第15話 利害

「私の目的……。シャドウ・スコーピオンの捕縛……」



 辺りはすっかり夜だった。ラクラク峠を越え、もうすぐビュレットの街に着くというところでなぜかトラマルは野宿をすると言い出したのだ。疲れきっていたリアは特に反論する様子もなく、トラマルの意見に従った。


 焚き火の側で、リアは膝を抱えてうずくまった。



「お前、いい加減立ち直れよ。たかが聖剣だろう? 別に聖剣がなくてもお前は『勇者』になれないさ」


「あんたがそれを言う!? 確かに、私は『勇者』にふさわしくないかもしれないけど……。せめて、みんなに馬鹿にされないくらいには期待に応えたかったのに……」


「大丈夫だ。すでにみんなに馬鹿にされているから」


「馬鹿にするなぁー!」



 リアは夜空に叫ぶように大声を出した。遠くの山に反響し、山彦として何度も同じ言葉が聞こえてきた。



「それで、お前はこれからどうするんだよ。いくら俺を倒すことが出来たとしても、聖剣を失くしたとなれば罰は免れないぞ」


「うぐぐぐ……。き、期限は三日だもん。あと、二日あるし」


「二日以内に俺を倒し、シャドウ・スコーピオンのリーダーも捕まえる、か? そんなことをしなくとも、シャドウ・スコーピオンのリーダーも俺と同じ〈影の一族〉だぞ?」


「え?」



 リアの顔が、一瞬で驚愕の色に変わる。つまり、無理にトラマルを倒さなくとも、シャドウ・スコーピオンのリーダーであるサイゾウを倒せば、リアの目的は二つ同時に達成されるのだ。



「そうとわかれば、すぐにでもシャドウ・スコーピオンの地下に戻りましょう! すぐにそのサイゾウっていう男を捕まえて見せるわ!」



 リアは錆びた剣を手に取り、すっと立ち上がった。



「まあ、サイゾウのことだから、もうあの場所から撤退していると思うがな。俺たちのような敵にアジトを発見されたまま放っておくなんて、考えられない」


「おおう」



 意気込んだ瞬間に水を差され、リアはこけそうになった。



「そ、それなら、私にどうしろっていうのよぉ」


「知るか。勝手にすればいい。俺はお前の親でも恋人でもない」


「か、勝手にしろって、そんなぁ……」



 そのとき、リアに天啓が舞い降りた。あてもなくサイゾウを探したところで見つからないことはわかっている。それならば、目の前にいる〈影の一族〉を使うべきではないだろうか。



「そういえば、あんた、ハチェットの丘に着いたら捕まってもいいって言っていたわよね」


「……ああ、言ったな」


「あんただったら王都の牢屋でも簡単に脱出できるでしょう? それなら、あんたがシャドウ・スコーピオンのリーダーだったってことにしてもいいわよね?」


「なるほど。俺を身代わりにするつもりか」



 とても『勇者』の考えることとは思えないが、リアも必死なのだ。サイゾウの居場所がわからない今、トラマルをサイゾウの代わりにすればすべてがうまくいく。リアがそう考えたのも無理もないことだった。



「好きにすればいい。だが、それならばお前も俺に協力しろ。あと二日以内にハチェットの丘に着く。そのあと俺は野暮用を済ませる。あとのことは好きにすればいいさ」


「利害一致ね。いいわ。私も全力であなたをサポートする。『勇者』リアの力、頼ってもらっていいわよ」


「まあ、盾くらいには期待しておくよ」


「まさかの防具!?」



 その後、トラマルは見張りをすると言ってリアから少し離れたところで待機した。リアは特にそれを止める必要もなかったので、焚き火に当たりながら寝てしまった。トラマルを信用しているとしても、無防備なことこの上ない。そんなリアを、トラマルは横目で見ながら少し笑っていた。


 そして、トラマルの懐から取り出したのは、あの七色に光る指輪だった。



「もう、放しませんよ。マリア姫」



 トラマルが七色の指輪を見るその目は、どこか悲しげだった。

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