第27話 決闘・鋼鉄の嵐(2/2)

  わずらわしい蚊のような剣閃をかわしながら考える。

 

「…………」

 

 あれは、明らかにゼルバートが振るった剣による斬撃ではなかった。つまりあいつの攻撃は……少なくともあの嵐のような剣閃は、あいつの剣の動きとは無関係だということだ。

 では、あれはなんなのか。

 結界魔術なんかの可能性は……いや、魔導武器以外に魔術を使うのは禁止か。だが反則を犯していないとは言い切れないな。権力を握っている側なんだから、いろいろと都合よく道理を捻じ曲げている可能性もある。

 しかし、反則の可能性を考え出すと客席やどこかに隠れた仲間がこっそり攻撃をしかけているとか、そんな可能性すら捨てきれなくなる。

 仮にそうだったとしても、魔術の原理に関しては明るくない俺がこの状況から不正な魔術の使用の痕跡を突き止めて立証するなんて現実的ではない。

 あくまで、あの剣によって引き起こされた現象だと仮定して考えよう。

 

「そもそも、だ」

 

 ……あれが剣じゃないって可能性もあるか。

 剣の形をした杖。斬撃という現象を引き起こす杖。剣の形や、剣のように振り回すのは相手の認識を撹乱するするためのカモフラージュということだ。

 無詠唱で、しかもタイムラグなしの杖による斬撃の発現というのはあまり現実的ではない気がする。しかしSクラスの固有能力なら、発生させる現象を斬撃に限ればその域に到達することも不可能ではないのかもしれない。

 

「……いや」

 

 でもそんな強力な杖なら、撹乱のためにわざわざカモフラージュなんてする必要あるか? 

 結局モーションがいらないなら、どちらにしろ相手は予測できないわけだ。わざわざあんなに小回りの利かない形状にしてまで、余計に撹乱する意味があるとは思えない。

 普段携行してるのがAクラスの魔導機剣なのも、この持ち運びにまったく適していない形状のせいかもしれないと考えると……。

 

「メリットとデメリットがまったく釣り合ってない」

 

 決闘でのわずかな撹乱効果の向上のために、圧倒的な力を持つ武器の日常的な携行をあきらめるか?

 俺だったらそうしないし、こいつもそこまで馬鹿ではないだろう。

 するとあの大きさは、撹乱以上の意味があるか、あくまでそうする必要があってのことだと考えるのが自然だ。

 あるいは、単純に考えるならあれはもとから2本の双刃剣だという可能性もある。必要というかそもそもがそういうもので、カモフラージュも何もしていないということだ。

 

「……でもやっぱり、剣っぽくはないんだよな」

 

 これは多くの闘技や決闘を見た経験から来る見立てだが、あれは剣の魔導武器ではないような感じがある。

 剣の魔導武器の固有能力は、あくまで振るった一太刀を起点にするものが多い。つまり一閃を何倍にも増やしたり、それこそ斬撃が空間を跳躍したりということだ。実際の一太刀が、あとに起きる現象において影も形もないというのはあまり見たことがない。

 

「…………」

 

 ここは一旦あれが杖やそれに類する剣以外の武器だと仮定して考えてみよう。

 それなら杖を剣に偽装する理由は? そうする必要があってやむを得ずなのか、何か相手の撹乱以上の意味があってあえてのことなのか。

 でもあんなに持ち運びに不便な形状の剣にするほどのメリットなんて――と、考えたところでひらめきが訪れた。

 

「もしかして――」

 

 ――不便であるように見せかけたかった、とか?

 つまり、形状のせいで携行できないのだと思わせたかったということだ。

 もし本当にそんな嘘をついたのだとしたら、携行しない、携行できない本当の理由があるということになる。

 では、その嘘の合理的な理由で隠したかった真の理由とは何か。

 

「……あの魔導武器は、この闘技場でしか使えない?」


 ……あり得るな、これ。

 頭の中で駆け巡った稲妻が像を結び、頭の中で1つの仮説が組み上がった。

 とにかく試して見る価値はある。多少の危険はあるが体は保ってくれるはずだ。

 

「――ふッ」


 覚悟を決めた俺は、今までより一際強く地面を蹴った。ただし今回は――垂直方向、上方へと。

 ゼルバートは俺の姿を見失い一瞬戸惑いを見せたが、すぐに上空の俺に気づき顔を上げた。空中では逃げ場がない。斬撃が襲ってくればもろに食らうことになる。

 しかし、ゼルバートは剣を止めて俺を見上げているだけだった。


「やはりそうか!」


 俺は仮説が正しかったことを確信してそのまま真下に落下していく。

 地面から2メートルのところまで近づいたところで、待ち構えていたようにゼルバートの刃が翻された。

 再び俺の体を鋼刃の嵐が襲う。俺はそれに構わず体を一回転させ、大地に向けて踵落としをお見舞いしてやった。

 

 ――ドゴォンッ!

