第12話 脱出!
どれくらい時間が経っただろうか。リアは今が昼なのか夜なのかわからない。ただ、薄暗い暗闇の中で一人牢屋に閉じ込められているだけなのだ。
「あ~、お腹すいた~」
「おい、うるさいぞ」
「むっ」
このくらいの独り言ならいいじゃないか。リアはそう思ったが、見張りの印象を悪くするのは得策ではない。今は我慢して、口をつむぐことに集中した。
だが、もともと独り言が多いリアのことだ。どうしても頭の中で考え事をしてしまう。その考え事が、時折外に出ては仮面の男に睨まれるということが何度か続いたのだった。
そのときだった。
「おい」
「あ?」
また仮面の男だ。だが、リアの目の前にいる仮面の男とは別の仮面の男である。手には蝋燭が握られている。赤い光が、ゆらゆらと辺りを照らしていた。しかし、この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。
(う~ん。どこだったけなー。最近聞いたような気がするんだけど、最近怪しい人物と会ってばかりだったからなー。誰だかわからないわね……)
新しく来た仮面の男は、
「交代の時間だ」
と言って見張りの男に何かを投げ渡した。どうやら、パンのようだった。柔らかそうで、芳醇な香りがリアの鼻腔をくすぐる。今すぐにでも奪ってかぶりつきたい衝動に駆られた。
「お、ありがたい。持ってきてくれたのか?」
「少し多めにくすねてきた。お前もこんな役目で大変だろうと思ってな」
「ふはははは。お前、新入りか? なかなか見所があるじゃないか。俺が出世したら、お前を重用してやるぜ」
「ふっ。期待している。まあ、こんな女の見張りをやっているような俺たちが出世するには、相当でかいことをやらないといけないだろうがな」
「ははは。ちげえねえ」
仮面の男たちはそんな会話をしながら、見張りの男は新しく来た仮面の男に牢屋の鍵を渡した。ちょうど交代の時間だったのか。
(新しい見張りかぁ。どうだろう。私の色仕掛けで何とかならないかしら? ほら、私、こう見えてもなかなかいい体していると思うし。年齢も若いし)
リアはそんなことを真剣に考えていると、見張りの男はさっさと奥に引っ込んでしまって、新しく来た仮面の男に見張りを交代した。
新しい仮面の男は、大柄でもなければ小柄でもない。いわゆる中肉中背というところか。しかし、どこかで見たことがあるような体格だった。
(まあ、普通の体格だから当たり前といえば当たり前なんだけど……)
どうにも引っかかる。だが、今はそれどころではない。先ほど考えていた色仕掛け作戦を決行してみるときなのだ。
(よーし。やってやるわよ!)
リアは体を斜めに倒し、胸元を出来るだけ強調するようにくねらせた。リアとしては精一杯のアピールだ。
「お兄さん……」
「ん?」
「私、ちょっと熱くなってきちゃったぁ……」
リアとしては本気で誘っているのだが、その姿はどう見てもミミズが踊っているようにしか見えない。これで引っかかる男がいるとしたら、それは相当物好きな男だろう。
「そうか、熱いか」
新しい仮面の男は、神妙な雰囲気を出して牢屋の鍵を開けた。
(え? 本当に成功したの? あ、でも、これからどうしよう)
まさか成功するとは思っていなかったリアは、興味を引いたあとのことを考えていなかった。このあとの展開を想像して、一気に血の気が引いてくる。
「あ、いや。あの、ちょっと待って。あの、その、心の準備が……ね?」
「何の準備をする必要がある」
男は一歩一歩、確実に近づいてくる。その足音が、リアの心をさらに焦らせた。
「いや、やっぱなし! ほら、私、こんなんだし、可愛くないし、胸もそこまで大きくないし!」
「そんなのは関係ないな」
「え? いや、物好きにもほどがあるんじゃあ……。あ、自分で言っていてちょっと空しくなってきちゃった」
男の顔がいつの間にかリアの目の前にあった。手に持っている蝋燭の炎がリアの瞳に映る。
「熱いのなら……」
「熱いのなら……?」
男の手に持っている蝋燭の炎が、ゆっくりと鎖の手錠を焼いた。
「……へ?」
鉄は熱をよく通す。焼かれた鉄の鎖は、一気に温度を上げ、リアの皮膚を熱した。
「熱っ! 熱っうううううううううううううううううううううううううううううううううう!」
「ククク……。ハハハハハ。熱いのなら、もっと熱くしてやろう」
リアの反応に、男は楽しそうに笑っている。この男、真性のドSなのではないだろうか。しかも、性質が悪いことに、火傷しそうで火傷しない、そんな温度に調整している。まるでもてあそばれている気分だ。いや、実際もてあそんでいるのだが。
「まあ、遊びはここまでにしておくか。少しは懲りたか? 馬鹿女」
「へ? ば、馬鹿女って、まさか!」
男は仮面を外す。その仮面の下からは、額に十字の傷があり、人相がよいとはいえないが、なかなか味のある顔が出てきた。リアの知っている、あのトラマルの顔だった。
「トラマル!?」
「おう。楽しそうなことをやっているな」
こんな状況で会いたいようで会いたくなかった、でも、やっぱり会いたかった人物と出会えた。リアの目には、薄っすらと涙がこぼれる。
「トラマル……あんた、私を助けに来て……」
「いや、別に助けに来たわけじゃないぞ?」
