へとへとになってしまって、起きることが出来なかった。それなのに、対するミカゲさんはケロリとしていて、私のために朝食(というかむしろ昼食)を準備をしている。それがいつもと変わらず美味しいもんだから、私は何も言えないのである。

 これだから、いろんな意味で、酔ったミカゲさんは手に負えない。

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