昼食 at ゴーハンザー広場の屋台
「はいはい、ちょっと良いかしら」
いつもと変わらぬテンションで、甲冑の男とローラの間にお嬢が割って入る。慌てて俺もその後に続き、何の盾にもならないかもしれないが、一応甲冑の前に立った。
「何だお前」
まぁもっともな質問だ。
「俺はサルメロだ」
「お前じゃねぇよ、そっちの女だ」
「おい、口に気をつけろ。俺のお嬢だぞ」
「何だよお前の女かよ」
「女女言うな! お嬢は由緒正しき魔女だ!」
「……魔女?」
じり、と甲冑男が一歩後退した。
「……魔女っていうと、あれか? もしかしてその見た目で既に100歳とかそんな感じなのか?」
何? 100歳だと? そんなの半人前以下の子どもじゃないか、失礼な。
「お嬢を100歳ぽっちの子どもと一緒にするな」
「何? じゃ、じゃあ、200……?」
「だーから、子どもじゃないって言ってるだろ」
「……さ、サル、ちょっと黙りなさい?」
「ちょっと待て。俺がこないだ『憂いの森』で遭遇した魔女はしわくちゃの婆さんだったぞ? それでも700歳だって……!」
「それはこっちの世界の『魔女』だからだ」
そう、生き物は住む環境によって外見や能力も大きく変わって来るのである。ただ、なぜそれが必要なのかはわからないのだが、この世界の魔女というのは、皆しわくちゃの老婆なのだ。それでも年齢はお嬢よりずっとずっと下なのだが。
「良いか、お嬢はな!」
「サル、お口にチャック! お口にチャックよ! サル!」
良いんだお嬢、こいつにはびしっと言ってやらなければならない。
「お嬢は――あ
殴られた。
後頭部を、思いっきり。グーで。
「何するんだ、お嬢」
「それはこっちの台詞よ! 何でレディの年をバラそうとするのよ!! サルってばデリカシーなさすぎ!!」
「もぉ、どうして男ってみんなそうなんだろ。ウチのアレックスもさー」
「あら、ローラのところも?」
お嬢とローラは向かい合って何やら楽し気に会話をしている。が、ちょっと待て。
何で俺にデリカシーがないとかそういうことになるんだ!
ていうか、ローラの(よくわからない)怒りが静まったんなら、そろそろ飯屋を探しに――……
「おい、俺を無視すんな! おい、ガキと魔女ぉっ!」
すっかりかやの外に置き去りにされていた甲冑男が声を張り上げた。右手が腰に差している剣の柄に伸びる。こいつ、抜く気か? ここで?
「ちょっともう、何よ。いま私ローラとお話してるんだけど」
「お嬢、あまり刺激するな」
「大丈夫よ。私に任せなさいって」
「おう、何だ。やんのか、魔女」
甲冑男が、すらり、と剣を抜く。鞘はきらびやかだが、剣自体には余計な装飾がない。
剣を抜いた甲冑男は、構えをとらず、それを杖のように地面に突き立てた。まだ警戒の対象ではないらしい。剣を抜いたのは、ただの威嚇のつもりだったのかもしれない。
「一応言っとくけどな。俺はレベル88の勇者だぞ」
「それが何よ」
さらりとそう返すお嬢の後ろで、ローラがぷっと吹き出した。
「おい、何がおかしい」
「いや、88なの? ぷくく……」
「そうだ」
「たった88でここに来たの? 888の間違いじゃなくて?」
おい、あんまり煽るな。ほら、あいつぷるぷる震えてるぞ。震えると甲冑がカタカタ鳴ってうるさいんだぞ。
「あのな、88もありゃ楽勝だから! っつーか、少なくとも、その魔女とか秒殺だからな! そもそも魔女なんて雑魚、レベル20もありゃ秒だから!」
「へぇ~。でもそれは、こっちの世界の魔女の話でしょ?」
「……何?」
そこで甲冑男は初めて剣を構えた。お嬢のその言葉にやっと警戒する気になったのだろう。
しかし、お嬢は勝算があるのだろうか。
先述の通り、お嬢には人を傷つけるような魔法は使えない。というか、そもそもの魔法の力も弱いのだ。空だって、俺がいないと飛べないし。だから、彼女がひとりで使える魔法なんて、かまどに火を入れるとか、コップ一杯の水を出すとか、ちょっとした風を起こせるくらいのものだ。とてもじゃないがレベル88のこの男とまともにやり合えるわけがない。
