第一章8   『長身の男と目的と○○と』

 

 山盛りあった料理を片付け、満足そうな二人を見ながら、私も早めの昼食をとる事にする。改めて店員さんに注文を伝え、来るまでの間気になってた事を聞いてみる。


「エン君が一人なのは分かったけど、何でこんな所に?」


 ここは観光地ではあるが、気軽に来るにはそれなりの手間がいる分、一人で来るには向かないはずだ。いくらこの子が普通の子じゃないにしても、こんな場所にわざわざ一人で訪れる理由はなんなのか?


「ある、噂を聞いたんです」


「噂?」


「この町に願いを叶える滴があるらしいと」


「今この町で噂になってるアレね! 私たちもその噂の真相を確かめる為にここに来たの」


「本当ですか!?」


「そうにゃ! 噂を確かめる為にギルドに向かう所だったにゃ」


 私の横で腹を風船のように膨らませたライが代わりに答える。猫というかもうただのボールにしか見えない。


「ギルド……? なら、僕もご一緒してもいいですか?」


「いいわよ!」


「ありがとうございます」


 まだ、そこまでやり取りをした訳ではないが、この子は悪い子ではなさそうだ。そう感じてしまう何かが彼にはあった。


「お待たせしました!」


「あっ、ありがとうございます」


 店員さんから注文した品を受け取り、軽くお辞儀をする。暴れ猪を使ったミートパスタは見てるだけでお腹が鳴りそうだ。


「すみませ~ん」


 私が頼んだ料理を受けとると同時、店の入り口側で店員を呼ぶ声がした。目を向けると店内にいた一人が勘定したがっているようだ。

 長身の男がダルそうにこちらを見ている。はいはい! と言いながら入り口に向かう店員さんの肩越しにその男と目が合った。


「?」


 一瞬だったが、その男の口元がニヤリと歪んだように見えた。不審に思うが、何をするでも言ってくるでもなく、勘定を払い終えた男は店から出ていった。


「ドロシーさんどうかしましたか?」


「あっ、何でもないよ」


 急に無言になった私を心配したエン君が声をかけてくる。気にした所でどうにかなる訳ではないので、男のことは頭の片隅に置いておく。


「食べないなら、私が食べちゃうにゃ?」


「まだ食べる気なの!?」


 机に身を乗り出しながら、私のパスタを羨ましそうに見つめるライ。


「いや、さっき山ほど食べてたよね?」


「パスタは別腹にゃ!」


「あんたの腹は何個別があるのよっ!!」


「ふふっ!」


 そんなやり取りを見てエン君が笑い出す。まだ笑った所は見た事がなかったが、やはり可愛い! ついついジッと見てしまう。


「あっ、すみません!」


「いや、気にしないで! むしろもっと笑って!」


「笑って欲しいならその目はやめるにゃ! 目がガチ過ぎるにゃ!」


「えっ? 何が?」


「ただ子どもを見守る目じゃないにゃ! その目は獲物を狩る狩人の目にゃ!」


「誰が狩人よ!」


「僕もそう思います」


「エン君まで!?」


 見すぎたと反省しつつ、チラ見で誤魔化そうとしてみる。


「あっ! そう言えば!」


「ごめんなさい、ごめんなさい! チラ見も止めます」


「えっ? チラ見?」


「エン気にしないで欲しいにゃ……この娘はこういう子にゃ」


「は、はい……? 分かりました」


 見ていた私が悪いとはいえ、ライ許すまじ!


「で、何にゃ?」


「あっ、さっきのライさんの人にへんし……んぐっ!」


 咄嗟にエン君の口を手で塞ぐ。いや、今回はやましい理由とかではなく、ちゃんとした理由があってした行為だ。

 辺りを見回す。食堂には先程出ていった長身の男以外は誰もいなかったが、念の為の確認だった。店員さんも厨房の手伝いをしているのか今はいない。

 今更な話だが、パンフレットに書かれるくらいオススメな店のはずなのに、何でこんなに人がいないのか。四人掛けのテーブルが十はあるのに今いるのは私達だけだ。


「んー!」


「あっ、ごめん!」


 口を塞がれたエン君から声が上がり、今まで押さえっぱなしだった事に気付き手を離す。


「何で急にこんなことを?」


「ちょっと事情があって、ライの獣人の姿はあんまり口外して欲しくないの」


 少し声を落として伝える。これは私達だけじゃなく、見てしまった人も守る為だ。


「それであんな事を。びっくりしました……」


 そう言うエン君は顔を赤らめている。何この子可愛すぎるんですけど、王都に連れ帰っていい?


「分かりました。口外はしません!」


「ありがとうエン君」


「でも、あんな事どうやってやったんですか?」


「魔法の一種でね」


「魔法って何ですか?」


「えっ?」「にゃ?」


 この世界の誰もが、学校や生活の中で目にし、学び、使う魔法。目の前にいる少年はそれを知らないと口にしたのだった。

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