第42話 これだから正義の魔王ってやつは

「バカ、何やってんだ」


 前に立ったステラに言い放つ。


「こんなの見過ごせるわけないわ」


 力強く言うステラに、王子が哀れむように眉を垂らした。

 

「妾だか使用人だか知らんが、主人思いで結構なことだ。だが私も鬼ではない。関係のない少女の死体を増やしたくはないのだ」


 ステラは王子の発言を鼻で笑った。


「関係ない? これを見てもまだそう言えるかしら」


 そう言うとステラは、あろうことか服の襟を掴んでわずかにずりおろした。

 そうすれば当然、鎖骨の下にある、赤い魔術刻印――魔王の名を継承したことを示す刻印が、白日のもとにさらされることになる。

 

「――――」

 

 さしもの王子も余裕の笑みを崩して絶句していた。

 

「ふん、無関係なのはベルガの方よ。あなたの三文芝居のダシにするなら私にして」


 毅然として言い放つステラ。俺は頭を抱えた。

 ……ああ、もう。これだから正義感の強い魔王ってやつは。

 さすがに派手にやられすぎたか。ステラを心配させてしまった俺の責任だな。

 自戒しつつ、黙って王子の出方を窺う。

 

「くくく、はははははっ!」


 半開きになっていた王子の口は三日月の形に変わり、そしてそんな悪趣味な高笑いを漏らした。

 

「面白い! 面白いぞ! 面白くなってきた!! 作戦変更だ。第一優先目標をこの少女に切り替える」


 言ってステラを指差す。そして王子の人差し指はそのまま俺の方にスライドした。


「この獣は貴様らで牽制しておけ。いずれにせよこいつには地獄を見てもらう必要があるのでな。くれぐれも殺さぬように。『竜卓十六鱗家』らしく、上品にことを運べよ」


 ……やはりこいつらが他の十六鱗家の連中か。道理で反則じみた攻撃ばっかり飛んでくるわけだ。

 十六鱗家の面々が、それぞれの得物を手に俺とステラを包囲する。それを尻目に王子がこちらに近づいてくる。

 

「ちっ」


 一体どう出ればいい? 王子は殺せないどころか、意識を失わせることもできない。からくりがあるとしても今はそれもわからない。

 それ以外にも強力な魔導武器の使い手が15人。全員殺すだけなら難なくやれるはずだが、そんなことをしてるうちに王子がステラを確保するだろう。

 ステラを人質に取られればどうにもならない。こっちは打つ手なしになる。

 ステラを引っ掴んで離脱? いや、ステラごと丸焦げかぺちゃんこかそれ以外の無残な姿にされるだけだ。俺はともかくステラの身が危なすぎる。

 ……八方塞がりだな、ちくしょうめ。

 

「貴様の正直さと潔さは、魔王にしておくには惜しい美徳だ」


 王子がステラの目の前に立つ。おとがいを上げ、ゴミを見るようにステラを見下ろす。


「だが、貴様は魔王だ。誰にも疑う余地のない、完全完璧な魔王討伐譚の舞台装置に過ぎないのだ。おとなしくついてこい」


 そう言って王子がステラの肩に手をかけようとした、そのときだった。

 

「――それは私の偽物だ。今すぐ武器を下ろせ」


 そんな鼻持ちならない声の主に全員の視線が集まる。玄関の前に立っていたのは、なんと王子と寸分違わぬ姿の何者かだった。

 

「……なっ!?」


 十六鱗家の誰かが驚愕の声を上げる。その一瞬、全員の意識が完全にドアの方に向いていた。

 

「――今ッ!」

 

 俺は床を蹴り、タックルするような形でステラを抱え上げた。

 そしてそのままドアの方へ突っ切り、居丈高に腰に手を当てる親愛なる王子様も引っ掴んで屋外へ離脱する。

 

「馬鹿どもが! あれはフローリアの身体操作魔術だ!」


 王子が怒鳴り散らすのを背に、俺は全力で王都の街へと駆け出した。

 

 

「よく私だってわかりましたね」


 通行人をかわしながら道を走っている中、左脇に抱えたフローリアが言う。すでに外見は普段通りに戻っていた。

 

