ポリカーボネート・タウン ~ 雨の降らない街

@kkb

第1話 大いなるカーポート

 妻が妊娠したのを機にそれまで住んでいたアパートを出て、一戸建てを建てることに決めた。親の援助と長期のローン頼みで予算に限りがある。



 設計士と何度も打ち合わせをしたが、なかなか結論がでない。一生に一度のことなので仕方がないが、どんなプランにもメリットとデメリットがあり、正解と呼べるものが存在しないのだ。


 希望としては、屋上全体を大きなベランダにした二階建てのモダンでおしゃれな平屋根(屋根がない箱形の家)がいい。できれば中庭をコの字状に囲むコートハウスにして、吹き抜けリビングからスケルトン階段で1.5階のロフトに上がれるようにする。


 屋上に出るため、西洋の城の尖塔を思わせる塔屋を用意し、バルコニー全体にはウッドデッキを敷き、近所から覗かれないよう目隠しフェンスで囲う。



 見た目は素晴らしいが、その分デメリットが大きい。



 屋根というものが存在するのには、それなりの理由がある。


 屋根に傾きがあるからこそ、雨がスムーズに流れ落ちていく。


 平屋根は、構造上雨漏りになりやすい。十から二十年に一度、百万、二百万の金が飛んでいく可能性もある。ローンが残っているのに、余分な修繕費を払いたくはない。


 空気は暖まると上に向かう。それで屋根裏は熱い。最近ではさらに、厚い断熱材を入れ、夏の暑さを緩和している。天井の上の通気層が少なく、屋上が蓄熱しやすいコンクリートの平屋根は、夏はかなり暑くなる。



 私は、屋根というものが好きになれない。あれがあるせいで、どうしても無駄な空間が発生するからだ。


 日本の屋根では、四寸勾配が一般的だ。水平方向10に対して垂直方向4の傾きだ。


 平屋根はあきらめて、二寸勾配以下の低傾斜(緩勾配という)というプランも検討した。


 平屋根同様、雨漏りの危険性が高い。その反面、傾斜が低いのでメンテナンスが楽だ。


 傾斜が低いと選択できる屋根材が少なくなる。現実的にはガルバリウム鋼板一択だ。


 1972年にアメリカで開発され、爆発的に普及している。屋根だけでなく壁材としても人気で、同じめっき鋼板系のトタンにとって替わった。


 軽いので耐震性がある反面、防音、断熱性能に劣る。


 金属にしては錆びにくいが、鉄の表面を別の金属化合物で覆っただけなので、傷つくとそこが錆びていく。日頃から水をかけるなど手をかけなければ、これも十年から二十年に一度は本格的なメンテナンスをすることになる。



 屋根裏を有効利用しようと、ロフトを設けるという手もある。


 ロフトは高さ1.4メートル以内、その階の半分以内の面積に制限され、それを越えると床面積が増えたことになり、固定資産税が上がる。


 だが、1.4メートルでは身をかがめないと、頭をぶつける。ロフトに上がるために階段を設けるか、梯子を用意する必要がある。



 ロフトはどうしても熱がこもる。エアコンを用意するか、夏の利用をあきらめるか、ただの物置にするか、ということになる。


 実際、ロフトの利用率は低い。最初は秘密基地のようでわくわくするが、作っても無駄だったと気づくことになる。


 ロフトの利用率を高めるには、吹き抜けリビングから目に入る位置に作るのがいい。



 中庭があるとプライバシーを気にせず、バーベキューが楽しめる。中庭の分だけ、敷地を余計に必要とし、外壁や窓が増え建築費が嵩む。中心がないので、部屋と部屋をつなぐ必要からデッドスペースである廊下が増える。




 そうやってああでもない、こうでもないと迷っていると、設計士の方から、いい話を聞いた。


 駐車スペースにカーポートが要るかどうかの話をしている最中、


「ところで、林さん。ポリカーボネート・タウンって知ってます?」


 ポリカーボネートは、プラスチックの一種で様々な材料に用いられる。加工しやすい上に、強度が高くハンマーでも割れないほどだ。軽量で耐熱性、耐候性に優れ、透明度も高く、最高透過率はガラスレベル。カーポートやバルコニーの屋根でよくみかける。



