第22話 次なる魔法少女 1

 茉理が魔法少女を止めてから数日が過ぎた。その間シンリャークの襲撃は一切なく、世間は平和そのものだ。

 だが俺の日常には大きな変化がある。『茉理、可愛い女の子化計画』だ。

 その目的がセイヤのためと言うのは思うところがあるが、相手はアイドル、本気で嫉妬することは無い。それよりも茉理が自ら可愛くなりたいと言ってくれた喜びの方が大きい。


 『茉理、可愛い女の子化計画』実現のためにやっている事は大きく分けて二つ。そのうちの一つが茉理の意識改革だ。何しろ今までオシャレや身だしなみに本当に無頓着だった奴だ。それ故、服のチョイスや眉の手入れ、化粧のやり方など覚えておきたいことは山ほどある。


 そしてもう一つが茉理に似合う服のデザイン、作成だ。これはある意味俺の長年の夢が叶ったとも言えるので、毎日大張り切りでどんなのがいいかを考えている。

 だが俺ばかりがアイデアを練っても仕方ない。着る本人である茉理の意見こそが最も重要だ。

 そう思ってどんなのがいいか聞いてみたのだが……


「これが、お前の言う可愛い服なのか?」


 手にした紙を眺めながら、俺は引き吊った顔で尋ねる。そこには簡単ながら茉理がデザインした服が描かれていた。


「そうだよ。セイヤ様のコンサートに行く時どんな格好が良いかを考えながらデザインしたんだ」


 得意気に言う茉理。どうやら本人的にはかなり自信があるらしい。

 だが俺は頭を抱えた。


「勘違いか?この前見せられたコンサートDVDで、セイヤがそっくりなを着ていた気がするんだ」


 そう。描かれていたイラストは、まんまセイヤのステージ衣装だった。普通女の子が普段着として使うものでも、セイヤのコンサートに着ていくものでもない。

 だが茉理は自信たっぷりに胸を張った。


「浩平、彼シャツって知ってる?女の子が彼氏の服を借りて着るってやつで、ちょっとダボッとした感じが男の子にはたまらないんだよ」


 ドヤ顔で語っているところ悪いが、俺の答えはこれだ。


「却下」

「えーっ、なんで?彼シャツは全ヤローどもの夢だって、この前読んだ少女マンガに書いてあったんだよ?」

「それは家の中とかのプライベートな空間で、もっと普通の服でやるもので、そもそもセイヤとお前は彼氏彼女の関係じゃない」

「そ…そんな……これでコンサートに行ったらセイヤ様に気づいてもらえると思ったのに」


 膝を着き崩れるくところを見るに、本気でこれで行けると思っていたのだろう。まあ、確かにセイヤからも気づいてもらえるかもしれない。良い意味でとは限らないが。


「むぅ……オシャレって奥が深い」

「それ以前の問題だと思うがな」


 今回に限らず、茉理の選ぶ服や考えたデザインは奇抜すぎるものが多い。

 俺と茉理のセンスが違うだけかもしれないと思い、できるだけ冷静かつ客観的に評価しようと心がけているが、多分俺で無くても同じ事を言うだろう。『茉理、可愛い女の子化計画』の最大の課題は、茉理のこの常軌を逸したセンスにあると言っても過言ではない。

 だがその一方で着々と身を結んでいるものもある。


「メイクは結構慣れてきたみたいだな」

「うん。毎日練習してるからね」


 今の茉理の顔は、うっすらとではあるが化粧が施されている。最初のうちは無駄に濃すぎたりすることもあったが、さっきの言葉通り日々練習を繰り返したお陰で今ではだいぶ上達していた。

 先はまだまだ長いが、着実に前に進んでいる。実際、この計画を進めてしばらくしてから、茉理に対する周りの評価は変わりつつあった。













 それは俺がいつものように仲の良いメンバーと昼食をとっていた時のことだった。ふと、一人が会話の途中で茉理の名前を出してきた。


「なあ、最近森野が可愛くなったと思わねえ?」


 その言葉を聞いて小躍りしそうになる。少し前に茉理の事なんて全く女の子として見ていような発言をした奴とは思えない。


「そう思うか?」


 平静を装いながら聞いてみると、他の者も口々に言い始めた。


「ああ。前は残念なやつ以外何者でもなかったけど、今はなんか違う」

「俺もそう思う。具体的な違いを言うと、眉毛が細くなってる」

「寝癖で来なくなった」

「男子トイレには……たまに入ってくるけどな」


 生理現象には目をつむってくれ。しかしこうして好意的な意見を聞くと、色々やってきた事が実を結んできたんだと実感して嬉しい。


「今の森野なら、付き合えって言われたら付き合えるな」


 ん?今なんて言った?


「ああ。前なら即断っただろうけど、今なら有りだ」


 さっきまでのいい気分が一転する。

 お前ら、なに上から目線で語っている。しかも茉理とつきあうだと。そんなことをしてみろ………………コロスゾ。













「……浩平……浩平」


 茉理の呼ぶ声を聞き、ハッと我に帰る。

 いけない。先日あった学校での会話を思い出しているうちに、つい周りが見えなくなっていた。


「どうしたの、何だか人を殺しそうな顔してたよ」

「何でもない。ちょっと人を殺したくなっただけだから」

「ホントにどうしたの!?」


 そんな会話をしていると、部屋の扉が開いて散歩に行っていたバニラが顔を出した。


「あっ。茉理ちゃん、いらっしゃいだニャ。可愛くなる計画は進んでいるかニャ?」

「まだ色々勉強中」

「そうかニャ。それなら服を選ぶ時は、くれぐれも浩平くんの意見やファッション雑誌の写真を参考にするんだニャ。茉理ちゃんのセンスで選んだら大変な事になるニャ」

「もう、分かってるよ」


 ここに至るまでの茉理の色々とアレな所を見てきたバニラから的確なアドバイスが飛ぶ。茉理は不満そうに頬を膨らませているが、さっきの彼シャツへのダメ出しを思うと言い返せないようだ。

 しかし、こうして気軽に話す二人を見るとホッとする。茉理が魔法少女を止めたことで互いに変な遠慮が生まれるんじゃないかと少しだけ心配したこともあったが、全て俺の杞憂に終わっていた。

 茉理が魔法少女を止めても、二人は仲よくやっている。



 こんな平和な時を過ごしながら、だけど俺もバニラも大事な事を忘れていた。

 茉理の次の魔法少女を見つけなきゃいけないということを。

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