第5話 ウサギのたくらみ。
突然のウサギの登場に、
驚いたハルナの瞳からは
すっかり涙が止まってしまっていた。
「あの…あなたは…?」
そう尋ねながら、ハルナはそのウサギの体を足元から頭の先までゆっくりと見上げていった。
ウサギ特有のふわっふわの茶色の毛に全身を包まれながら、彼の有する翼は反して無機質で、やたらつるつるとしていて、まるでコウモリのような素材で出来ていた。
その翼を見るだけで、そのウサギが普通のウサギではないということは容易に判断ができる。
だが、そのウサギの頭上でフヨフヨと揺らめく二本の細長い触角と、その間に等間隔で刺さっている三本のダーツの矢のようなモノが、彼がただのウサギではないという事をより一層明確に物語っていた。
「…ウッ!!」
そのウサギの頭上に刺さった三本の矢を見た瞬間、小さく呻き声をあげ、思わず片手で口元を覆い、俯くハルナ。
「…どうした?」
そんなハルナの様子をみたウサギが、
首を傾げている。
「…頭に…矢が…
矢が刺さって…る…」
そう言って再びウサギから
目を背けるハルナ。
すると、ウサギは自分の頭上に
ふわふわの前足をやると、
ハルナに向かってこう静かにいい放った。
「気にするな。
…なぁに、ただの矢だ。」
「…気にするわよっっ!
とっても痛そうだもの!」
ハルナは思わずウサギにそうツっこんだ。
「お~い!少女!どうだい?ジーナの足取りは何か掴めたかい?」
ハルナとウサギがそんなやりとりをしていると、そう声を掛けながら、黒服の男が突然ガチャリと部屋のドアを開けてきた。
黒服の視線は完全に床の上でピョコピョコと跳ねている小さなウサギの姿をとらえている。
「あ~!バロック・タスティックさん!
D-Queenの自室は男子禁制ですよ!」
「…そういうジャックも、ずかずかと入って来ているではないか。」
軽く腕組みをしながら、
これまた渋い声で答えるウサギさん。
どうやら話の流れからしてこの黒服の彼は『ジャック』という名で、このふわっふわのウサギさんは『バロック』という名前らしい。
…にしてもこのウサギさん。
声といい、名前といい、とにかくなかなか見た目に似つかわしいような渋い内面をしているようだ。
「いやいやこんな事でもないと、D-Queenの部屋になんて入れないッスからね~
へ~…意外と殺風景な部屋なんだ。
もっといい生活してんのかと思ってた。」
そう言って悪びれる様子もなく、ずかずかと部屋の中へ入るやいなや、あたりを見渡しながら軽く背伸びをするジャック。
「あ!そうだ!
少女よ、何かジーナに繋がるような物は見つかったかい?」
床に置いてある小さな椅子の上に立ちながら、壁付けになっている本棚の中の本のタイトルを1つ1つ丁寧に確認をしながら、ジャックはそう後ろ手にそうハルナに声をかけた。
「…えっと…」
ハルナは観葉植物の鉢の中から見つけた赤い宝石の事を話そうと思ったが、見るとバロックがハルナに向かって静かに目配せをしている。
「あ!…いえ、まだ何も…」
ハルナはバロックのその無言の指示に従い、そのまま赤い宝石のペンダントを服の中に慌てて隠すと、ジャックに向かってそう答えた。
「マジか~…
ジーナ、本当にどこに行っちゃったんだろうな。あんたも心配だよな。」
「え?…は!はい…!」
そう言って急に振り向いたジャックに驚いたハルナは、思わずうわずった声で返事をしてしまった。
「…ってか…何でその鉢倒れてんだ…?」
そのままハルナの横に倒れている鉢を凝視するジャック。
「あ!…それは…」
思わず慌てふためくハルナ。
ジャックはそんなハルナの反応など気にせず
ジぃっと倒れたままの観葉植物の鉢に見入っていた。
「…じ…実は…」
…もう隠しきれない――――…
そう思ったハルナが口を開こうとした瞬間…
「スマン。」
ウサギのバロックが先に口火を切った。
「土を見るとついつい掘りたくなってな。」
そう言ってウサギはペロリと自分の前足を
軽く舐めながら答えた。
「バロックさん、ウサギですもんね~
うちの犬もよくやってましたよ。」
そう言って笑うジャック。
ハルナはほっと胸を撫で下ろした。
「あ!俺、そろそろ行かなきゃ。
じゃバロックさん、また。
おい、そこの少女!その鉢植え
きちんと綺麗に片付けとけよ!」
そう言ってジャックはまたもや足早に
この場を立ち去って行った。
…何で私が…
バロックのおかげで助かったと思った反面、
その時ハルナの心の中では
そんな気持ちだけが強く強く渦巻いていた。
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