「何ですそれ?」


「○○○のゴルフ場ありますよね。あそこ、今度住宅地に改造するそうです」


 あの辺りで大規模な工事が行われているのは知っていた。


「住宅? あんな田舎にそんなもの作って大丈夫です?」


 今は県庁のある宮崎市に属するが、今世紀に入ってから編入された地域だ。宮崎県はただでさえ人口減に苦しんでいるのに、いまさら大規模な住宅地とは。


「それが普通のものじゃないんです。一言でいうと、街全体を巨大なカーポートで覆ったような感じで……」



 設計士は、資料を見せてくれた。



 一平方キロを越える広さの地区全体に、電柱と同じくらいの高さ12メートルの支柱を20メートル置きに建て、その上を覆うように、ほぼ透明なポリカーボネートを載せたものだ。


 もちろん巨大な一枚の板ではなく、一辺一メートルの正方形の金属フレームに板を収めたユニットを工場で生産し、現場で必要なだけつなぎ合わせる。ユニット単位のほうが建設が容易だ。それに、ポリカは強靱だが傷に弱く、性能の高い新製品が登場する可能性もあり、スムーズに交換できるようにしたのだ。


 さらに、ユニット同士の接続箇所に多少のずれが生じても問題なく、地形の起伏に対応し、地震による損傷を防いでいる。



 熱線遮断ポリカーボネートを使用。透過率は75%で、少し茶色がかった透明だ。熱線カット率は35%、紫外線は100%カット。他にも様々な暑さ対策を施し、真夏の屋外では、気温を5度以上、アスファルトの地面を20度以上下げると期待される。実験では、まるで避暑地にいるような感じだったという。



 雨が降らないので、梅雨でも傘がいらない。ポリカの屋根(ザ・グレート・ルーフ、通称ルーフ)の上の雨水は、支柱の空洞を通して地中の配管に流す。豪雨のときなど、ルーフの端からも大量の雨水が地上に落ちるが、そこは濠になっており、配管を通った雨水もその濠に向かう。濠があるため、この地区に入るには、橋を渡る必要がある。



 支柱があるので電柱はなく、電線は地中に埋める。この支柱にも電気が供給され、街灯の役目を果たす。街灯ランプのすぐ下に、吸引式捕虫器を設置する。薬剤を使用せず、明かりで引き寄せ、ファンで吸引し、カゴに閉じ込める。


 街路樹は植えず、緑自体を少なくする。これは虫の発生を抑えるためだ。巨大なルーフの存在が鳥や虫の侵入を減らし、ボウフラの発生源となる池や水溜まりがないので、蚊が少ない。



 ルーフの下側のメンテナンスのため高所作業車が常時巡回するが、その際、家の外壁にスズメバチの巣などが見つかったら、無料で駆除してもらえる。快適な屋外空間のコンセプトのもと、街ぐるみで害虫対策に取り組む。


 家と家の間に余裕があるので、火災は燃え広がらない。屋根がない家は、その分建物にかかる負担が少なく、耐震基準を満たした新築ばかりなので、地震による倒壊が少ない。




「いいですね。でも、こんな大それたことして大丈夫ですか」


 私は感心すると同時に心配になった。多額の税金が投じられているに違いない。


「もちろん、宮崎市だけでやれることじゃありません。県と国の支援があります」


「ここならカーポート作る必要ないですね」


 その時点では、私にとって人ごとだった。


「もちろんです。それに屋根も要らないし、建物のメンテナンスも少しですみます」


「そうか。雨が降らないから平屋根でいいし、壁も長持ちする。夏の屋根裏も涼しいときた」



 私が興味を示したのを知ると、


「どうです。林さん。思い切ってここに家を建ててみては」


「え? でも高いんですよね」


「建て売りではなく、土地だけを購入することになります。この辺りの相場とあまり変わりません。但し、いろいろと制約があります」


「具体的には?」


「高さ7メートル以下。二階建てまでです。屋根付きではきついですが、平屋根ならそれで充分な高さがあります」


 家の真上をメンテナンスする必要から、高所作業車の作業台が入るだけのスペースを確保する必要がある。


「ルーフを支える支柱が随所にあるので、広さも制約があります。一般の住宅でしたら問題ありません」


 支柱の直径はおよそ1メートル。地面だけでなく、上のルーフとも固定しているので、電柱より遙かに倒れにくい。中が空洞のため、それほど重くはない。


「蚊の発生を抑えるため、バルコニーや庭にプールや池を作った場合、定期的に水質調査が入ります」



 それからさらに具体的な話になり、「考えてみます」と言って、設計事務所を出た。

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