ギストがわざとらしく鼻で笑った。

「は! どんだけ込み入ってるのか知らねぇが、それを説明できねぇってのは、てめぇのおつむの悪さを曝してるってことだぜ?」

 茶化すようなギストは、それでも的確にロスミーの曖昧な部分をつく。

 キアノスも、それに小さく頷いた。

「確かに。支障がない範囲でいいので、僕に説明してくれませんか?」

 二本の視線に苛立ちを隠そうともせず、ロスミーは剣の刃を撫でた。

「それは……そうだな、しかしなかなか……ああ、面倒な! 君もその罪を背負った魔術師に与したいというなら、まとめて斬るぞ!」

「確たる証拠もないままあなたを信じて、無実の同業を殺めることになるかもしれないなら……そんな手伝いは僕にはできない!」

 ギストは、一瞬驚いたようにキアノスの顔を見た。まさに見直した、といった表情で目を細め、横目でロスミーを見やる。

「だってよ、ロスミー」

「残念だな。若さ故の過ちという奴か」

「大して変わらねぇくせに、世間を知ったような口きくんじゃねぇよ。さてと」

 ロスミーの一挙手一投足から目を離さないキアノスに、ギストは幾分明るい声をかけた。

「さてと、青いの。この腐れ元貴族をどうするよ? 俺が丸焼きにしてもよし、縛り上げて連れまわすもよし。俺と、お前と、あの藪の中のチビで正当防衛だったと言えば、俺たちは何しようが罪にはならねえぜ」

「それは……ギストさんと僕らが、く、口裏を合わせれば、ってことですよね」

「まぁ、そうとも言うな」

 ギストはあっさりとそう言い、キアノスの横に歩み寄って親しげに肩に手をかけた。

 キアノスはギクリとし、半歩引いて手を振り払った。

「ぼ、僕は何も、あなたに味方すると決めた訳じゃない」

 ギストは、片手を宙に浮かせたまま、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ああ、そうかい。俺としたことがはやまったぜ……やっぱ人がたくさんいるとこは……よくねぇな」

 複雑な感情でギラギラとした瞳は、周りの森を映してやや下方を睨む。

 草地を燃え上がらせるような強烈なギストの視線にたじろぐキアノスは、それが自嘲であることに気づくほど余裕はなかった。

「てめぇ……どうせヤツに味方する覚悟もねぇんだろ。生半可に関係ねぇ諍いに首突っ込むと頭が吹っ飛ぶぜ。足元が固まらねぇヤツはおとなしく脇で見てな!」

「そ、そうさせてもらいます」

「ついでに俺に『さん』づけしたり『あなた』呼ばわりしてもぶっ飛ばす!!」

「そ、そうさせてもら……え、ええ!?」

 ギストはキアノスを一瞥すると、大杖を持つ手を軽く捻った。

 重心を確かめるようにぽんと持ち直すと、ぐるりと一回転させて先端をロスミーに向ける。

 ひとつ息を吸い、相手の呼吸と剣の動きを測る白い顔から、笑みを消す。

(フン、魔術師と剣士の武器あり一騎打ち、か……こりゃ、どう考えても魔術師の分が悪ぃ)

 す、と重力に任せて大杖を右手の中で滑らせ、腰を落として左手で右脇を通る柄を握る。

(……魔術師が俺じゃなけりゃ、な)

 腕を交差するような格好で巨大な杖を構えたギストは、何かを思い直したように再び不敵な笑みを浮かべた。

 互いの呼吸を読みあいながら、ふたりは共に次の一手で勝負を決するべく、じり、と位置を変えていく。

 キアノスは、物音をたてないよう、気配すら消えるよう祈りながら息を潜めた。そうしながら、ふと魔術学院の上級教官が触媒を作っている最中に実験室に入ってしまった時のことを思い出す。