 

 爆発音のような轟音と土埃が上がる。騒然とする場内。やがて土の濃霧が風にはらわれて現れたのは、巨大なクレーターと、その中心に立つ俺の姿だった。

 

「……ったく、人の体こんなにボロボロにしやがって」


 顔にべったりとついた血を腕で拭おうとしたが、その腕の方もあちこちから出血しているので無意味どころか逆効果だった。

 

「な、何を……」


 ゼルバートが困惑するように言って、再び剣を構える。

 そして剣をふるおうとしたその瞬間、顔を真っ青にして目を見開いた。

 

「――ま、まさか貴様!!」


 口をあんぐり開け、動揺に揺れる瞳で俺を見据えるゼルバート。剣を振るうどころか、攻撃する意志を失ってしまったかのようだった。

 

「どうした? 哀れな無魔力者を切り刻むのがかわいそうになってきたか?」


 俺がからかうように言うと、ゼルバートは顔を怒りに歪めた。それでもやつの必殺の魔導武器が再び舞い始めることはない。

 だから俺は言ってやることにした。

 

「それとも――地中に前もって斬撃を刻んでおくことは、さすがの貴族様でもできなかったか?」

「――っ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」


 ゼルバートは俺の言葉をかき消そうとするように、みっともなく大声を張り上げる。地面を踏み鳴らし、あからさまに苛立ちを募らせる。

 これ以上ない答え合わせをありがとよ、親愛なる義兄殿。


「くくく……」


 さて、それでは種明かしといこう。結論から言うと、実際にはあれは剣だった。

 ただしその剣は今この瞬間ではなく、戦いが始まるその前に特殊性を発揮する類のものだったのだ。すなわち、「斬撃の事前設置」である。

 おそらくあの剣は、虚空を斬りつけることでそこに斬撃を刻みつけることができる。そしてそれは使用者の任意のタイミングで、同じ場所、同じ軌道、同じ強さで再現することができるのだ。

 だから今この瞬間の剣の動きは、襲い来る斬撃の中にはなんの痕跡も残さなかった。そのため、あたかも剣以外の何かによるものであるかのように思われたのだ。だが実際には過去に振るった一太刀を起点とする能力を持つ、剣の魔導武器だった。

 つまりあいつはこの闘技場に無数の罠を張り巡らせていたわけだ。それゆえに今振るっている剣の動きとまったく関係なく、嵐のようなあり得ない数の剣閃を見舞うことができた。

 だからこそこの闘技場の外では十分に効果を発揮できず、その発覚の恐れがあるため外では使用できなかったのである。


「ほら、俺はここだぜ。ご自慢の魔導武器でズタズタにしてみてくれよ。まさか、できないなんてことないだろ? なんてったってSクラスだもんなぁ? しかもこっちは無魔力だぞ?」

「……ちぃっ」

 

 明らかに平静を失っている中でも、むやみに飛び込んでくることはしてこなかった。冷静なのか臆病なのか。どちらにせよその方が面白い。飽きるまでたっぷりとおちょくってやろう。

 俺はゼルバートに背を向けると、尻を突き出してペシペシ叩いてみせた。

 

「おーい、かかってこいよー」


 言いながら自分の股の間から顔を出して、あっかんべーをする。


「どうしたー? お漏らしでもして腰が抜けたかー?」

 

 尻を叩く手を一本増やして、リズミカルに連打してみる。

 逆さまになったゼルバートの顔は今にも噴火しそうな火山のようになっていた。


「はあ……ビビリの坊っちゃんのせいで暇になっちまったな」

 

 俺はつぶやいてその場にあぐらをかいた。そして大きなあくびをしてからごろりと寝転がる。おまけにもう1つ大あくび。

 観客席は今や、ひそひそとささやき合う声と怒号の入り交じる異様な状況になっていた。

 

「なにやってんだ、早くやっちまえ!」

「プライドはないのか!」

「所詮は新興貴族ってことかぁ!?」


 俺たちを隔てるこの距離では聞こえるはずもないが、ゼルバートの歯ぎしりする音が聞こえたような気がした。俺は笑いをこらえるのが大変だった。

 

「じゃ、また戦う気になったら呼んでくれよ。俺は寝るわ」


 ごろりと寝返りをうつと、ゼルバートに背を向けて横寝した。地面に肘をついた腕で頭を支えながら、これみよがしに尻をかく。

 

「――あああああああああっ!! 貴様あああああああああああああ!!」


 丁重なご挨拶に喉を枯らしながら、ゼルバートが突進してきた。

 最後の最後までこけにしてやりたかった俺は、立ち上がるのに脚ではなく腕を使った。つまり、逆立ちしてゼルバートの突撃を待ち構えることにしたのだ。

 

「死ねえええええええ! クソ猿がああああああああああ!!」


 そんなことを言いながら自分は猪のように突っ込んできたゼルバート。

 俺は片手で体を支え、その腕を軸に全身をひねって溜めを作る。そしてやつが間合いに入った瞬間に竜巻のように体を高速で回転させ、横薙ぎの蹴りをあごにお見舞いしてやった。

 

 ――バゴォッ!

 

 会心に手応えに違わず、ゼルバートの体は矢のように直線的に吹っ飛び、観客席の足元の壁に激突した。一瞬壁に貼りついたゼルバートはすぐに地面に落ち、無様に脱力して転がった。

 そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなる。誰もが呼吸を忘れてしまったかのような静寂が、会場全体を包んでいた。

 

「……ゼ、ゼルバート・ウォズライン、戦闘不能! よって本決闘の勝者は、ベル・ウォズライン!」


 進行役がしじまを破って高らかに宣言する。客席では歓声の代わりに、驚愕と動揺の色濃いざわめきが荒波のようにうねっていた。

 

「……ちっ、思ったより手間だったな」


 俺は血にまみれた体を見下ろして、大きなため息をついた。

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