「……へ?」
トラマルはリアを無視して、側に散乱しているガラクタを漁りだした。折れたナイフ。壊れた机。割れた皿。どれもトラマルの探しているものとは思えなかった。だが、その真剣な表情は、ちょっと声をかけるのに躊躇してしまう。
「ト、トラマルさん? あの、助けに来たわけじゃないって、どういうこと……」
「ちょっと黙っていろ」
リアは素直に黙った。じっとトラマルの動向に注視する。そして、トラマルがため息をついてガラクタ漁りを諦めたとき、その瞬間を見計らってもう一度話しかけてみた。
「トラマルさん、あの、私を、助けてくれるんですよね?」
「は? いや、助けないけど?」
「……」
「……」
トラマルがニッコリと笑う。それに釣られて、リアもニッコリと笑った。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! な、何で!?」
「何で敵を助ける必要があるんだよ。俺がここに来た理由は、このガラクタ置き場に俺が盗まれた荷物が置かれていないか確かめるためだ。まあ、実際は空振りだったわけだがな。お前がいたのは単なる偶然だよ」
「ぐ、偶然でも、助けてくれてもいいじゃない! 私たち、仲間でしょう!?」
「いつから仲間になったんだよ! お前、昨日俺を殺そうとしたじゃねえか。そんなやつを、何で助けないといけないんだよ」
「ほら! 私、可愛いから! 可愛いお姫様だから! 王子様に助けられないといけないから!」
「お姫様は聖剣を持って俺を殺そうとはしない。あと、俺は王子さまではない。よって、助ける義務も義理もない」
トラマルはそれだけ言うと、さっさと牢屋を出て鍵をしめてしまった。本当にこのままリアを見捨てるつもりなのか。
「待って! 助けて! このまま一人は嫌なの!」
「自業自得だろう? ラクラク峠で寝ていたところを捕まえられたんだって? まさか、あんな危険なところで居眠りするやつがいるとはな。あいつらも笑っていたぞ」
「うぐぐぐ……」
トラマルの足音が遠ざかっていく。悔しいが、何も言えない。あまりの惨めさに、どんどん涙が流れてきた。
「助けて! 鬼! 悪魔! トラマル! お願いします! 何でもしますから! もう命を狙ったりしませんからぁ! うわああああああああああああああああああああああああああん! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
リアの叫び声が暗闇に反響する。この声はおそらくはるか遠くまで響いていることだろう。
「うわあああん! うわあああん!」
何度も悲鳴とも泣き声ともつかない声をあげていると、急にポカリ、と頭を殴られた。
「うるさい。静かにしろ!」
目の前に、トラマルがいた。リアの泣き声を聞いて戻ってきたのだろうか。
「ト、トラマル!? 戻ってきてくれたの?」
「お前がそんな大声を出していたら、すぐに誰かが来てしまうだろう! もう少し静かに出来ないのか!」
「出来ない!」
「ああ……。逆に清々しいよ」
トラマルは牢屋と同じ鍵束を使い、リアの鉄の鎖を外してやった。自由になったリアは踊らんばかりに跳びはねた。
「いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 自由だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「どっちにしろ叫ぶじゃねえか! 静かにしろ!」
トラマルは無理やりリアを静かにさせて、牢屋の真ん中に座らせた。
「それで、助けたはいいが、お前はこれからどうするつもりだ?」
「今すぐ逃げ出したいんだけど、私はここにいる盗賊たちを捕らえないといけないのよ。聖剣が人質に、いや物質(ものじち)にとられているから」
「どんな理由でそうなったかは知らんが、俺は自分の荷物が取り返せたらすぐにここを脱出するぞ。お前に付き合っている暇はないからな。っていうか、物質(ものじち)って何だ」
「えー、そんなー。手伝ってくれてもいいじゃない……」
リアはあからさまに落胆する。このままトラマルも手伝ってくれるのではないかと期待していたからだ。だが、それは甘い期待だったということがトラマルの言葉からわかる。トラマルに甘えたいが、それはいくらなんでも甘えすぎだろうという気持ちもある。
「だが、まあ……」
トラマルはおもむろにガラクタ置き場からガラクタを漁り出した。その中から、一本の錆びた剣を見つけ出す。
「これくらいは持っていろ。お前、どうせまだまともな剣を買っていないんだろう? 盗賊たちを相手にするのなら、せめて武器は装備しないとな」
「あ、すっかり忘れていた」
装備を忘れる『勇者』など聞いたことがないが、それがリアという『勇者』なのである。本当に『勇者』なのか、甚だ疑問が残るものだが。
「それじゃあ、これでいいだろう。あとは別行動するぞ。まあ、また無事に会うことがあったら口くらいはきいてやるよ」
こうして、トラマルは今度こそ闇の中に消えていった。シャドウ・スコーピオンに盗まれた、大事な荷物を取り返すために。
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