第一章4   『市場と商人と○○と』

 


「凄いにゃーーー!!」


 大きな声を上げながら、嬉しそうに目を輝かせるライ。御者の話をしながら、町の入り口にたどり着いた私たちの前には野菜や肉、工芸品や日用品など大小様々な店が並んだ市場が広がっていた。


「町の入り口に市場って珍しいわね」


「ご飯を食べれるなら何でもいいにゃ!」


「どれだけお腹すいてるのよ……」


 記憶が確かなら、馬車の荷台の中でも軽食用にと買っておいた手のひらサイズのハニーアップルを十個は食べてた気がする。王都からここまで二、三時間にも関わらずだ。


「いや、というか定期便に乗る前にも山盛りのパンと暴れ猪のベーコン食べてたよね?」


「それは別腹にゃ!」


「あれ、朝ご飯じゃなかったの!? デザート食べてた感覚!?」


 私の驚きを他所に一目散に店を見て回るライ。


「あっ、ドロシー! 暴れ猪のステーキにゃ!」


「あんた、話聞いてる!?」


「ねぇ、ライ……いい機会だから言うけど、エンゲル係数って知ってる?」


「エンゲルケイスウ? ハジメテキイタニャ! ワカラナイニャ」


「何で急に片言になるのよ!!」


 まるで初めて聞きましたと言わんばかりにきょとんとした顔をするライ。この猫マジでヤバイ。


「ご飯はギルドに行って、願いを叶える滴について聞いてから」


「えぇー!」


 そう言いながら上目使いでこっちをジッと見てくるライ。桃色の綺麗な毛並み、ウルッとした円らな瞳、柔らかそうだがピンッと立った耳、猫の可愛さを全面に押し出して、買ってくれアピールをしてくる。


「ぐっ……」


 こういう時だけ猫の姿を利用するなんてズルい!まぁ、全身で可愛さアピールをしてるにも関わらず、口元からダラダラと涎が垂れているのには笑うしかないが。


「分かった、分かった! あんたが食べたハニーアップルを補充するついでにね」


「やったぁぁーーー! ドロシー大好きにゃ! 素直じゃないけど」


「せめて聞こえないように言いなさいよ!」


 はっきりと聞こえるように指摘してくるライに突っ込みを入れつつ、暴れ猪のステーキを一切れ店で買う。

 脂が手に付かないよう紙にくるまれたステーキにはよく火が通っており、分厚く大人の手のひらサイズぐらいある。軽く食べるにしてはかなりボリューミーに見えるそれを足元のライに渡す。


「わーい! いただきますにゃ!」


「熱いから気を付けて食べなさいよ?」


「ご馳走さまにゃ!」


「嘘でしょ!?」


 渡して数秒もたたず、本当にステーキはなくなっていた。代わりに腹をパンパンにした猫が一匹こっちを見ている。何故かやたら得意げな顔をしているのが腹立つが、やっぱりこの猫マジでヤバイ。


「後は……っと」


 周りを見渡し、目的の店を探す。大小様々な店があるが、ある程度分かりやすいように肉は肉、野菜は野菜で店が固まっている様だ。


「あっ、あった!」


 他の店の美味しそうな匂いに釣られているデブ猫をしっぽで体ごと引きずりつつ、目的の店周辺まで向かう。


「どれがいいかな~?」


 ゆっくりと、野菜が並んでいる店を見ていく。似たような品揃えではあるが、並んでいる商品は同じでも、店によって特定の商品だけはそれぞれ安く設定されてるようだ。


「ハニーアップルが一番安い店は~?」


「ちょ、ちょっと待つにゃ!」


 店をグルグル周りながら、一番安くハニーアップルを売っている店を探す。


「ここかな~?」


「無視にゃ!?」


「あそこかな~?」


「わ、私が悪かったにゃ! だからそろそろしっぽを!引き回しは勘弁にゃ!」


「分かったなら良し!」


 そう言って、我が家のエンゲル係数の化身を離す。これが本来の姿ではないとは言え、ライは器用に前足で自分の体についた汚れをはらっている。


「まぁ、一番安い店は入ってすぐ見つけてたんだけどね」


「鬼かにゃ!?」


 マジか!?と言わんばかりに驚いた顔をするライにごめん、ごめんと言いつつ、見つけていた店に向かう。


「おっ! いらっしゃい!」


「こんにちわ」


 元気に出迎えてくれたのは商人というより、戦士と呼んだ方が分かりやすい筋骨隆々のおじさんだった。


「おじさん本当に商人?」


「うん? そうだが、何かおかしいか?」


「いや、別にそういうわけ……」


「どう見ても堅気じゃないにゃ!」


「何で濁したのに言っちゃうの!?」


 あ、ごめーん!と言わんばかりに下をペロッと出してこっちを見てくるライ。叩いていいかな……?


