#6

「イヨのやつ、だいじょうぶ……?」


「ああ、きっとな。それよりも気を引き締めるんだ、強い力を感じる。……この感じは、何処かで……」


「……パパ、パパっ! これ聴いて!」


 穏やかで緩やか、それでいて耳に優しく、まるで印象に残らない。そんな理想的なエレベーターミュージックを流しながらエレベーターは下って行く。メーターはかなり長く、果たしてどれ程地下にまで続いているのか想像もつかない。


 代わり映えしない無機質な鉄の箱の中、中腰になってやっと天井に頭をぶつけないでいるウォーヘッドは窮屈そうに首を傾げながら、その傾いた石頭ならぬ鋼鉄頭の中に渦巻く感覚の正体を眉間に寄る皺と同じだけ深く考える。


 そしてはじめこそイヨの安否を心配していたオーバーサイクも空間の大半を彼に占領されているため端の角の方で壁に寄り掛かり、心配よりも退屈が勝り始めたらしくジャケットのポケットから携帯を取り出すと今流行りと言うポップスを流して聴いていた。が、それも街でも何処でも流れるもので、既にオーバーサイクはそれを聴き飽きてしまっていた。故に、禁じられてはいるが、状況に紛れて今ならウォーヘッドにも聴かせることが出来るかもしれないと思った彼女はMeTubeを開き、そこのプレイリストに登録してあるミュージックビデオをタップする。尚且つ携帯のスピーカーでは迫力が出ず、それでは魅力を伝えられないとして魔法を使い、指先一つ振るだけでエレベーターのスピーカーを乗っ取り携帯と不可視のケーブルで繋ぎ合わせた。


 それだけでなく、更には壁面を全てスピーカーへと変えてすら行く。ちらりと見てみると、ウォーヘッドは最近ハマっているヨガの瞑想を始めている時のように静かであった。これ幸いと、全ての準備が整った後、いよいよオーバーサイクは画面に映し出されている停止ボタンをタップ。


「むう……!? な、何だ!?」


 停止が解除された途端、壁面を被ったスピーカーを揺さぶり、流れ出したのはロックンロール。その打撃と言うより衝撃に近い鋭く激しいエレキとドラム、そしてボーカルはまともにウォーヘッドを直撃。金属の体躯が共鳴し震え上がった。


 それは曲調だけを言えば激しいばかりのそれではないのだが、用意されたスピーカーの出力が凄まじいこともあり矢継ぎ早の楽器が甲高いボーカルと重なった時の爆発力が凄まじく、またオーバーサイクがわざわざ山場となる箇所から再生を始めた事もありいきなりからウォーヘッドはその意識を引っ張り戻されてそれまで思案していたことを何処かへと手放してしまう。


 そして体表と同じ白銀ばかりで瞳が判別できなくなっている目をこれまでにない程大きく見開きながらオーバーサイクの姿を見付けると、そこには耳を塞ぎながら舌を出している彼女の姿があった。


「ちょっと迫力出しすぎちゃった。びっくりしたあ~」


「何!? 良く聴こえないぞ! ロックは禁止の筈だ!」


「それは! プライベートで、でしょう! 今はお仕事中だし、気合い入るじゃない! 映画とかでも良くやっているし!」


 二人は爆音のロックンロールによって互いの耳に届かない声を届かせようとして距離感に関係無く大声で会話を行う。殆ど顔を突き付け合った状態で誰がこの様な音楽を教えたのか、退屈なポップスよりよっぽど良いとか、どの映画の何処のシーンで流れたのかとか、そのシーンは本当に出来が良かったとか、次第に二人の会話は噛み合い始めていた。


 速いリズムに合わせて小さな体を躍らせるオーバーサイク。気が付くとウォーヘッドもその肩をリズミカルに上下させ、今度は両手の人差し指同士を叩き合わせると分かり易い金属音がビートを刻む。そして曲の最後に合わせて二人で両手同士のハイタッチを行おうとした時、スピーカー化している四方の壁の一面が透けてそこに光の柱が間近に見えた。


 ハイタッチ直前に動きを止め、その光景に見入る二人。眼前にてその目に光を映したウォーヘッドは一つ思い当たるものがあった。


「……やはりこれはビーコン、か」


 そして遂にエレベーターは最下層へと到着、それを知らせる軽い鐘の音が短く鳴ると、閉められていたドアが開き、その先は補強こそされているが岩肌を剥き出しにした洞窟の様な光景が広がっていた。

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