第15話 茉理の異変 3
「さっきのはなんだったんだ」
家に戻った俺は、開口一番に訪ねた。戦いだけじゃない。急にオシャレに興味をもったり、真剣な顔で話があると言ったり、今日の茉理はおかしなところばかりだ。
すると茉理はそれに答える前に、反対に俺達に聞いてきた。
「さっきの私を見て、どう思った?」
「どうって…」
茉理が聞いているのは、もちろんさっきの魔獣戦のことだろう。だがあれをどうかと聞かれても、正直返答に困る。
だが茉理は、俺が黙っているのを見てさらに聞いてくる。
「か弱いとか、守ってあげたいって思わなかった?」
改めてさっきの戦いを思い出す。茉理は最初きゃーきゃー言いながら逃げ回ってはいたが、どう見ても大根芝居で、何より最後はいつも通りの撲殺だ。
あまり答えたくはないが仕方ない。本人が聞いてきたんだ。あれを見てどう思ったかと言うと……
「色々あったけど、結局アマゾネスからは脱却できてないな」
「……そう」
期待していた答えと違ったのか、あからさまに表情が沈む。そんな顔しないでくれ、俺だって悪気があって言ったわけじゃない。これでも多少オブラートに包んだつもりなんだ。
「むしろ前半の不気味な行動のせいでいつもより怖かったニャ」
全くオブラートに包むことなくバニラが言う。お前、少しは気を使えよ。
かわいそうに、茉理はガックリと肩を落とし小刻みに震えている。よほどショックだったのだろう。
「あの……茉理。いったい何があったんだ?ちゃんと話してくれないか?」
何とか茉理に元気になってもらいたい。だが未だ事態が呑み込めていないのだから、慰めようにも何と言っていいのかわからない。
だが茉理しばらくするとは震えを止め、下げていた頭をバッと勢いよく起こした。
そして叫ぶ。
「浩平、バニラ。私、魔法少女やめる!」
「えっ?」
「ニャッ!」
突然の言葉に驚く俺達。まさかこんな事を言われるとは思わなかった。あまりに予想外な内容に理解が追い付かない。
一つ確かなのは、冗談で言っているのではないという事だった。覗き込んだその目には、はっきりとした決意がこもっていた。
けれど、だからと言って納得できるかというと、それは別問題。まずはバニラが大慌てで言った。
「いきなりニャにを言い出すニャ?茉理ちゃんが魔法少女をやめたら、誰がシンリャークから地球を守るニャ!」
その言い分はもっともだ。現時点で魔獣と戦うことができるのは、おそらく世界中で茉理しかいない。その茉理が戦わなくなったのなら、それは地球の危機を意味している。
だが茉理は茉理で、決して譲ろうとしない。
「それは分かってるよ。でもダメなの。私、もうとても続けられないの」
まさに感情のままと言った風に叫ぶ茉理。こいつこんなになるのは珍しい。それほどまでに止めたいとと言う意志が強いのだろう。だがこのままじゃ埒が明かない。
「どうして止めたいのか、ちゃんと話してくれないか。言いたいことがあるなら、全部聞くから」
俺はできるだけ刺激しないよう、穏やかな口調で話す。まずはしっかりと話を聞きたい。全ての事情を聞いて、俺が意見を言うのはそれからでもいいだろう。
それを聞いて少しは冷静になれたのか、闇雲に止めたいと繰り返していた茉理の声が途切れる。そして今度は、ポツリポツリと語り出した。
「だって、戦う女の子なんて可愛くないでしょ」
「えっ?」
可愛くない。まさかそれが原因なのか?
そんな事でと思わなくもないが、まずはちゃんと質問に答えよう。魔獣と戦う茉理の姿を思い出しながら、可愛いか可愛くないか審判を下す。
「いや、茉理なら何してたって可愛い。可愛くないなんて言う奴がいたら、そいつの目が腐っているんだ」
「色ボケの浩平くんは黙っているニャ」
色ボケとはなんだ、俺は真実を言ってるだけだ。だが茉理は力なく首を降る。
「ありがとう。でも戦うのとお淑やかにしているのを比べたら、可愛いのはどうやってもお淑やかな方だよね。男の子のイメージだと特に」
「それは、人それぞれだと思うが……」
言葉につまる。俺は別に、女の子はお淑やかな方がいいなんて偏見は持っていないつもりだ。強気や活発な女の子だってそれぞれの良さがあり、どれも違った可愛さがあると思う。
だが世間一般のイメージからすると、確かに茉理の言うことの方が多数派なのかもしれない。
「魔獣を素手で撲殺するような子、守ってあげたいっては思わないよね」
「まあ、難しいかもしれないな」
そんな強い奴をどうやって守ればいいのか検討もつかない。い……いや、俺は今日茉理がピンチの時には助けなきゃって思ったぞ。
「テディベア魔獣の顔の皮を力ずくで剥いだりしたら、引かれるよね」
「…………」
否定はできない。と言うか、あれには俺もしっかり引いていた。
「それじゃだめなの。もっと可愛く、もっと素敵な女の子になりたいの」
……なるほど、可愛い女の子を目指すには、確かに魔法少女としての活動はマイナスかもしれない。
「けど、今ではなんの躊躇いもなくやってたよな。そもそも何でそんな急に可愛くなりたいなんて思ったんだ?」
言っちゃ悪いが、俺はこれまで茉理に美意識なんてものを欠片も感じたことがない。何がこいつをこんなに変えたのだろう。
「それは……」
言いにくいことなのか、茉理はしばし沈黙する。そして何を思ったのか、突然両手隠すように顔を覆った。
呆気にとられている俺達に、茉理は言う。
「……二人とも、笑わないで聞いてくれる?」
聞こえきた声はか細く、なんだかとても恥ずかしそう。指の隙間から見えた顔は、真っ赤だった。
その時俺は、なんだかとても嫌な予感がした。これ以上聞いてはいけない。聞けば心が壊れてしまう。なぜか分からないが、そんな警鐘がひっきりなしに鳴っている。
これは、聞くべきでは無いのだろうか?
「笑わないニャ。だからさっさと話すニャ」
俺の悪い予感など知りもしないバニラが急かすように言う。待て、もう少しだけ考えさせてくれ。
だがバニラの返答を受け、茉理の心は決まったようだ。顔に押し当てていた手を離すと、その下からはやはりと言うべきか、頬を赤らめ恥ずかしそうな表情が現れる。
普段なら、照れ顔の茉理も可愛いなどと思うところだが、今の俺にそんな余裕はない。
「言いにくいことなら、無理に言わなくてもいいんだぞ」
押し寄せる不安に押し潰されそうになりながら、何とか話を先送りさせようとする。だがそれも無駄に終わった。
「ううん。これはちゃんと話さなきゃいけないことだから。私……私ね」
最後に少しだけ間を置いて、それから再びゆっくりと口を開く。
そして告げた。
「私、好きな人ができたの」
茉理はいったい何を言っているのだろう。たった今聞いた台詞が頭の中で何度も響く。だが俺には意味が分からない。いや、分かりたくない?
私、好きな人ができたの――――――――――‼
好きな人ができたの。―――――――――!
スキナヒトガデキタノ………
戸惑いと混乱が渦巻く中、いつの間にか俺の意識はだんだんと薄れていった。
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