第5章 学院生失踪事件と彼らの答え

第38話 馬鹿と煙と少女は

 俺は考えている。いまだかつてないほど頭を悩ませている。

 俺にとってステラとはなんなのか。

 俺はステラと一緒にいるべきなのか。

 問題はつまりこの2つだ。

 前者の問い、すなわち昨日のステラの発言がいわゆる「告白」だったのはわかる。それに対しては、自分が相手をどう思っているかを話すことによって応えなければならないということも知っている。

 そしてもう1つはつまり、フローリアの問いであり、ステラがそうしたい希望だ。俺はこの問題に答えを見出さなくてはならない。


「んー……」


 戦いの絡まない考えごとはすこぶる苦手だ。思考のもつれと比例するように凝った背中と肩を伸ばす。

 上に伸ばした腕を下ろした瞬間、目の前数歩先の、何もなかった空間に突如としてステラの姿が現れた。

 

「あ、できた」


 第一声はそれだった。

 

「……転移魔術か?」


 さすがに一瞬面食らったが、すぐに察して尋ねた。

 買い物に使う麻の袋を胸元に抱えたステラがうなずく。

 

「うん、ちょっと遠くまで行ってみたから帰るのに使ってみようかなって」

「かなり上達したな」

「う、うん……自分で言うのもなんだけど結構頑張ってるよ」

「頑張りはどんどん口に出していいもんだ。次の頑張りの糧になる」


 ステラは照れくさそうに笑ってうなずいた。

 それから数秒俺の目を見つめ、目をそらすと顔を赤くしてうつむいた。

 ……気まずい。

 

「ちょっと散歩してくる。座ってると考えごとがはかどらない」

「あ、うん……考えごと」


 ステラはその内容を察したようで、ますます顔を赤くした。

 俺は自分の顔には異常がないか少し気にしつつ家を出た。


 

 王城から遠ざかるように歩いていると、人気のまばらな通りに出た。

 その道の端に植えられた木の根元に少年が1人立っていた。少年は木の上を見上げて何か声をかけていた。よく耳を澄ましてみると、少年の声とは別にすすり泣くような声も聞こえる。

 

「おーい、泣くなよー! もうすぐお前の父さん来るからな!」


 ……なんだ? 木としゃべろうとしてるのか? 

 いやいや、そんな頭おかしいことするやついるわけ……って俺だわ! めっちゃ神木としゃべってたわ。

 道なりに進んでいき、その少年と木の近くまでやってくる。

 少年はなおも木に声をかけ続けている。

 

「大丈夫かー?」

「無理ー! 死んじゃうー!」


 すすり泣くような声は気づけば甲高い悲鳴に変わっていた。 

 ステラのようなお人好しではない俺は、当然のように気にせず通りすぎようとしたが、目をそらす途中で少年と目が合ってしまった。

 

「――あ、あの!」


 面倒なことに少年は俺に声をかけてくる。

 

「……なんだ」


 低い声で威圧するように返事をする。少年は怯んだように肩を跳ねさせた。

 ……いたいけな子供相手にひどいって? 最高の褒め言葉だな。

 しかし少年は黙らなかった。


「と、友だちの妹が上って下りられなくなっちゃったんです」

「そうか。状況説明ありがとう」


 俺は片手を上げて一方的に話を切り上げて通りすぎようとする。

 

「たっ、助けてもらえませんか!? 今こいつの兄貴が父親呼びに行ってるんですけど、こいつすごく怖がってるから少しでも早く助けてやりたくて……」

「悪いが人助けの趣味はない」


 手をひらひらさせながら適当にあしらってまた歩きだす。今度は少年もさすがに何も言わなかった。

 外道上等。だが別に意地悪しているわけではないのだ。

 人に頼ってばかりではこの先苦労する。頼るとしても、せいぜい無償の愛を注いでくれる親兄弟だけにしておくが吉だ。いつでも見ず知らずの人間が手を差し出してくれるなんて思うべきじゃない。

 なんてことを考えて、肩をすくめたときだった。

 バキバキッ、と木の枝のきしむ音がした。

 

「お、折れちゃう……! 落ちる! や、やだっ!!」


 恐怖に震えきった泣き声に、思わず足が止まってしまった。

 

「だ、大丈夫か!?」

「だいじょぶじゃない!! お兄ちゃんとリケルのバカーっ!」

「わ、悪かったって! 馬鹿にしてごめん! 本当に登れると思わなかったんだ」


 ……なるほど。兄貴とその友だちに登れないだろ、と煽られて無理した結果こうなった、と。

 うん、本人も兄貴もその友だちもまったく同情の余地はないな。

 また俺が足を踏み出そうとしたところで木が先程よりも大きな音を立てる。

 

