(13) Synchronicity Ⅴ

 

 これまで会議の間、マルクはじっと発言せず、聞くだけにとどめていた。

 

 どんな一言にも、有力な騎乗馬確保の重要なヒントが隠れている。マルクもまた、今日の会議に臨むに当たって、ソードが賞金不足だということを認識していた。ジャパンカップに出られないと、承知していたのだ。

 

 馬主サイドは、どう出るのだろう。それがまず、今日の最も気にするポイントだった。この順位では無理だとジャパンカップをあっさり諦めるのなら、マルクは騎乗が空き、他の馬に乗れることになる。すぐさま表明すれば、どこかから声がかかる。

 

 しかし、他の馬が軒並み取り消すという僥倖を願って、どうしても諦めないのなら、ソードのために体を空けておかなければならない。そうしなければ、出られなかったとしても、次走は別のジョッキーに流れてしまう。

 

 マルクとしてベストなのは、今年のジャパンカップをすっぱり諦めてくれることだ。しかし、自分の騎乗にとって都合のいい発言などできないので、じっと黙っていた。

 

 そして結局話し合いの流れは、マルクにとって都合よく、ジャパンカップは見送るという展開になった。マルクは、乗れそうな出走馬を数頭、頭に思い浮かべた。

 

 都合がいいことが、さらにあった。ソードを有馬の前に、1戦使うというのだ。それもステイヤーズ・ステークスに。

 

 12月中山1週目に組まれる、今や多くの競馬関係者が見向きもしない長距離重賞。これはいい。マルクは表情には出さず、よろこんだ。空き家だ。空き家の重賞だ。有力馬など出走してくるはずもない。ソードで、ファンが後々語るようなすごい勝ち方を演じられる。マルクは心踊った。一丁、派手に演じてやろうじゃないか、と。

 

「はい。もちろん乗ります」

 

 マルクは佐々木の目を見て、はっきりと言った。

 

 派手な勝ち方で、ソードの実力を競馬界に知らしめてやりますよ! マルクはそう続けようと一瞬思ったが、しかし言葉を呑み込んだ。突出した発言が功を奏することなど、そうない。パフォーマンスで実行すればいいだけの話だ。

 

 佐々木はマルクの返答に満足し、礼を言って小林に向いて頷いた。

 

「それじゃあソードはステイヤーズを使うということで、決定しますね」

 

「伝説、残せるな」

 

 小林の仕切りの言葉の横で、佐々木が呟いた。

 

 まったく偶然に、栗東の松川厩舎とブライトホース・レーシングクラブで、ほぼ同時に結論を出した。それも異例の。互いに、勝つことを確信している。それも、圧勝劇を。

 

 その、2つのライバル勢が同じ結論を打ち出したそのとき、弥生がタイムシーフの言葉を頭のなかに受けた。

 

 ―― 回避しよう。

 

 よほど言いたくなかったのだろう、消え入るような、掠れた小声だった。

 

「そう、絶対そうだよ。おとうさん……。有馬記念に集中しようね」

 

 弥生はやさしく返した。そしてすぐさま、岡平調教師に伝えに行った。

 

「まぁ、やっぱりな」

 

 聞いた岡平師は、当然というように受け止めた。

 

「今年あれだけ激走しているわけだから、相当疲れがたまっているはずだ。なにしろ強情なやつだから、本心を言うか心配してたんだよ。もし弥生があいつから言葉を引き出したんだとしたら、お手柄だ」

 

「いえ、私は……」

 

 弥生は口ごもった。

 

 タイムシーフのジャパンカップ回避に貢献したのは、空智嬢、つまりフォックストロットだ。そして、時やん。私はただオロオロしていただけで、単なる補助をしただけだ。弥生はそう思っていた。

 

「有馬の1本に目標をしぼった方が正解だ。あいつも弥生にジャパンカップの空気を吸わせたいと意地になってただろうけど、おれが見ても馬体から空気が抜けているのが分かったよ」

 

「空気?」

 

「そう。タイムシーフの馬体は空っぽだよ」

 

 弥生はびっくりした。空智嬢や時やんと同じようなことを言ったからだ。さすが先生、と唸った。やはり一流だと。タイムシーフと言葉を交わしていないし、閃光が見えるわけではないけど、でもそんな能力が必要ないくらい、見抜く力があった。

 

「先生に伝えたと、タイムシーフに伝えてきます」

 

 弥生は振り向いた。その背中に岡平師は、

 

「もしかしたら、有馬だってむずかしいかもしれないぞ。それくらいあいつは疲弊している」

 

 低い声で言った。

 

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