 戦い慣れしているふたりの間合いを乱しているような罪悪感は、あの時の先生の無言の問いかけと同じく、自分の場違いぶりを嫌でも自覚させる。

 風すら止み、次いでふたりの息が同時に止まった刹那、四本の足が草を蹴たて、怒鳴るような声と吼えるような声が距離を失った。

 上段からロスミーの鋭い刃が振り下ろされるのを知ってか知らずか、草地を擦るようにギストの大杖が振り上げられる。

 硬い物体が打ち合わされる、耳障りな音が鳴り響く。


 鈍く濁った音と共に、勝敗は決した。


 瞬きする間に武器だった物が玻璃のように砕け、橙色の陽光を反射しながら派手に飛び散っていく。

 持ち手の体がその中を吹き飛び、草地に背中から落ちる。

 肺から息が叩き出された苦しさを感じる頃には、喉元に敵手の武器の石突きが食い込んでいた。

「これでおあいこ、ってな」

 ギストが、ロスミーを見下ろして低くつぶやいた。

「……ぐ、ケハッ……」

 息を吸うこともままならず、ロスミーは掠れた息を漏らした。

 本来のキアノスなら、ロスミーを心配しギストを止めに入るところだろう。

 しかし今のキアノスは、一瞬とはいえあまりの成り行きに呆気にとられ、何もできなかった。

 決して素人ではなかったロスミーの剣さばきを完全に読み、正確な間合いを測り、ロスミーに傷も負わせず刃だけを一撃で粉砕する……それは、古風な大杖の不思議な力が起こした奇跡などではない。

 ギストの驚異的な反射神経と、さらに驚異的な腕力のなせる技だった。

「ふう、やっと仕留めたぜ……」

 大儀そうな物言いの割に、ギストはほとんど戦う前と表情を変えていない。むしろ、何もしていないキアノスの方が、息が止まりすぎて酸欠気味なほどだ。

「オイ、喉潰れる前に誓えよ。お前も、ファラ・クロウントの連中も、今後一切俺に手を出さねぇってな」

「そ……そんなこと、で、きるかっ……」

「できるできねぇは俺に関係ねぇだろ、やれ! 中央の魔術師バカどもにも伝えんだよ、必ずな」

 ギストは腰を屈めてロスミーに顔を近づけ、真っ向からギラギラとした瞳で睨みつけた。

「この期に及んで足掻くんじゃねぇ!」

「わ、わか……った! わかった、から!」

 空いている左手でそろそろと喉元の石突きを掴もうとしていたロスミーは、静電気にでも触れたようにパッと手を放し、自分とギストの顔の中間で力なく振った。

 ギストは相手の動きを全く気にする様子もなく、唐突に話を変える。

「で? 俺を殺人鬼に仕立てあげた上に、力尽くででも連れてこいっつった大バカは誰だ?」

 完全に優位に立ったのをいい機会に洗いざらいロスミーから聞き出すつもりらしく、その物言いにキアノスはつい口を出してしまう。

「ギ、ギストさん、失礼じゃ……」

「てめぇも大概、人の話を聞いてねえな。俺の名前に『さん』つけんじゃ……」

「あ、あの! さ、さすがにファラ・クロウントの高位の方々に対して失礼じゃないかと! 何か理由があったなら聞かないと……」

 矛先が自分に向くのも怖いが、言いたいことは言ってしまう。そんなキアノスに対し、ギストは意外にも刺々しい表情を緩め、諭すように言った。

「お前な……この俺に向かって来いっつったら来ると思ってるんだぜ? バカとしか言いようがねぇだろうがよ。しかもわざわざ着せた濡れ衣は殺人鬼ときた!」

 嘲笑と共にためらいもなく発される言葉は、ギストがファラ・クロウントに何の敬意も抱いていないことを示している。

 キアノスは、改めてギストを見返した。

 全身を取り巻く黒い“色”は、相変わらず魔術を使っている最中のように“圧”としてもはっきりと感じ取れる。

 飾り気のない規定通りのローブに身を包み、《魔力媒体カタリスト》を除く武装が小型のナイフのみという姿は、模範的な魔術師の出で立ちだ。

 しかし、手にした大杖は、もはや殴打用の鈍器にしか見えない。

(規定色でのローブでも《はぐれ魔術師》ってことは……あり得るか! 独学の魔術師かもしれない。正規の学院を出ているなら、魔術師協会に憧れなり、畏れなり、何にもないっていうのはやっぱりおかしい! 魔術師になるって決められずにいた僕ですら、そうだった……)

「とにかく言え! 名前だけで許してやるからよ!」

 もはや恫喝といえる太い声に、キアノスはハッと思考を目の前の状況に戻した。

 ギストはいつの間にか、ロスミーの胸甲を長靴で踏みつけている。

 さすがのロスミーも命の危険を感じたらしく、挙動が怪しい。刃を失った剣を力無く握る手も震えている。

 しばしの沈黙の後、ロスミーの口が開いた。

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