(24) 写真判定中の、3ジョッキー3様の思い

 

 長い写真判定が続く。

 

 マルク、イアン、アルフォンソは検量室内のそれぞれ角に散って、じっと待っている。通常のGⅠレースであれば、その後に最終レースがあり、大抵は有力ジョッキーに騎乗が入っているのでそれの準備に追われている。しかしジャパンカップのあとにレースはない。だから結果をじっと待つよりないのだ。

 

「ったく、今年は写真判定が多いなぁ」

 

 マルクの近くにいたテレビクルーの1人が呟いた。それに同意する、うめき声のような返答が数名。15時59分の放送終了までに着順と配当を視聴者に伝えたいテレビ関係者としてはヤキモキさせられる時間だ。

 

 たしかに今年は、全国放送するメインの重賞に際どい写真判定がホントに多いな、とマルクはぼんやり思う。大レース後の虚脱感に包まれているのだ。しかもその写真判定に自分がほとんど関わっているな、と他人事のように思った。

 

 そして、御崎弥生と競った皐月賞、札幌記念、エプソムカップ、秋華賞を順に思い出した。

 

 それにしても、とマルクは思う。

 

 ―― トーユーリリーはよく走ってくれたけど、でもシルバーソードが出られていたら、この流れだったら圧勝していただろうな。トーユーの末脚はすばらしいが、ソードの破壊力はそんなものじゃない。ホントに残念だ。この大舞台であのイタリア野郎をぶっ潰せるチャンスだったのに。

 

 俯いていたマルクは顔を上げ、デビュー時に憧れていた反対の角にいるジョッキーを睨みつけた。

 

 イアンのすぐ近くには競馬担当の記者がいた。その記者がとなりの同業者に、

 

「しっかし長い写真判定だなぁ。ホントに微差なんだな」

 

 と、焦れたように言う。

 

「鼻毛の差だな」

 

 と、となりの記者が返した。

 

 それが耳に入ったイアンは渋面で首を振った。ハナの差以上に微差でなかなか写真判定が出ないときによく使われるが、きれいな表現でないので、真面目なイアンは以前からこの言い回しが嫌いだった。

 

 ―― 日本語はきれいなんだから、その良さを失わせないようにしましょうよぉ。

 

 イアンはやれやれと首を振る。しかし、たしかに記者がそう表現したくなるほど微差だなぁとも思っていた。並んでゴールしたモンダッタとの勝ち負けすら分からないのだから、大外のトーユーリリーとなど尚更だった。

 

 ―― まったく分からない。

 

 イアンもまた、虚脱感に包まれた頭でぼんやり思った。そして残念な気持ちが胸の内を占めていた。

 

 ―― リュウが菊花賞を使わなかったら……。

 

 そう思っていた。あの淀の3000メートルを挟んでいなかったら、もっといい脚を使えた。きっと圧勝していたはずなのだ。本当にもったいなかった。イアンは馬主にもっと強く中距離路線を進言しなかったことを後悔した。

 

 ―― リュウの強さを、あの気取り屋に見せつけてやれたのに。

 

 別の角にいるアルフォンソを睨みつけた。

 

 アルフォンソは調教師のフレイに労いの言葉をかけられた。いい騎乗をしてくれた、と。

  

 世界的な名伯楽のその言葉も、アルフォンソの思いは複雑だった。

 

 ―― もしおれがトーユーリリーに乗っていたら、ぶっちぎりで勝っていた。

 

 その思いがあった。もし自分が乗っていたら、この広い東京のターフで圧勝劇を演じられただろう。アルフォンソは、心底思っていた。

 

 3頭がこうまで大接戦になったのは、自分が咄嗟の判断で先頭のリュウスターに併せたからだ。あぁしなければ、モンダッタが先頭に立ち、その時点でリュウスターが沈み、そののち1頭になって末の甘くなったモンダッタがトーユーリリーの末脚の餌食になっていた。モンダッタに自分が乗らなかったら、かなり力量の落ちるジョッキーにまわっていただろう。であれば、あの乗り方はできなかったはずだ。

 

 アルフォンソは、そう分析していた。そして、自分の輝かしい武伝が一つ失われたことに腹を立てていた。

 

 ―― あいつらに見せ場ひとつ作らせなかったのに……。

 

 と、角に佇むフランス人とイギリス人を睨みつけた。しかしおどろいたことに、相手もまた睨みつけていた。

 

 

 

 

 

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