第7話 シャル・ウィ・二人暮らし?

 ステラが泣き止んだのは、それから5分ぐらいが経ったあとのことだった。

 

「……私、泣いてないから」


 そして第一声がこれである。

 

「……はい?」

「私、泣いてないから」

「いやどう見ても……」

「泣いてない」

「そう言われても……」

「泣いてないったら泣いてないの!」


 親の仇でも見るように鋭く俺をにらんで言い放つ。祖父の仇に近い者ではあるからあながち間違いでもないわけだけど。

 ステラは念を押すようにドスの利いた声で詰め寄ってくる。

 

「私は泣いてない。いいわね?」

「……オーケー、わかった。ステラは泣いてない」

「そう、私は泣いてない」

「……いやでもやっぱりちょっとは――」

「泣いてないっ!」

「はい泣いてないです」


 ピシャリと断言されてつい押し切られてしまった。魔王恐るべし。

 

「わかったから話を進めよう。なんでいきなり泣き――」


 ギロリと目を剥いて威圧された。

 

「……なんでいきなり……目から、その……ええと……アレが?」

「変にぼかすと卑猥なものみたいだからやめて!」

「……なんでいきなり目から……体液が?」

「間違ってないけどこの流れでそれはアウトよ!」


 ……じゃあ一体どうしろというのか。

 俺は抗議するように細めた目でステラをじっと見つめる。ステラは気まずそうに目をそらしてはまた俺を見て、というのをなんどか繰り返してから大きく1つため息をついた。

 

「……わかったわよ。認める。認めます。私は泣いてました」


 あからさまにいじけて、つぶやくように言う。

 

「うん、それでなんで泣いてたんだ?」

「……だって、心細くて」

「心細い……。独りになったことがか?」


 ステラはますます憮然としながらもかろうじてうなずく。

 

「ずっとあそこに籠もって生きてたのよ。いきなり外に放り出されたってどうすればいいかわからないわ」

「それは……確かにそうだな」

 

 つい自分を基準に考えてしまうが、人間だっていきなり山の中で独りで暮らしを始めろと言われてすぐ順応できるやつばかりではない……というか、俺の方が特殊なのか?


「じゃあ俺についてきてたのもそれで?」

「まあ……そういうことね」


 それは悪いことをしたな。この先に不安がある中で頼ろうとしてついていったやつを見失ったとなると、泣きたくなるくらい心細く感じるというのもわかる。

 俺は腕を組んで低く唸った。

 

「うーん……」


 とはいえ、ステラのために俺がしてやれることなんて思いつかない。

 山の中に小屋を建ててやる? 残念ながら俺にそんな技術はない。

 じゃあ王都まで連れて行くか? いくら魔王らしからぬ善良な心根の持ち主とは言え、魔王は魔王だ。何かの拍子に住民たちにばれたら大事になる。

 そもそも自前の魔術でどうにかできないのか……って、さすがにできたらやってるか。

 いや、でもパニックになってるときっていうのは当たり前のことになかなか気づかなかったりするからな。一応確認はしてみるか。

 

「――ねえ、ベルガ」


 俺が口を開こうとするより一瞬早く、ステラの方が声を発した。

 

「うん?」

「私、ちゃんと魔王になるわ」

 

 発言の意味がわからず一瞬固まってしまう。

 

「え?」

「だから、ちゃんと魔王やるって言ってるの。ベルガは私が魔王だから組むって言ったんでしょ? それなら、私がベルガに必要とされるようになれば全部解決するってことじゃない」


 俺が必要とする? なんか話が逆になってないか? 俺はステラが人間に敵対するなら喜んで力を貸すっていう意味で言ったんだが。

 いや、そもそも……。


「なんで俺がステラを必要とすると解決するんだ?」


 俺がステラを必要とするとしても、雇ったり契約するのに提示できるような対価は俺にはない。金もない。家もない。戦闘以外は何もないから人材としても貢献できない。俺に必要とされることでステラにメリットがあるとはまったく思えない。

 ステラは「なぜそんなことを聞くのか」とでも言いたげに小首をかしげた。

 

「だって、そしたら……」


 しかしステラはそこで言いよどんで、次第に顔を赤くしていく。それから俺の目を見つめて唇を一文字に結んだ。今まで気にしたこともなかったが、黒目がちな瞳は、吸い込まれそうなほどきれいだった。

 そしてステラはゆっくりと視線を斜め下に落として、消え入りそうな声で言った。

 

「そしたら――一緒にいてもいいでしょ?」


 ステラの発言の意図がわからず、俺は口を半開きにして固まってしまった。

 一緒に……いる? 一緒に? 一緒にっていうのはどういう意味だ? ステラは人間に戦いを挑むわけじゃないんだよな? それならこの俺に何をすることを期待してるんだ?

