第51話 最大の危機 1
俺達の前には、お馴染みのシレーとウワンの二人だけが残るっている。
頼みの綱だった四天王は何の役にもたたず、さぞかしこの状況に絶望しているだろうと俺は思った。
少なくともウワンはそれで間違いないだろう。暗く沈んだ表情を浮かべるその姿は、まるで死刑執行を待つ罪人のようだ。だが、シレーは違った。
「フ……フフ…………フハハハハ………ハーッハッハッハ!ブワッハッハ!ギャヒー!ゲホゲホッ!」
「な……なんだ?」
信じられない事に、奴は笑っていた。狂ったように笑い、笑いすぎで少しむせていた。
だがもちろん、可笑しくて笑っているのではない。やつの瞳に宿っている感情、それは怒りだ。
「バカバカしい、何が四天王だ!普段は権力を振りかざし我が儘勝手にパワハラのし放題。それがいざ役に立つかと思ったらどうだ。腹痛?親戚の不幸?自分探し?ふざけんじゃねーっ!こっちがお前ら接待するためにどれだけ苦労したと思ってるんだバカヤロー!」
「シレー様、落ち着いてください!そんなこと言って、もしバレたら大変な事になります」
「知るか!何であんなアホ共にいちいち気を使わなきゃならんのだ!あの〇〇で××が!」
ウワンの制止を振り切り、口にできないような罵詈雑言を並べ立てる。まあ、あんな退場をされたんだから、シレーが怒る気持も分かるな。
だが次にシレーは、茉理をビシッと指差して言った。
「それもこれも、元を辿れば全てお前のせいだ、アマゾネス!」
「えっ、私!?」
「そうだ!せっかく人が汗水たらして地球侵略しようと頑張っているのに、いつもいつも邪魔しやがって!」
「いや、そんなこと言ったって、悪いやつが攻めてきたなら守らないと……」
「うるさーい!そんな正論聞きたくはなーい!」
無茶苦茶言ってる。だがこれは驚くべき事態だ。言い合いとはいえ、あの茉理がシレーなんぞに圧倒されている。人間は何かが壊れるとここまで強くなれると言うのか。
「……って言っても、物理的な強さが変わったわけじゃないから、どのみち茉理ちゃんには勝てないニャ」
「だろうな」
いくら気圧されていると言っても、それはあくまで口論の話。直接対決になったらまず茉理が負けることはない。
それが分かっているのか、そばにいるウワンは青ざめたままだ。
「シレー様、そんなことを言っては殺されてしまいます。ここはひとつ、土下座でもして許しを乞うた方が利口かと……」
だが今のシレーは一味違った。心配するウワンに、そして俺達に向かって高らかに言い放つ。
「案ずる事はない。今、たった今思いついたのだよ。アマゾネスを何とかする方法をな!」
「まことでございますかシレー様!ショックで頭がパーになって、できもしない事を口走っているのではありませんか?」
酷い言われようだが、茉理を葬り去る何て正直どうすればいいのか検討もつかない。だがシレーの態度を見るに、ただのハッタリとは思えなかった。
いったい何をするのだろう。俺達が見守る中、シレーは言った。
「ウワンよ、宇宙船に戻るぞ!」
「は?逃げるのですか?」
「違う!戦術的撤退だ!」
同じことじゃないかと思うが、撤退するのにはウワンも大賛成だったようだ。すぐに二人の体は光に包まれ、宇宙船の中へと帰っていった。
「あっ、宇宙船が動くよ」
茉理が言ったように、宇宙船はゆっくりとその高度を上げていく。上がる、上がる、まだ上がる。上昇するスピードも次第に速くなり、大きかったその姿が次第に小さくなっていく。そしてとうとう、見えなくなってしまった。
「……行っちゃったね」
「……行っちゃったニャ」
念のため空を探してみるが、宇宙船はもうどこにもない。ずっと上を見上げていたため、いい加減首も疲れてきた。
「……帰るか?茉理を何とかするって言うのも、どうせハッタリだったんだろう」
「そうだね」
意見もまとまり、帰り支度を始める俺達。だがその時、辺りに声が響いた。
『こら待て、帰るな!これからが大事なんだぞ』
同時に、夜空に立体映像が映し出される。
現れたのはやはりシレーとウワン。どうやら宇宙船の甲板に立っているようだが、辺りに街の灯りは一切見えない。
『我々が今いるのは地球の遥か上空にある成層圏だ。ここまでくればさすがの貴様も攻撃できまい』
なるほど、確かに茉理の攻撃方法は殴る蹴る、それに今日新たに加わった金棒の一撃だ。これだけ離れられたら届きようがない。
でもそれって……
「結局逃げただけだニャ」
だよな。俺もそう思う。
『違う!これは戦術的撤退だ!それに、これを見ろ!』
シレーが激昂しながら指差した先にあったのは一隻の宇宙船にだった。宇宙船と言っても奴らが今乗っている大型のものとは違ってとても小さく、甲板の上に置かれている。
だがその外観は無駄に豪華と言うか、あらゆる所に金箔が貼られていてとっても悪趣味だ。
『これは四天王のバカ共が乗ってきた小型宇宙船だ。あいつら、我々下級幹部相手に好き放題やっているばかりか、こんな豪華なものまで所有してやがる。ああー憎たらしい。だがな、これにはもう一つ、隠された機能があるのだ。これを見よ!』
シレーの掛け声と共に、四天王の宇宙船に異変が起きた。
ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン。
『見よ。これぞ男のロマン、変形だ!』
「おお!」
要はアニメや特撮なんかでロボットが飛行機になったり戦車になったりするアレだ。
ロマンと言うだけあって、確かにほとんどの少年が一度はこんなのに興味を持つ。俺が昔持っていたオモチャにもそんなのがあった。
そんなことを思っている間にも宇宙船は複雑にその形を変えていき、やがて一門の巨大な大砲の姿になった。
その瞬間、シレーは勝ち誇ったように叫ぶ。
『これぞ、封印された究極の兵器。シンリャークスーパービーム砲だ!』
「ダサっ!」
せっかく決めたところ悪いが、もう少しマシなネーミングはなかったのだろうか?