「ほぅ……」


 一気に笑顔で接客していたおじさんの顔が鋭いものに変わる。ボサボサの髪に、片目を通るようについた傷跡、私の胴回りくらいありそうな太い二の腕、戦士や海賊と言われたら納得だが、私の想像する恰幅のいい商人とは全然違う。いや、やっぱり堅気の人間じゃないよね?


「すみません、すみません! うちの猫がご無礼を! 煮るなり焼くなりどうぞご自由に」


「ちょ……まっ……! 首の後ろつかんで差し出すのはやめるにゃ!」


 ジタバタ暴れているが、そのまま猫を献上する。ゆっくり受け取ったおじさんは膝の上にライを置いた。ごめん!そして、さよならライ……


「諦めた表情やめるにゃ!」


 何とかして取り返すから我慢してと心の中では思いつつ、おじさんの様子を伺う。


「…………」


 ライはライで、終わった…とばかりに目を閉じている。瞬間…


「お前、可愛いなぁぁぁぁ!」


 わしゃわしゃと豪快におじさんに頭を撫でられている。


「待つにゃ!」


 ライはおじさんから最初は逃れようとしていたが、いつの間にかゴロゴロと鳴き声をあげながらリラックスしていた。チョロいな……うちの猫。


「おじさん猫好きなんですね!」


「まぁな! 娘が好きだったもんで、自然に俺もな!」


 ひとしきり撫でた後、ライをこちらに渡してくる。


「まぁ、そんだけ流暢に喋る時点で、魔ノ者なんだろうが、見た目がそれだとやっぱり可愛く見えちまう」


 そう豪快に笑う姿は、最初の見た目の印象と違い人のいいおじさんにしか見えない。


「本当に、失礼な事言っちゃってすみません!」


「いやいや、構わんよ! 娘にもよく言われてたしなぁ! で、嬢ちゃんは結局何が欲しいんだ?」


「あっ、ハニーアップルを5個下さい」


「10個にゃ!」


「おじさん、この猫引き取って貰えます?」


「私が悪かったにゃ!」


 綺麗な土下座をする猫を視界の端に捉えつつ、ハニーアップルを受けとり代金を渡す。


「ほいよ! 癒され代金も含めて、一個オマケしとくぜ!」


「ありがとうおじさん」


 足元で得意げな顔をする猫はスルーしながらハニーアップルを袋に入れ、もう一つ聞きたかった事を聞く。


「そういや、おじさん。ここのギルドの場所は分かる?」


「ギルドならあれだぜ」


 おじさんが指したのは町の中心の大樹だった。確か名前はマザーだったか……


「あれただの木じゃないの?」


「中をくり貫いてギルドや色んな施設を入れてるんだとよ」


「へぇー!」


「ここからなら西から回り道した方が、ギルドへの一本道があるから楽につくぞ」


「そうなんだ……ありがとう」


「ありがとにゃ!」


「あっ、そうだ!」


 歩き出そうとした所で気になったので聞いてみる。


「おじさん、まだ何日かはここにいる?」


「おっ、いるぞ! ここで欲しいものもあるしな」


 これだけ珍しい環境だから、商人にとって高値で売れる物も沢山あるのだろう。ハニーアップル好きな私にとっても嬉しい話だ。


「じゃ、また買いに来るね」


「こいこい! 嬢ちゃん名前は?」


「私はドロシーで、こっちはライ」


「覚えたぜ! 俺の名前はドン・ガンズだ! またよろしくな!」


「うん。またね」


「またにゃ~」


 手を振りながら、ドンさんが教えてくれた道に向かう。


「…………」


「物騒な名前にゃ……」


「ドンさぁぁーー」


「二度とそんな事言わないにゃ!」


 大声でおじさんを呼ぼうとする私を、ライが必死で止めようと謝ってくる。そんな馬鹿なやり取りをしながら西の道へと向かう。

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