 

「一緒にいて……何をするんだ?」


 ステラが赤い顔のまま照れとも戸惑いともつかない顔でまばたきを繰り返している。

 もはや困惑のキャッチボールだ。会話が噛み合わなすぎてお互いに未知の生命体でも見るような顔になっている。

 

「それは、その……ご飯食べて、おしゃべりして、夜になったら寝て――って寝るって変な意味じゃないからね!? あくまで普通に! 普通に睡眠を取るって意味で!」

「お、おう」


 ただでさえ混乱してるところにそんなに畳み掛けるように言われても困る。

 でもステラの言ってる通りのことをするとなると、それはつまり1日中一緒にいるってことになるんだが……。

  

「あ、え、もしかして一緒に生活するってこと?」

「いや他に何があるのよ……」

「え、え……? なんで? それでなんかステラにいいことあるか? ステラは俺と一緒に生活したいのか?」


 俺が言うと、ステラはそのまま爆発するのではないかというくらいの勢いで急激に顔を赤くした。

 

「ち、違っ、そういうことじゃなくて……いや、したくないってわけでもないんだけど、ああ、でもそういう意味じゃなくて…………もう、バカっ!」


 罵られた。当初の予定では罵られ殴られるつもりでいたわけだけど、このタイミングで罵られるとは思ってもみなかった。

 

「……すまん。馬鹿なのは認めるから、俺と生活を共にした方がいいと考える理由を極力わかりやすく教えてくれるか?」 


 ステラは気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、顔の火照りが収まるとわざとらしく大きな咳払いをした。


「だから、情けない話だけど私じゃ食料もろくにとれないし、このままじゃ餓死しそうだから助けてって言ってるのよ……。でもそんな一方的に施しを受けるような関係は恥ずかしくて嫌だから、ちゃんとベルガの役に立てるようになるって意味で魔王になるって言ったの」

「あー……なるほど、そういうこと」


 その発想はまったくなかった。今お詫びとして何かを「してやる」ということは考えていたが、今後しばらく何かを「し続けてやる」というところまでは全然考えていなかった。

 それは単純に、まず俺がほとんど誰かと一緒に生活したり、誰かに助けられたりしたことがないという過去に原因があると思う。

 それと、そもそも基本的に自分以外は誰も信用してないし好いてもいないから、誰かと継続的に関係を持つのを避けたいと普段から考えているせいもあるだろう。

 ……でも、今回はそうも言ってられないか。

 ステラがこういう状況に置かれてるのは俺の責任なわけだし。それに今のところステラに対してネガティブな印象は持っていない。これならまあ、別にやりようによってはどうにかできるか。

 

「よし、わかった。一緒に暮らそう」

「……『一緒に暮らそう』」


 ステラはまたしても唐突に赤面していた。

 

「俺、なんか変なこと言ったか?」


 度重なる意思疎通の失敗に困り果てつつある俺が問いかけると、ステラは我に返ったように首をブンブン振って否定した。そのまま頭が空に飛んで行きやしないか不安になる勢いだった。


「ううん! 言ってない! 全然! むしろいいこと言った!」

「……いいこと?」

「あああ、それも違う、違うから! 変なのは私! 私が変なこと言った!」


 頭に加えて両手も振り乱し始めたせいで、上半身の残像がすごいことになっていた。腕8本に頭3つ。ちょっとした怪物である。

 

「よくわからないが、これでいいんだな?」

「うん、ありがとう。私もちゃんと頑張るから」


 別に魔王になるのが不本意なら頑張らなくてもいいんだが。まあそういう話はまた追々していこう。

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