「戦ってるときは頭が冴える」

「戦闘狂か何かですか」

「その通りだ」


 命のやり取りをしてるときが、一番生きてるって感じがする。少なくとも今まではそうだった。

 

「ねえ、どこに向かってるの?」


 ステラが不安そうに訪ねてくる。

 

「ふっ……ここではないどこか、かな」

「かっこつけてる場合!?」

「いやだって本当に行くあてとかないし今はとりあえず連中を撒くしかないだろ」

「そ、それはそうだけど」


 わかってもらえて何よりだ。

 

「いました! こっちです!」


 背後から大声が聞こえてくる。

 どうせ追跡に便利な能力の魔導武器やら魔術の使い手がいるんだろう。そう簡単に逃げ切れるものじゃないのはわかっている。

 やはりどこかで王子の取り巻きの連中だけでも片付けないとどうにもならないか。

 

「フローリア、この辺でお前ら2人がすぐに隠れられるような場所はあるか? 迎撃して向こうの数を減らしたい」

「すぐにはちょっと思いつきませんね……。それより、仮に迎え撃ったとして王子の方はどうなんです? 殺しきれそうなんですか?」

「いいや、まだ勝算はない」


 後ろを振り返る。王子様御一行はなおもストーキングを続けている。

 前を向いた瞬間、すれ違った通行人にフローリアの頭をぶつけそうになり慌ててかわした。それでもまったく動じずに考えごとを続けているフローリアには、少し頭が下がる。

 

「……戦うのは待ってもらえませんか?」

「別にいいがなぜだ?」

「十六鱗家の面々はさくっと片付くでしょう。ですが王子が生きてる限り、いえ、仮に殺せたとしても、このままでは私たちの『勝ち』にはなりません」

「どういう意味だ」


 フローリアが言うことを整理するような間をおいてから続ける。

 

「まず、『竜卓十六鱗家』の戦力が集まっているといっても、彼らを殺したからといって家そのものを滅ぼせるわけではありません。この場を制しても、あとに待っているのは他の大貴族たちによる、大義名分に基づく粛清です」

「返り討ちに遭わせるだけだ」

「そうでしょうね。それはつまり、延々と戦いが続くということです。いくらベルガさんが強いとはいえ、大量破壊兵器を持っているわけではありません。正直、そのような混戦となったとき、私には自分で自分の身を守り切る自信がありません。だから可能な限りそういった大規模な戦闘は避けていただきたいです」


 なるほど。正直でいい。

 実際ステラとフローリアを守りきれるかは微妙なところだ。

 俺の身に万が一のことがあるかも、とかいい出していたらこの場で放り出しておとりにしてもよかったが、自分の欲望に素直なやつは嫌いじゃない。

 

「ステラも同意見か?」

「う、うん。王国が総力を上げて挑んでくるとしたらそれっても戦争みたいなものだし、できれば関係ない市民の人は巻き込みたくないかな……」

「名君かお前は」


 ツッコミを入れた脳裏に、なぜか昨日俺に目を輝かせながら握手を求めてきた少年の姿がよぎった。

 ……まあ確かに、王都にも死ななくてももいいやつってのはいるか。

 俺は王国を滅ぼすとか王都を滅ぼすとか言っていたわけだが、具体的に何をどうすればいいかは深く考えていなかった。

 多分俺が滅ぼしたかったのは俺を否定し、追い出したやつらで、それはつまりあの王子に連なる権力者のやつらだということだ。

 それ以外のやつらは別にどうでもいい。邪魔さえしなければ生きてても死んでても構いやしない。


「いいだろう。とりあえずは勝算が見えるまで戦闘は保留する。ただやむを得ないときは躊躇なく戦闘に入るからな。例えば追い詰められたり――」


 と、言いながらT字路を曲がった俺は思わず絶句した。

 

「――行き止まり、か」

 

 振り返って反対側の道を確認してみるがそちらも行き止まりのように見える。

 このT字路に至る道を選んだ時点で失敗だったか。引き返そうと、もと来た道に出てみるとすでに一本道の先に王子たちの姿が見えていた。

 

「言ったそばからで悪いが、どっかに適当に隠れといて隙を見て逃げてくれ」


 曲がった角に再び入り直して、2人を道路に下ろす。

 こうなったらやるしかない。あとのことはあとで考える。さもないと、その「あと」すらなくなるわけだからな。

 2人を残して再び王子たちの迫る道に出ようとしたときだった。

 

