第25話 子はかすがい

 数分後、目を覚ましたステラは体を起こして周囲を見回した。

 

「あ、あれ、私……」


 と戸惑ってから、突然表情を明るくする。

 

「も、もしかして夢!?」


 フローリアがステラに向けて左手を差し出した。ステラはそれを見た瞬間死んだ魚のような目になる。

 

「おやすみ」


 そしてそれだけ言い残してまたソファに倒れ込んだ。

 死んだ魚そのものになった。

 

「おいステラ、話を聞けって」


 俺はステラの方に歩み寄っていき、軽く肩を叩いて言う。

 

「きーきーたーくーなーいー」


 俺はいわばステラの保護者だ。世間では親の交際や再婚については複雑な感情を抱く子供も多いという。俺には子供はもちろんいないし、親の顔を見た覚えもないからわからないが、きっとステラもそういう感じなのだろう。

 

「俺も不本意ではあったんだ。貴族の権力争いの片棒を担ぐのなんて嫌だからな。でもフローリアのやつは思ってたよりはまともだった。全然まともじゃない、という意味で」

 

 ステラはのっそりと起き上がってじっとりと俺をにらみつけた。

 

「ふーん、いつの間にか随分仲よくなったのね」

「そういうことじゃない。決め手になったのはこいつの兄貴の婚約者なんだ。正確にはその父親。そいつが王都から俺を追い出した張本人なんだよ」


 俺が言うと、ステラは少し目を丸くして何度かまばたきをした。

 

「そ、そうなの?」

「ああ、俺がフローリアと結婚して次期当主の座を懸けた決闘に勝ち、フローリアの兄貴を潰せればそいつの成り上がりもパーにできる」

「じゃ、じゃあ……お互い好きになったからってことじゃないの?」

「断じて違う。そもそもフローリアは、もう結婚相手に王子様とか求めてないと言ってる。だからこの前の強盗一件のせいでフローリアが、俺のことが好きかもしれないみたいな変な錯覚に囚われたのももう関係ない。な?」


 俺が確認するようにフローリアの方を向くと、フローリアは団子になった苦虫を噛み潰したようなひどい顔をしていた。

 

「苦死んでください」

「……なんで苦しめって言われただけなのにこんなに命の危険を感じるんだ」


 なんというか……言葉に凶器を忍ばせたような、そんな不気味な恐怖感があった。

 妙に不穏な空気になったところでステラが割って入る。

 

「と、とにかくベルガも不本意ならその元凶の人を痛い目に遭わせたらさっさと離婚しちゃえばいいってことでしょ?」

「それがそういうわけにもいかない」


 言いながら俺は薬指の指輪を見せる。

 

「もう見せびらかさなくていいってば」


 ステラは汚物を避けるようにしっしっと手を振る。

 

「違う。これがどうやら呪具らしくて、フローリアから一定の距離より遠くに離れられないんだ」

「え、なんでそんな面倒な契約を?」

「いや、完全にフローリアの勢いに飲まれて……」


 俺が釈明するとステラは盛大にため息を吐き出した。

 

「あのね、ベルガ。世の中では、男の人がそうやってだらしないせいでたくさんの不幸な子供が生まれてるのよ?」

「どういう意味だ?」

「えっ? だからそれは、その場の雰囲気で愛してるわけでもない女の人とセッ――」


 ステラがフリーズした。

 

「セッ?」

「いや、だから、その、セッ……エッ……せ、せい……せいこ……性交渉? を持ったせいで無思慮に子供が作られて、捨てられたり死んだりしちゃうことがある……わけよ」


 赤くなった顔を俺からそらしながらボソボソと説明する。

 そういうことか。もしかすると俺もそうやって不幸にされた子供の仲間かもしれない。別に俺は不幸だと思っちゃいないが。

 

「あっ、その手がありました!」


 名案が浮かんだみたいな明るい声と手をたたく音が聞こえた。

 声と音の主の方を見ると、フローリアが危ない笑みを浮かべていた。

 

「ベルガさん、今晩からこの部屋は使用禁止になりましたので別の部屋に移ってください」

「は? なんだ急に。別の部屋?」


 爛々と輝く目でうなずくフローリア。


「はい、具体的に言うと中から鍵のかけられない部屋です。あとダブルベッド付きの」


 そう言ったフローリアの目は、超一流の狩人をも上回る鋭い光を放っていた。

 間違いない。狙われている。意味は全然わからないし俺の何が狙われているのかもわからないが、何かものすごい迫力で狙われている。


「ちょっ、私の話聞いてた!?」


 ステラが憤慨したようにフローリアに向かって叫ぶ。

 