「お嬢、もうやめろ。お前もそんな物騒なものをお嬢に向けるな。それはお前達の敵に向けるべきものだろ」
「優男は引っ込んでろ。こんな女に守られて情けねぇ」
「何だと……!」
「まぁまぁサルちゃん。あなたはあなたで後で活躍の場があるから」
「……ほんとか、お嬢」
「ほんとほんと。だからここは私に任せて」
お嬢がそう言うなら、仕方ない。だけど本当に大丈夫なんだろうな。
「さて、あなた。ごめんなさいするならいまよ?」
「何で俺がお前なんかに」
「私じゃないわよ、あの子によ」
そう言って指を差した先にいるのは、家の陰からじっとこちらの様子をうかがっている単眼巨人の子どもである。さっきこの甲冑男に蹴り飛ばされた子だ。
「ハッ、なおさらだ。どうして俺があんなガキに頭を下げなきゃなんねぇんだ」
「……あんにゃろう」
「待って、ローラ。ここは私に任せてって言ったでしょ。……さて、あなた。あなたは私の逆鱗に触れたわ。もう本当にごめんなさいしないと絶対に許さないから」
「それはこっちの台詞だ。指を一本ずつ切り落としてやる。泣いて詫びろ」
「お嬢!」
ヤバい。
旅が始まって10日。
こんな展開は始めてだ。
3日前の誘拐騒ぎや昨日の髪の件もその時はとんでもない事件だと思ったのだが、今回はその比じゃない。本当にお嬢が傷つけられてしまう!
それだけは。俺の命に代えてでも、それだけは。
「お嬢!」
と。
「か~まど、かまど♪ 魔女のかまど♪」
「……ん?」
かまどの魔法? どうしてこんな時に?
「か~まど、かまど♪ 魔女のかまど♪」
「おい、何のつもりだ」
「ちょちょいの~~っ、弱火っ!」
ぽんっ。
着火した。
どこかで。
確かにその音は聞こえた。
でも、どこで?
「――ぅ
甲冑男が、剣を離して兜を脱ぎ捨てる。がらん、という大きな音をたてて、兜が石畳の上に転がった。
燃えていたのは、彼の頭頂部である。ろうそくのような小さな炎が、彼の頭のてっぺんでぽつぽつと円を描いているのだ。ああ、確かにこれは弱火だ。
「きっ、消えねぇっ! くそっ! 何で!!」
「……そんな簡単に消えるわけないだろ、魔女のかまどの魔法だぞ? ちょっとやそっとじゃ消えないんだ」
「な、何だと! だったら、こ、殺してやる!」
「私が死んだって消えないわよ。本来、魔女の魔法っていうのはそういうものよ。どうする? 強火にしたって良いのよ?」
「うううううるせぇっ! 消せる! 俺は勇者だぞ!」
「あ~らそう、じゃ、頑張ってね。ちょちょいの~~、中火っ!」
ぼわぁっ。
「――ぅ
まぁでも所詮お嬢の魔法だから、おかしなことをしなければ、ただ熱いだけだ。髪が焦げるとか、頭皮が焼けるということはないし、布をかぶせても燃え広がったりはしない。ただひたすら熱さを感じるだけ。何せ、鍋の湯を沸かすとか、煮込むとか、そのための魔法なのだから。
まぁ、無理に消そうとかそういうことをしなければだが。
「さ、行きましょ、サル。ローラも。こんな調子だったら、夜まで何も食べられないわよ?」
「そうだな、行こう」
「うん。行こう行こう。――あ」
ローラはそう短く叫んで、たたた、と先ほどの単眼巨人の子の元へ走って行った。
「もう大丈夫だよ。あのお姉ちゃんが懲らしめてくれたからね」
「うん、ありがとう。でも、あのお姉ちゃんは魔女だけど、お姉ちゃんは人間でしょ? どうして僕を助けてくれたの?」
「魔女とか人間とか関係ないよ。あたしはああいうやつが嫌いなの。それだけ」
「……そうなんだ」
「お絵描き上手じゃん。今度はもっともっと大きいの描いてよ」
「大きいの? でも、あんまり大きいの描いたら怒られちゃうから」
「怒られる? 誰に?」
「母ちゃんに。町の道路は魔王様のものだから、いつもきれいにしていなさいって」
「なぁんだ、そんなこと。大丈夫、魔王様はそんなことで怒るような人じゃないよ。いっそお城から見えるくらいにおっきいの描いたら良いじゃん。魔王様もきっと上手って言ってくれるよ」
