第10話 お風呂論争

「グォォ」


「ふむなるほど」


「グォガァ―ウ!ガゥガゥ」


「救助者を無事確保…と」


「ガァ―ウ」


「分かりました、衛生班にはそう伝えておきますね」


「グルゥ」


「いえいえこちらこそ」


 納得したようにうなずく狼魔族。一仕事終えて部屋を出る彼を見送る。きっと水浴びでもしに行くのだろう。彼らの見た目はまんま二足歩行の狼でその性質も狼をベースとしたものが多い。私生活でも群れて行動するのかな?それとも一匹狼なのだろうか


 メーちゃんからもらった紅茶をすっと飲みほしつつ書類を手に取る。むむぅ美味しい。やはりお茶は英国製の紅茶に限る。輸入専門店から仕入れているのだがそろそろ別の味に挑戦してもいいかも、今度外界へ出た時に試してみるか。そんな事を考えているとメーちゃんから話があると繰り出された。


「はい?」


「ですから…お風呂に関する要望が来ているんです」


「あの大浴場の事?」


「要望というか苦情というか…」


 お風呂は現在各エリアに複数のシャワールームを備え付けている。そしてメインエリアであるここには大浴場だって存在する。しかし設置当初は大浴場その物は閑古鳥が鳴いていたものだ。


 ここには様々な種族がいるがお風呂に入るという文化がない種族も多い。そもそも同じ浴場を共有する事を汚いと主張する意見も多かった為、作ったはいい物のあまり使われなかったのだ。それでも人間と一部の妖怪がものすごく頑張って布教したおかげで少しづつではあるが浸透してきたようだ。今ではそこそこ人が利用するようになったらしい


「嘆願書かぁ」


「苦情が殺到していて…」


「とにかく見せてください」


「たくさんありますよ」


 ずっしりと重い嘆願書の束を手に取る。ふむふむ…ハーピー族の羽が落ちてる事が多いので指導してほしい。きちんと体をあらってから湯船につからない人が多い。ゴブリンが浴場内でよく乱闘している。湯船にタオルを付ける人が多数いる。オークの入った後は臭そうでやだ。


 最後のはただの差別じゃねーかと突っ込みたいのを我慢しつつ粗方の書類に目を通す。中でも浴場マナーに関する苦情が多いようだ。これは非常に難しい問題である。どうしてタオルを湯船につけちゃいけないのと聞かれたら私は答えられる自信がない。そんな事私がききたいからだ


「それと砂風呂の設置をしてほしいという声が多数」


「多数なんだね」


「獣型の亜人がここには沢山いるんです。どうしても必要だという声が」


「砂風呂って…そんな時間もお金もないよ」


 砂風呂。鳥類や馬なんかが水浴びと同様に行う洗浄行為。これを行う事で体から虫や病原菌を振り落し体を清潔に保つ為にも彼らには必要な行為らしい。確かに鳥の種族が砂浴びとかしてるのは目にしていたがあれじゃダメだったのだろうか。



「ちょっと待った!どうせなら泥風呂用意してほしい」


「部屋を開ける時はノックをしなさいといつも言ってるでしょう」


 ノックもしないで部屋に入ってきた竜人族の老人。節だらけの手と蜥蜴顔の体をこちらに向けると息もつかせぬ間で私達のデスクの前まで来ると泥船の必要性を主張してきた。


「風呂も水浴びもいらない!我々は先祖代々泥風呂につかってきたのですぞ」


「貴方達の文化には理解しますがそれだけです」


「濃厚にたぎった良質な泥に使ってこそ一日の疲れが取れるのだ」


「泥風呂なんて貴方達とごく一部の種族しか需要がないでしょう!」


「肌がすべすべもち肌になれますぞメー殿」


「うっ…それは気になるかも…」

 

 龍人族の威圧と甘言に惑わされる女悪魔のメーちゃん。まぁ女性としては見過ごせない意見だ。というか泥風呂ありなんじゃないか?肌がつやつやになるとかすべての女性の望みだろ。砂風呂とかサウナとか日焼けマシンとかの前に泥風呂設置するべきかも。


「とにかく社長殿」


「とりあえず検討致します」


 出た、社会人の常套手段である。体裁のいい断り方だと思うがまぁ検討するのは事実だから構わないだろう。こういう長くなりそうな話はいったん時間をあけるべきなのだ。決して自己逃避ではないのである

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