だがシレーはそんなことはお構い無しに解説を始めた。
『これはかつて四天王が、『侵略するのに一々その星に降り立つのダリーよな。なんか宇宙船に乗ったまま手っ取り早く侵略できる武器作れよ』などとワガママをいい技術開発部に無理やり作らせたものなのだ。これさえあれば宇宙から地上を攻撃できる恐ろしい兵器だ』
「兵器としての性能はともかく、しょうもない誕生秘話だな」
四天王、よっぽど好き勝手していたんだな。俺には全く関係ないことだが、シンリャークの組織図に疑問を感じずにはいられない。
だがそんな俺の横で、バニラは全く別のことに首をかしげていた。
「でもそんな凄い兵器なら、何で今まで使わなかったんだニャ?」
言われてみれば確かにそうだ。四天王はプライドだけは無駄に高かった。それなのに奴は誰一人としてこれを使うことなく帰っていった。
だがそんな疑問にシレーが答えた。
『これにはその威力と引き換えに重大な欠点があるのだよ。作ったはいいが、四天王は皆その欠点を恐れ、こいつが使われることは唯の一度もなかった。そしていつの間にか、やつらは存在自体をきれいさっぱり忘れていた』
「そこは忘れてやるなよ。作ったやつら可哀想だろ。それで、その重大な欠点って何なんだ?」
今まで聞いた限りではなかなかに凄そうな武器だが、その欠点次第で脅威になるかが決まる。
それに対するシレーの答えはこれだ。
『シンリャークスーパービーム砲の重大な欠点、それは……電気代だ!』
「は?」
あまりに予想外の答え。ではあるのだが、どうせしょうもない理由だろうとは薄々思っていた。だがよくよく聞いてみると、これが結構シビアな問題だったのだ。
『ビームのエネルギーを得るためにバカみたいに電気代がかかる。しかもこれは四天王が私用で作らせたもののため、その代金は全て使用者の自己負担となる。最大出力で打った場合、街一つと私の十年分の給料が吹っ飛ぶぞ!』
「なんだって!」
シンリャークの給料がどれくらいかは知らない。だがたった一発で十年分ともなると、確かにおいそれと使うわけにはいかないだろう。
『四天王さえも恐れ、忘れられたこの力。だが私は今それを使う。全てはアマゾネス、貴様への恨みを張らすために!』
叫びながら勝ち誇った顔をするシレー。だがその時、それまで黙っていたウワンがおずおずと口を開いた。
『あの、シレー様。しかし果たして、シンリャークスーパービーム砲を持ってしてもアマゾネスを倒せるでしょうか?なんだかアイツには何をやっても無駄なような気がするのですが』
うん。俺もそう思っていた。例えどんな強力な兵器が相手でも、茉理がやられるところが想像つかない。
「茉理ちゃん、耐えられる自信はあるかニャ?」
「ん?大丈夫じゃないかな?」
バニラが尋ねるが、それは愚問だったようだ。茉理は準備運動として軽いストレッチをした後、バッチコーイと言わんばかりに両手を広げて構える。受け止める気満々だよ。
だがそんな余裕な態度を目にしながら、シレーは言った。
『バカめ。さっき私が言った言葉を忘れたか。確かに貴様はビームを受けても無事かもしれん。だがその時、その余波を受けて街はどうなっていると思う?』
「街?」
一瞬、シレーが何をいっているのかわからず首をかしげる。だが次の瞬間、俺はその意味に気づいて声をあげた。
「そうだ、茉理が無事でも、街は助からない!」
「ニャッ?」
「えっ……?」
バニラの、そして茉理さえもが戦慄するのがわかる。
シレーは言っていた。あの何とかビームには街一つを吹っ飛ばす力があると。
それなら例え茉理が無事だったとしても、その余波で周囲に甚大な被害が出てしまう。
『ようやく気づいたようだな。これなら貴様を倒せなかったとしても、その心に深い傷を負わせることができる』
「――――っ!」
この時俺は、シンリャークとの戦いの中、初めて茉理が焦るのを見た。シレーの事だからどうせまたアホな作戦だろうと思っていたが、今回のは本気でヤバい。
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