「もちろんです。指輪だけでは心もとないと思っていたところです。アイデアのご提供、心より感謝いたしますね」


 優雅な仕草で会釈して、言う。相変わらずお嬢様モードは腹立つな。


「……まさかここまでとんでもない人だったなんて」


 ステラが眉間を指でつまみながら首を振る。

 だから俺は最初に服を押し付けてきたときそう言ったのに。

 

「まあそれは冗談……というわけでもないんですが、とりあえず今はもっと大事な話をしましょう」


 呆れるステラと困惑する俺をよそに、唐突に真面目な顔になったフローリアがそんなことを言い出す。

 

「大事な話?」

「はい。お兄様との決闘の話を。まだ日取りは決まっていませんが」


 そうだった。ただコテンパンにしてやればいいって話じゃないんだよな。なんか貴族っぽい手続きに則らないとあいつらを引きずり下ろすことはできない。

 

「なんかルールとかあるのか?」

「行われる場所は闘技場。正式な決闘の場合、他のいかなる場所も認められません。持ち込んでいい武器は1つのみ。その他の魔術は使用禁止。時間無制限。一方が負けを認めるか、明らかに戦闘不能と認められる状態になるまで続けられます」

「殺しは?」

「ありですが身内殺しはあとあと風当たりが強くなるので今回はなしで」

「約束はできんな」

「ベルガさんほどの実力でできないということはないでしょう」


 にやりと笑って牽制してくる。本当に食えないやつだ。

 

「兄貴が使うのは腰に提げてる長剣か?」


 記憶からフローリアの兄貴の格好を掘り返して聞く。しかしフローリアは首を横に振った。

 

「いえ、あれはただのAクラスの魔導機剣です。決闘のときはSクラスの固有魔導武器『遍在する幻惑の四刃ユビキタス・クローバー』を使います」

「固有武器か……」


 魔導武器のSクラスは、Aクラスの魔導武器が使い手との関係性の中で固有の能力を発現させたときに認定されるものだ。

 固有能力自体は低いクラスでも発現することはまれにある。当然それはそのクラスなりの規模の能力になるが、Sクラス認定を受けた固有武器は「不可能を可能にする」レベルの代物だ。なめてはかかることはできない。


「どんな武器だ」

「少し特殊な形状をした剣です。いわゆる双刃。柄の一端だけではなく両端に刃のついた剣で、さらにそれを両手に持ちます」

「……つまり、刃は合計で4本ってことか?」

「そういうことです。問題は、その刃は離れた相手を切り裂くことができるということです」


 なるほど。それが固有能力というわけか。


「衝撃波とかかまいたちとか、そういうのか?」

「いえ、違うようです。本当に刃が相手の目の前にあるかのように、一切のタイムラグなく切りつけられるとか」


 ……じゃあ文字通り、離れた相手を剣の刃で切り裂けるってことなのか?

 

「それこそが決闘において最強とささやかれる理由ですね。飛び道具より速い剣。決闘の開幕と同時に動けばほぼ確実に機先を制することができる。あとはもう完全にお兄様のペースです。両手の剣をバトンのように止めることなく振り回し、どの瞬間に斬撃として襲ってくるのかわからないようにする。相手は完全な回避も、有効な反撃に移ることもできなくなり、やがて心身のどちらかが疲弊しきって負けを認める。それが基本パターンです」

「なぜさっさと終わらせずに追い詰める?」

「相手であっても敵ではありませんからね。重傷を負わせると相手やその家との間に軋轢が生じる……というのは建前で、本音はまあ……」


 フローリアは一端言葉を切って肩をすくめた。


「私の兄ですから、といえば伝わりますか?」

「なるほど。悪趣味だな」


 相手が苦しむ姿が見たい。負けを認める無様な瞬間が見たい。つまりそういうことだろう。


「で、斬撃は目には見えないのか? 要するに刃を空間移動させてるわけではないのかってことだが」

「目視はできません。ただ、空間移動をさせた上で刃が見えないよう隠蔽しているという可能性はあります」

「間に障害物がある場合は?」

「刃自体は届きます」

「じゃあ、とんでもなく長い剣ってことでもないわけだな」

「ただ、見えていないものを正確に切りつけられるわけではないようです」


 そうなのか。だからといって俺には闘技場の土で砂嵐や壁を作るような魔術は使えないわけだが。まあどっちにしろ魔術は使用禁止か。


「そんな便利な武器があるのになぜ普段は魔導機剣なんか提げてる?」

「持ち運びに不便で、背負ったりすると貴族として、騎士としての見栄えが云々とか言っていましたが」


 フローリアは真面目な顔で肩をすくめる。

 そんな強力な魔導武器なのにもったいないことだな。

 

「まあいい。手こずる可能性はあるが負けは絶対にない」

 

 実際、確かに結構手強そうではある。あとは実際に対峙してみて攻略方法を考え出していくしかないだろう。

 ……くくく、今からやつの絶望する表情を見るのが楽しみだな。

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