第29話 誕生、魔法少女? 4

 おそらく俺のふがいなさを見て、『これはいける』とでも思ったのだろう。シレー達が高笑いをしている。


「フハハハハ、防戦一方ではないか。アマゾネスの弟子と言えど所詮はこの程度か。いけ、魔獣!アマゾネス2号なんかやっつけろーっ!」

「地球侵略に来て早数ヶ月。いよいよ初勝利の日が来たのかもしれませんな」

「思い起こせば長く苦しい日々だった。ウワンよ、今夜は一杯付き合え。うまい酒が飲めそうだ」

「かしこまりました」


 こんな話までするあたり、既に勝った気でいるようだ。もっとも、そんな幸せな気分も長くは続かなかったが。


「あっ、しかしシレー様、もしこの弟子をやっつけたら再び師匠がやって来るのではないですか?もしかすると、弟子の敵だとぶちキレているかも……」


 ウワンの言葉に、今まで笑みを浮かべていたシレーの顔が引き吊った。


「ウワンよ、今夜付き合う一杯は胃薬になりそうだ」

「かしこまりました。よく効くやつを用意します」


 揃って肩を落とすのを見ながら、地球侵略なんてやめちまえと思わずにはいられなかった。

 だが今の会話を聞いて思う。俺がここでやられたとしても、そしたら今度こそ茉理がやって来て魔獣を瞬殺するだろう。だからどの道地球は守られる。だけどそれじゃダメだ。


 茉理が二度と魔法少女にならずにすむように。そう思って俺は戦う決意をした。なのに未だ逃げてばかりでまともな攻撃の一つもできない。そんな現状を思うと、胸の奥から不甲斐ない自分に対する怒りが込み上げてくる。


(しっかりしろよ。茉理のために戦うって決めたんだろ。普通の可愛い女の子でいさせてやるって誓ったんだろ)


 この動作ももう何度目になるだろう。またも俺は魔獣に向かってステッキを構える。だが今まで一度だって魔法発動には至っていない。

 けれど、今度こそ違う。迷いや躊躇いや羞恥心を全て振り切り、俺は叫ぶ。


「ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」


 呪文の詠唱を終えると同時に、ステッキの先から光の矢が飛び出した。


「………ぷっ」


 ついでに、呪文を聞いたシレーが吹き出した。ええい、笑いたければ笑え。

 放たれた矢は迫って来ていた魔獣へと命中する。その途端、魔獣の巨体がふっ飛んだ。


「やったニャ。浩平くんもやればできるニャ」


 隣でバニラが称賛の声をあげる。俺はと言うと、宙を舞う魔獣を見て、これを自分の引き起こしたと言う事実が信じられなかった。


「これを……俺がやったのか?」


 だってあんな巨体な魔獣をふっ飛ばしたんだそ。茉理じゃあるまいし、普通の人間では到底できるもんじゃない。そりゃ魔法がそう言うものだとは理解していたが、話に聞くのと実際に使うのとではわけが違う。


「くそっ、生意気にも反撃してきたぞ。あいつならいけると思ったが、そう簡単にはいかないか。アマゾネスの弟子だけはあるな」


 悔しそうに言うシレーを見て、ようやく遅れて実感が沸いてくる。それと共に、なんとも言えない高揚感が溢れ出てきた。

 俺だって戦える。茉理のように楽勝とはいかないけれど、それでも敵を倒す為の力を手に入れた。

 この力を使って守るんだ。地球じゃなくて、茉理が普通の可愛い女の子でいられる世界を。


 気がつけば、いつの間にか倒れたはずの魔獣が起き上がり、再び俺に仕掛けてくるのが見えた。だへど魔獣の尋常じゃない頑丈さは知っている。当然、更なる攻撃の用意は既にできていた。


「燃え燃えニャンニャン熱っついニャーン!」

「グォォォォォッ!」


 今度は炎が魔獣を包み、苦しそうな咆哮をあげる。だがそれでも尚、魔獣は戦意を失っていなかった。


「浩平くん、逃げるニャ!」


 バニラが叫んだかと思うと、魔獣はなんと火だるまのままこっちに突進してきた。


「―――――っ!」


 慌てて飛び退いたことでまたも魔獣の攻撃は虚しく空を切る。だが今のはヤバかった。もしバニラが声をかけてくれなかったら、まともにくらっていただろう。

 そうなったらどうなるか。一応魔法少女の衣装で防御力も強化されているらしいが、それでも相当なダメージを受けることは容易に想像がついた。


「茉理のやつ、よくこんなのを瞬殺できたよな」


 魔獣の恐ろしさを体感した分、茉理の強さがいかにデタラメかが分かる。

 だがそんな茉理はもう戦わない。いや、戦わせない。


「そのためにも、俺がここできっちりこいつを倒しておかないとな」


 未だ倒れる気配の無い魔獣に、またも俺はステッキを向けた。





 それからは一進一退の攻防だった。

 魔獣の攻撃はただの一度も命中することは無かったが、それだけ俺が必死になって避けた結果だ。一撃だって喰らったら、その瞬間一気に畳み掛けられる危険があった。

 だから俺は、まず攻撃をかわすのを何より優先させた。それから僅かな隙を見つけては、その度に魔法を叩き込む。


「ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」

「燃え燃えニャンニャン熱っついニャーン!」


 一度全力でやったからか、はたまたハイになっているのか、この呪文を言うのももはや吹っ切れた。叫ぶ度にシレーの野郎がクスクスと笑うのが気になるが、こっちも命がかかってるんだ。今さら恥ずかしいなんて言ってられない。

 魔法の矢や炎が何度も魔獣を攻め立て、だが向こうも驚異的な耐久力で持ちこたえている。

 ちなみに、いくら魔法で攻撃を加えても魔獣の体に目だった外傷はない。これは魔法がそういう効果をもたらしているからだ。


「ボクらの魔法によるダメージは全部体内に蓄積されるようになってるニャ。いくら痛くて苦しくても決してグロくはならない親切仕様なんだニャ」


 茉理のバイオレンスな戦い方に不満を持っていただけあってその辺はきっちり配慮されている。

 しかし、痛みや苦みが端から見ても分からないっていうのは、ある意味酷くないか?

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