第38話 危機 2

 俺と魔獣の戦闘力を考えると、魔獣一体と戦う時は苦戦しても負ける事は無いだろう。二体三体が相手だと、相当うまく立ち回らないとやられてしまう。そしてそれが十体ともなれば、必死になって耐えしのぐので精一杯だった。


「……くそっ!」


 魔獣の攻撃をかわしながら、なんとか魔法を使う隙を探す。だがその前に今度は他の魔獣が仕掛けてくる。例え何とか魔法を放ったとしても、一度や二度の攻撃では決定打にはほど遠かった。それどころか一部の魔獣は周りの建物を破壊し始め、既に相当な被害が出ている。そしてそれは、セイヤコンサートが開かれるはずだったホールにも及んでいた。


 シンリャークの宇宙船が現れた時点で避難は始まっていたらしく、建物の中に人影は見えない。だがこうなっては当然コンサートは中止だろう。そんなものとっくに分かりきっていた事なのに、どうしようもない悔しさが込み上げてきた。

 自分の無力さに歯がゆくなる俺に、四天王の声が飛ぶ。


「どうしたアマゾネスよ、そんなものか?これでは我らの出番は無さそうだな」


 既に奴らは勝利を確信しているのだろう。三人ともジュースを飲み、ポップコーンをつまみながらこの様子を観戦している。さらには面白半分としか思えないヤジまで飛んできた。


「いけーっ。アマゾネスなんかやっつけろーっ!」

「ほらほら、早く倒さないとどんどん被害が広がるぞ」

「カッ飛ばせー、マ・ジュ・ウ!」


 好き勝手言ってくる奴らに腹が立つが、悲しい事に戦力差はちっとも埋まらない。


「浩平くん、大丈夫かニャ?」

「これくらい何でもねえよ」


 心配するバニラにそう答えるが、もちろんそんなのは強がりだ。無人になったホールを右に左に走り回りながら戦うが、未だ魔獣の数は一体だって減ってはいない。むしろ俺の方がやられる寸前だ。


「ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」


 壁際に追い詰められ、やっと思いで魔法を放つ。魔獣が怯んだ隙に逃げるように駆け出すが、その時俺の目にあるものが映った。


「人が倒れてるニャ!」


 バニラも気づいたそれは、恐らく逃げ遅れたであろう誰男の姿だった。避難する途中でどこか打ったのか、床に横たわったまま動かない。


「大丈夫ですか!」


 駆け寄って声を張り上げるが反応は無い。まさか死んでいるのかと思ったが、どうやら気絶しているだけのようで、口元に手を当てると微かに呼吸をしているのが分かる。

 だがホッとするにはまだ早い。何しろここは今、俺と魔獣が戦いを繰り広げている戦場なのだ。このままこんな所に寝かせていては、無事でいられるとは到底思えない。


「バニラ、お前この人を運んで行けるか?」

「無理だニャ。猫が人間一人を運ぶなんてできないニャ」


 やはりそうか。そうだとは思っていたが、そうなると俺はこの人を守って戦うしかなくなる。ただでさえ不利なこの状況で、そうなってしまってはいよいよ勝ち目は無くなってしまう。だからと言って、もちろん見捨てるなんて事はできない。


「くそっ!」


 結局、俺はその人を担ぎながら戦う事を選んだ。当然その分動きは鈍くなり、もはや逃げるだけで反撃の一つもできやしなかった。


「ねえ浩平くん、この人ってもしかして……」

「どうかしたか?」


 逃げ回る俺に向かって、突如バニラが何かに気づいたように言う。だがそれが何なのか聞くよりも先に、近くにいた魔獣が俺達に向かってその太い腕を振るってきた。


(避けられない)


 そう確信した俺は、せめて少しでもダメージを減らそうと身を小さくし防御の体勢に入る。だが次に来るはずの衝撃を感じるより先に、フワリと体が宙に浮くような感覚を覚えた。


(……?)


 不思議に思い顔を上げると、さっきまでとは周りの景色が少し違っているのに気づく。

 どうやらここはホールの外れのようだが、そうなると俺は一瞬にしてさっきの場所からここまで移動した事になる。まるで瞬間移動だ。もちろん俺はそんな魔法は使っていない。

 だが俺はそんなことができるやつを自分以外に一人知っている。隣を見ると、そこにはやはりと言うべきか思った通りの顔があった。


「茉理ちゃんニャ」


 バニラが言う。どうやらこいつも、それと倒れていた男も一緒にここまで連れてこられたようだ。要は茉理が俺達二人と一匹を抱えあげて移動しただけ。ただそれがあまりにも速すぎて瞬間移動の如く感じただけだ。

 茉理はそっと、座り込んでいる俺に手を差し伸た。


 そうして、俺を見たまま言う。


「あなたが今の魔法少女だよね。私も少し前まで魔法少女やってたんだけど、バニラや浩平から聞いてない?」


 それを聞いて、茉理が俺を浩平だと分かっていない事に気づく。こんな格好をしてヴェールで顔まで隠しているから無理もない。

 だが俺としては好都合だ。魔獣と戦うたびに女装しているなんて絶対に知られたくない。


「あ……あなたが茉理ちゃんね、もちろん聞いてるわよ。会えて嬉しいわ」


 何とかバレないよう裏声を駆使して話す。だがそんな俺の様子を見た茉理は、無情にもこう言い放った。


「……浩平?」


 バレた!あっさりバレた!

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