第2話 〈影の一族〉

 レオ王国の城下町。リアは、その街並みを歩いていた。



「無理よぉ~。帰りたいよぉ~。〈影の一族〉の討伐なんてやりたくないよぉ~」



 リアは聖剣レグルスを腰に吊り下げ、トボトボと人の波に逆らうように進んでいた。当てはない。リアの目標の人物である〈影の一族〉がどこにいるかなど、見当もつかなかったのだ。


 〈影の一族〉。先の戦争で敵国だったヴァルゴ王国の特殊部隊だ。噂では、ひそかに戦力を集めてレオ王国に復讐しようと企てているということだった。


 それならば討伐隊を組織して大々的に軍を動かせばいいはずなのだが、まだこれは噂の段階を出ていない。いるかどうかもわからない〈影の一族〉を怖れていたなどという噂が立てば、レオ王国の名前に傷がつく。


 そのため、レオ王国は適当な人材を選び、〈影の一族〉のことを調査することにした。その適当な人材というのが、リアだったのである。



「適当すぎるよ~。この場合、適切という意味の適当じゃなくて、いい加減って意味の適当だよぉ~」



 リアは肩を落とし、地面だけを見て歩いた。いつの間にか、街外れに来てしまったようだ。木々が森のように繁茂している。一本の大きな道だけが地平線の彼方に続いていた。



「この聖剣も、本当に聖剣なのかなぁ。私みたいな下っ端に、何でこんな聖剣を授けてくれたんだろう?」



 リアは辺りを見渡す。人影はない。ゆっくりと、聖剣レグルスを鞘から引き抜いた。太陽の光を浴びて、剣先が七色に輝いている。



「うわぁ、綺麗~」



 任務に対しては納得できなかったが、このような聖剣を持たせてくれたのはうれしかった。このようなことがなければ、一生持つことは出来なかった代物だろう。



「確か、清い心を持って念じれば〈影の一族〉の居場所がわかるはずなのよね。……半径十メートル以内なら」



 ものは試しにと、リアは聖剣レグルスを両手で持ちながら祈ってみることにした。だが、ここで問題が発生する。



「……祈るって、どうすればいいの?」



 詳しいことは大臣も教えてはくれなかった。訊けばよかったとは思わない。あの状況で、あれ以上あの空間にいたくなかったのだ。



「ええい! 何でもいいわ。聖剣っていうくらいなんだから、どうにかしてくれるでしょう」



 リアは多少強引に考えを、聖剣を両手で持ち直す。そして、祈った。



(神様! 仏様! 南無八幡大菩薩! ……あと何かあたっけ? エビフライ! たこ焼き! 大判焼き! 五平餅! 牛丼! 豚丼! 鉄火丼! 親子丼! 天丼! 中華丼! 玉子焼き! から揚げ! 肉じゃが! てんぷら! すし! すき焼き! 金平! ぶりの照り焼き! 五目御飯! 筍ご飯! おでん! ひじき! ブリ大根! さばの味噌煮! しょうが焼き! 筑前煮! サトイモの煮ころがし! ふろふき大根! 肉豆腐! かぼちゃの煮物! イカ大根! ほうれん草のごまあえ! 豚汁! 竜田揚げ! 南蛮漬け! 恵方巻き! ハマグリのお吸い物! 茶碗蒸し! ゴーヤチャンプルー! 秋刀魚の蒲焼! 伊達巻! 海老天蕎麦! きつねうどん! 揚げナス! オムライス! ローストビーフ! ポテトサラダ! マカロニグラタン! ロールキャベツ! ナポリタン! エビピラフ! ハンバーグステーキ! マカロニサラダ! ドライカレー! かにクリームコロッケ! クリームシチュー! コンソメ! メンチカツ! ハンバーガー! フライドチキン! あらびきソーセージ! チャーハン! チンジャオロース! 坦々麺! 冷やし中華! 春巻き! 麻婆豆腐! ホイコーロー! ヤキソバ! ……もうこれ以上思い浮かばん!)



 リアの祈りが通じたのか、聖剣レグルスは淡い光に包まれた。これが、聖剣といわれる由縁なのか。だとしたら、何とも食い意地の張った聖剣であろう。



「光った! この光が、〈影の一族〉の場所を教えてくれる……はず!」



 リアがそう考えていると、聖剣の光は一筋の光に収束し、そして、レーザービームのようにある一点に集まった。その光が集まった先にあったものとは……。



「ん?」


「え?」



 人がいた。ちょうどリアの横を通りすぎようとしていた人物だ。黒髪、鋭い眼つき、額に十字の傷。旅人のように黒い外套を羽織っている。見るからに、怪しい男だった。その男を見て、リアは確信した。



「いたああああああああああああああああああああああああああああああああああああー! あんた、〈影の一族〉ね!」


「何!?」



 男は驚いた様子で身構えた。男は偶然この場所を通りかかっただけなのだが、まさかいきなり自分が〈影の一族〉だと言われるとは思ってもみなかった。


 だが、リアとしてはいいことに、男としては悪いことに、それは正解だった。



「なぜ、俺が〈影の一族〉だとわかった」


「いや~。やってみるもんねー。まさか一発で見つけるなんて。私、今日の運勢、世界一位じゃないかしら?」


「お、おい。お前、なぜ俺が……」


「いえ。これも私の日頃の行いがいいせいね。やっぱり、日頃からいい行いはしておくべきなのよー。運も実力のうちって言うし、これが私の実力なのね!」


「おい。話を……」


「はっ! この調子なら、本当に真の『勇者』になれるんじゃない? 勇者リアって響き、素敵よね~」


「話を聞けええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


「へ?」



 いきなり〈影の一族〉を見つけたことでテンションが上がってしまったリアだったが、男の怒号とともに意識を現実世界に戻した。よくよく考えれば、まだ見つけただけで倒してはいないのだ。喜ぶには早すぎたのだ。



「そうよ。〈影の一族〉の男。覚悟しなさい!」


「その前に聞かせろ。なぜ俺が〈影の一族〉だとわかった」



 男にしたら当然の疑問だろう。〈影の一族〉と言っても、見た目は普通の人と変わらない。自分から言わなければ、まず発覚することはないはずだったのだ。



「ふふん。冥土の土産に教えてあげるわ。私の持っているこの聖剣レグルスはね、〈影の一族〉の居場所を知ることが出来るのよ。まあ、半径十メートル以内にいないとダメってところがちょっとネックなんだけどねー」


「半径十メートル?」


「うん」


「そんなに狭い範囲の探索に引っかかったのか、俺?」


「まあ、そうね」


「……」



 男は自分の不運を呪った。そんな探索に引っかかる〈影の一族〉など、自分以外にはいないのではないかと思う。



「なるほど。しかし……」



 男は納得したように頷いたが、少々馬鹿にした目つきでリアを見つめた。



「訊かれたからと言って、ペラペラと自分の持っている情報を話すとは、お前、結構馬鹿だな。そんなことを聞いたら、その聖剣を放っておくわけないだろう」


「なっ!」



 リアは自分の失態に気づき、青ざめる。



「い、いや。大丈夫よ。ここであなたを倒せば問題ない、はず」


「俺を倒す、か」



 男は黒い外套を投げ捨てた。その中からは黒装束。私たちが見れば、一目で忍者と分かる格好だった。



「面白い、やってみろ」



 男の威圧感に、リアは身震いした。本当に、この男に勝てるのだろうか。リアの手に持っている聖剣レグルスが震えた。



「や、や、や、やってやろうじゃないの」


「声、震えているぞ」


「う、うるさい!」



 リアと〈影の一族〉の男が、街外れの一角で対峙した。

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