「……待ってください。考えがあります」


 フローリアがそんなことを言い出す。

 

「なんだ?」

「大丈夫です。信じてください」


 そう言うと、フローリアは突然ステラの背後に回ると、足元でかがんだ。

 

「え、何、何?」

「動かないで。肩車します」

「ええっ!?」


 ステラの戸惑いなどどこ吹く風で、宣言通りフローリアはステラの股に頭を突っ込んでそのまま難なく持ち上げた。

 そして今度は俺の方を向く。

 

「私をステラさんごと肩車してください」


 ……その、親子か姉妹みたいな微笑ましい光景の中で迫真の表情を浮かべながら迫ってくるのは、シュールすぎるからやめてくれ。

 

「わかった。これでいいのか?」


 問いただすことはせず、急いでフローリアの股ぐらに首を突っ込んだ。

 

「あん」


 フローリアが変な声を出した。

 

「ちょっ、何してるの2人とも!?」


 ステラが素っ頓狂な声で騒ぎ立てる。

 

「肩車しようとしただけだ!」

「反射的に出ちゃっただけですよ。気にしないでください」


 俺はそのまま体を起こし、2人分の重さを肩の上に収める。

 

「ステラさん、これをつけてください!」


 そう言ってフローリアが、何かを上に放り投げた。それがなんだったかはよく見えないが、何か布のような形状に見えた。

 

「つ、つけたわ! それで!?」


 ステラが問いかける。耳に届く慌ただしい足音が明瞭になり始めている。

 

「唱えてください! フスィーナヴ!」

「え、何? フス……なんて?」

「フスィーナヴです!」

「ふ、フシーナーブ!」

「違います! フスィーナヴ!」

「え、どこが違った?」

「くっ……私が上になるべきでした」


 フローリアが悪態をついて自分の太ももを叩く。

 こっちにも衝撃がくるからやめてほしい。

 

「そこを左だ! 行け!」


 ……くそ、まずいな。

 

「おい、何かするなら早くしろ!」

「わかってます! ――ステラさん、よく聞いて! フ・スィー・ナ・ヴです!」

「フ……スィー……ナヴ……」


 王子と十六鱗家による殺気の塊が、今まさに目前の角を曲がろうとする。


「――フスィーナヴ!」


 ステラがようやくその謎の言葉を唱えた――が、目に見えるような何も起こらない。

 時を同じくして王子たちが一斉にこちらの路地に滑り込んでくる。

 必死の形相で息を切らしながら武器を持つ十数人の集団と、3段肩車の不審なオブジェが、1本の細い路地で向かい合っていた。


「……シュールだな」


 俺はあきらめて2人を降ろすため腰をかがめようとする。しかし上にいるフローリアが俺の肩を握って静止してきた。

 

「何を……」


 と言いかけたところで、俺はその奇妙な光景を目にすることになった。

 

「ど、どこだ……どこに消えた?」

「そ、そんなはずはありません。確かにほんの一瞬前までここに魔力反応が……」

「どういうことだボンクラども! この私を馬鹿にしているのか!」


 目の前にもっと馬鹿にしてる感じの建造物があるというのに、王子はまったく目に入っていないかのように取り巻きたちを怒鳴り散らしていた。

 

「……どういうことだ?」

「この前お見せしたローブですよ。気配を消せる」

「ああ、あれか」


 フローリアが夜這いをかけてきたときのやつだな。


「でも姿は消えてなかったよな?」

「ええ、ただ呪文を唱えると完全に存在を消すことができます。しかも肩車をしていれば長ーい胴体の1人とみなしてくれるので複数人でも隠れられるのです」

「寛大なローブだな……」


 まあそのおかげで助かってるわけなのであまり野暮なツッコミはしないでおこう。

 

「…………」


 改めてオロオロしている王子と『竜卓十六鱗家』の面々をながめる。向こうとしては狐につままれたような感覚だろう。

 だがそれを見てるこっちからすれば、要は死ぬほど間抜けな格好をさせられながら存在を無視されているという状態なわけである。

 ……うん、結構な罰ゲームだぞ、これ。

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