「――やっ、やぁ……死んじゃうよぉ……!」

「だ、大丈夫だ! 俺が受け止めるから!」


 勇ましくも両腕を広げる少年。

 その体の大きさで無茶を言うものだ。腰を打ったら歩けなくなるかもしれないし、頭を打ったら死ぬかもしれない。万事無事で済むということはまずないだろう。

 ……ま、俺の知ったことじゃないがな。


「う、うぅ……ぐすっ、ひっく……うえぇ……」


 泣き声が一層激しくなり、前へ進みかけた右足が止まる。


「ふえぇ……ひぐっ、ぐずっ……うぅ……」


 なんでこう、子供の泣き声というのはやたらと不快な感情を煽ってくるんだろうな。聞いてるだけでイライラしてくる。


「ひっく、うぇ……お父さん、お兄ちゃぁん……」


 ……ああ、腹が立つ。

 世の中のまともな人間ってやつらは、なんで幼いってだけの理由で庇護してもらえると思ってるんだ。他の子供が泣くことすらできず餓死していくのを横目に、必死で生き残ってきた人間だっているんだぞ。

 

「うう……ふぇ……ぐすっ、うわぁん……」

「だーっ、もう! うるせえな!」


 この世の終わりのような金切り声に耐えかね、俺は頭をかきむしって叫んだ。


 踵を返して木の根元に近寄ると、樹上を見上げ女の子の姿を認める。俺は鋭く睨みつけながら怒鳴り散らした。

 

「飛べ! 今すぐ飛べ!」

「うぅ……無理! 無理だよぉ!!」

「いいから飛べ! さもないとこの木を根本から叩き折るぞ!」

「無理だってばぁ……!」


 なんだと? 神木に音を上げさせた俺の正拳をなめるなよ。ああ、いや、そっちの無理じゃなくて自分の方か。

 

「どこに飛んでもキャッチしてやる! それが嫌ならお前の兄貴の友だちを代わりに地面に叩きつけるぞ! 頭から!」

「え、俺っ!?」

「そうだ! おい、こいつがどうなってもいいのか!?」


 俺は少年の首根っこをつかんで女の子に見せる。ちらりと見下ろした女の子の顔がさらに恐怖に歪んだ。

 ……なんで俺人質なんてとってんの?

 

「や、やめてよぉ……!」

「やめてほしければすぐに飛べ!」

「無理ぃ……!」

「ほう、お友だちに最後にかける言葉はそれでいいのか?」

 

 言ってさらに木の方に少年を押し出す。木の上の女の子は泣きそうな顔でそれをしばらくじっと見つめる。

 

「お、俺は大丈夫だから……! 木の上よりこの人の方が1万倍くらい危ないような気がするけど多分大丈夫だから……!」


 かわいそうに少年はガタガタ震えていた。

 女の子の表情が恐怖にしかめられ、しばらくそのままで固まる。

 もうひと押ししてやろうかと手に力を込めようとした瞬間、女の子はきゅっと目をつぶり歯を食いしばった。

 

「……と、飛びます!」

「よし、よく言った。さっさと――」


 俺が応じたその瞬間。

 

 ――バキバキバキッ!!

 

 木の枝が、根本から折れた。

 

「きゃあああああっ!!」


 枝にまたがった状態で悲鳴とともに落下する女の子。

 俺は少年を離して即座に落下点に入る――いや、このまま下手に受け止めると枝が折れて刺さったりする危険があるか。

 

「――ちっ」


 俺は瞬時に跳躍し、壁蹴り飛びの要領で幹を蹴り上げて斜め上へ勢いよく飛んだ。降ってくる女の子と交錯したところで、枝を置き去りにして女の子だけ拾い上げる。そして、そのまま一緒に短い放物線を描いてから着地した。

 

「……はあ」


 俺は木から少し離れた路上で女の子を抱えながらため息をつく。それから、棒きれでも地面に立てるようにその女の子を無理やり地面に立たせた。

 

「あっ、えっ……今、何……?」

「……へ?」


 困惑する女の子とあ然とする少年。

 まったく、無駄な体力使わせやがって……と、言いたいところだが今回は俺が悪い。子供の泣き声なんぞに気を取られた俺の不覚だ。まだまだ精神修養の方が足りなかったようだ。

 俺は顔をしかめて盛大に舌打ちする。

 

「覚えてろよ、クソガキども!」


 俺はそんな捨て台詞を残し、その場をあとにした。

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