(11) Synchronicity Ⅲ

 

 東京のオフィスビルにある会議室の中で、マルクはスーツ姿で座っていた。

 

 ブライトホース・レーシングクラブの東京支社にある会議室。壁には重賞を勝った馬たちの記念品やパネルが飾られている。共同馬主の会社だけあって、単なるイチ調教師である松川の部屋よりもその戦利品は多い。

 

 松川厩舎の一室で話し合いが行われている同時刻、ここでも同じ内容の話が進められていた。

 

 参加者は7人。ブライトホース・RCの幹部4人とソードの管理調教師である生名師、そして主戦ジョッキーのマルク。もう一人、タスクの管理調教師の富原師がいた。

 

 ブライトからの出席者はいずれも幹部だが、序列があるようで、内2人は補足説明意外ほとんど発言がなかった。

 

「まぁ、説明したように、我々の調査ではジャパンカップの出走登録馬で取り消す意向を持っている陣営はほとんどありません。出て、3頭というところでしょう。ですので賞金順でソードもタスクも、ほとんど出れる目がないと言っていい」

 

 そこでマルクが怪訝な表情をしたので、それに気づいた幹部の小林が、

 

「出走できる可能性がほとんどない、ということです」

 

 と言い直した。日常会話に問題ないマルクだが、俗な言い回しまでは習得できていない。小林が一般的な言い回しに直して、そこでマルクが納得した。

 

 収得賞金は重賞レースの2着までしか加算されない。菊花賞3着のソードに、その激走に見合った報酬が、少なくとも収得賞金に関してはまったくなかった。

 

 ローカルの重賞勝ち1つ、そして2着が1つ。これではとても足りない。フレアと同じたった4勝しか挙げていない馬で、GⅠ馬がずらりと並ぶジャパンカップ登録馬の中で下位の方だった。

 

「出られれば、こんな馬なんかより絶対に勝負になるのになぁ」

 

 小林が、資料に載っている1頭を指さしながら言った。その5歳馬は春の天皇賞を12番人気で逃げきっていた。皐月賞馬だが、古馬になってからは、その天皇賞以外馬券に絡んでいない。2桁着順も多い。この秋も京都大賞典6着、秋の天皇賞10着だ。ソードの方が活躍できるとぼやく小林の言葉も頷けると、マルクは思った。

 

「安田記念馬まで出てくるんだからなぁ、今年は。マイル・チャンピオンシップに出てくれればいいものを」

 

 安田記念は短距離の1600メートル戦。ジャパンカップとは800メートルの開きがある。

 

「ま、そんなこと言ってても仕方ない。出られないものは出られないんだから。来年のジャパンカップに出られるよう、2頭とも着実に勝っていきましょう。2頭とも現在のクラブの顔なんだから」

 

 幹部で最も格上と思える佐々木が言い、その他の6人全員が頷いた。

 

「まず、タスクの方なんですが、アルフォンソさんが降りたのでヤネが開いてます。どうします?」

 

 小林が、調教師の富原に振った。

 

「そうですねぇ、夏休ませたから、馬は元気いっぱいなので、すぐ使いたいくらいですね。タスクは実績的に有馬もキツいでしょうから、12月阪神のチャレンジ・カップなんかどうでしょう?」

 

「それか、その翌週の中日新聞杯かな。それで2着までに入って賞金上げて、来年GⅠを狙うというローテーションでいきますかね。それで、ジョッキーに関してはもうちょっと考えてみましょう。トップジョッキー使うと、また乗り替わってしまいますから。ランクは落ちても、主戦ジョッキーを決めちゃった方がいいかもしれないです」

 

 富原師が頷いた。

 

「さて、問題は……」

 

 小林がむずかしい表情になり、身体を富原からマルクに向けた。マルクのとなりには生名師がいる。

 

「ソードの方ですね」

 

 マルクと生名師が同時に頷いた。

 



 

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