「本当?」
「ほんとほんと。そんじゃあね、あたし達これから美味しいもの食べに行くから。ばいばい」
「ばいばい。ありがとう、お姉ちゃん達」
単眼巨人の子どもに見送られ、まだギャーギャーとうるさいレベル88の勇者を尻目に、広場の端の方へと移動する。この広場には観光客向けの屋台も多い。お嬢はさっきから「あれかしら、それともこれかしらねぇ」なんて言いながら忙しなく頭を左右に振っている。けれども。
「ローラ、何なら食べられそうだ?」
ローラはというと、その屋台をひとつひとつ眺めるだけで、一言もしゃべらないのである。
「……何でも良いよ」
「何でも良くはないと思うけどな」
「……何でも良い」
「じゃ、何でも食べろよ? 魔お……じゃなかった、旦那さんも心配するぞ」
そう言うと、ローラは俯いて、何やらぼそぼそと呟いた。
「……もっと心配してくれれば良いのに」
けれど、風の音やら、お嬢の奇声やらで何て言ったのかほとんど聞き取れない。
「さっきの威勢はどこに行ったんだ……。まぁ、でも、何でも良いって言ったんだからな、何でも食わせてやる。お嬢、決まったか?」
「ん~、ふふふぅ。ねぇ、ローラ、あれ見て、あれ、どうかしら。『もふもふガラス飴』ですって!」
「も、もふもふ!?」
「おい、お嬢、それは昼食というより、菓子……って、ローラ?!」
「もふもふ――――!!!」
お嬢が指を差した先にある『もふもふガラス飴』なる謎の菓子が売られた屋台に向かって、ローラが走り出したのである。
「え? ローラ?」
お嬢は突然のことにあんぐりと口を開けた状態で固まっている。まぁ、俺もだが。
「ちょっと! 2人とも早く!」
「――え? あ、はいはい。行くわよ、サル」
「お、おう。何か知らんが、元気が出たんなら、まぁ良いか」
屋台の正面を陣取っているローラは背伸びをしながら調理台を覗き込み、色とりどりのガラスの欠片のような甘結晶を見つめている。成る程、本物のガラスを使っているわけではないんだな。そりゃそうか。
「ねぇおっちゃん、あたし、紫が良い!」
「はいよ、嬢ちゃんは紫な。ちょいと待ってな」
店主自身ももふもふの体毛に覆われているのだが、衛生面の配慮からだろうか、腕には肘まであるロンググローブを着けていた。
スコップのようなもので紫色の甘結晶を掬うと、それを機械の中にざらざらと流し入れる。滑らかに砥がれた白い棒でその中をくるくると混ぜると、やがて、その名の通りにもふもふの飴が出来上がった。大きさは俺の頭くらい。甘結晶の粒が何がどうなってそうなるのか、見た目は完全に毛にまみれた生き物――というか、この店主の分身である。
「ほいよ、紫のもふもふ」
「ありがとう! もふもふ~!!」
大きな口を開けて紫色の毛玉にしか見えない巨大な飴にかぶりつくローラを見て、とりあえず安心する。何だ、食欲はあるんじゃないか。
などと胸を撫で下ろしていると。
とんとん、と肩を叩かれた。そして――、花束のように様々な色の『もふもふガラス飴』を両手いっぱいに抱えたお嬢が、その隙間からひょこりと顔を出す。
「サル、あなたの出番よ」
「……俺? 俺の出番?」
だいぶ待たされたが、とうとう俺の出番が来たらしい。ようし、一体何かわからないが、俺に任せろ。
そう思い、腕をまくる。さぁ、どこからでもかかってこい。
「おお、あんちゃん。お代を払ってくれ」
「え?」
ちらり、と2人を見る。
2人はベンチに座って、もくもくと楽しそうにガラス飴を食べている。
……俺の分は?
そう思わないでもなかったが。
「サル、よろしくね」
「サル君、ごちそうさま」
……はいはい。
「……店主、いくらだ? あと、俺にも、赤と緑のをくれ」
「あいよぉ、毎度!」
【昼食:ゴーハンザー広場のもふもふガラス飴屋台】
もふもふガラス飴
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