第2話 僕らが始めた理由 川中島君の場合

 夢をみていた。


 中学時代の最後の試合。


 俺はかつて、柔道では全国大会常連で、両親も将来を期待してくれていた。


 初戦敗退。

 絞め技による一本負け。

 それが中学最後の試合の結果だった。

 

 夢の中の俺は、何度も絞め技で気絶を繰り返していた。

 応援に来ていた母親の悲鳴。

 気絶する瞬間、ほんの一瞬聞こえた悲鳴が夢の中のでは延々と続く。



 中学2年位から「川中島はがついてる」「川中島の弱点は絞め技」などと他校にも広まり、勝利から遠のいていた。

 ちなみに落ちぐせとは、頸動脈の血流を絞め技なんかで減らすと、脳に行く酸素が減って気絶しちゃうんだけど、繰り返してやってるうちに簡単に気絶してしまうようになってしまうんだ。

 俺はそういう状態になってしまっていたんだ。


 結果が残せず、強化選手の指定から外され、それまでは、将来もずっと柔道を続けて行きたいと考えていたが、その考えも変わり、高校では違う事をやろうと心に決めていた。


 ただ悔しいのは、落ちぐせの原因にあった。

 俺は、中学1年から団体戦の選手にも選ばれていた。

 それが面白くない上級生数人が、「寝技の練習付き合ってくれよ」と顧問の目を盗んで

 俺に絞め技をかけてきた。

 俺が気絶するのを面白がり、それからも執拗に、何度も、何度も、絡んできた。

 見かねた部活の友人が顧問にチクり、その上級生逹は顧問の逆鱗に触れ、退部させられた。

 しかし、時既に遅し、すっかり落ちぐせのついた俺は、練習が身に入らなくなっていった。

 追い討ちをかけるように、退部させられた上級生逹が、逆恨みからネットで俺の落ちぐせを拡散した。

 それが他校にも広まり、噂が本当だとわかると、公式戦だけでなく、練習試合でもあからさまに狙われるようになった。


 俺の試合中の頭の中は、試合中は気絶したくないという気持ちだけしかなかった。

 もうその時は「勝ちたい」「上を目指したい」という気持ちはなく、ただただ「恥をかきたくない」という気持ちだけだった。

 そういう気持ちは俺から積極性を奪い、ただただ、無様な試合運びをするだけだった。


 だが、最後の試合でも俺はてしまい、痙攣まですることとなった。


 俺はそんな夢をみていた。

 目覚めた瞬間、すぐにはここが高校の保健室であることを思い出せなかった。

 午前の授業が終わり、ちょっと頭痛があったので保健室で頭痛薬をもらい、休ませてもらっていたのだ。

 あわてて時計を見るとまだ、あれから30分もたっていなかった。

 すぐ、保険医に礼を言うと、玄関に向かった。

 今日は公共場所の掃除で俺は玄関掃除の分担だったのだ。

 玄関につく頃には掃除はほぼ終わっており、出番なしの状態だった。

 俺はみんなに謝り、集めたゴミを収集場所へ持っていくのだけはやるよと、袋に積めたゴミを運ぶと、教室に戻った。


 教室では清掃場所の話題で持ちきりだった。

 だけど、俺ごみ運んだたけで、話題が無いんだよなー。


「トラちゃんはどこの清掃だったん?」

「トラちゃん」は名前の「たいが」から俺が荒川大河君に命名したんだ。

「トラちゃん」は我ながらいいネーミングセンスだったと思う。

 背は高いけど、やせ形で、なんか威圧感とか全くなくて話しやすいんだ。

 天然ボケみたいなとこもあるけど、しっかりしてるし、ちょっとからかいたくなるタイプ。

 席が隣だったからいち早く友達になったけど、絡んでて本当に楽しい。


 ちなみにトラちゃんは校長室の清掃だったらしい。

 緊張しながら校長室の清掃するトラちゃんが容易に想像できて和んだ。

 俺は玄関だったけど、ちょっとからかってみようと思った。


「俺は保健室」

 どうしても俺は笑いを堪えられず少し笑いが、出てしまった。

 俺はこういう時ポーカーフェイスが出来なんだよね。


「保健室かぁ~。保健室も緊張しそうだなぁ」

 バッチリ予想通りの天然対応にまた和む。

 トラちゃん癒しオーラが出てるわ。

 きっとパワースポット並みにマイナスイオン出てるよ。


「川中島君、保健室って確か清掃場所に無かったと思うんだけど…」

 おっとここで、入間さんの登場だ。

 入間いるま 奈奈ななさんは女子の中でかなり目立つタイプ。背が高くて、キリッとしてる。最初はなんか近寄りがたいタイプに見えたけど、話してみたら結構ノリがいい。女子にも男子にも分け隔てなく接しているところが、かなりポイント高い。

 学級委員長やればよかったのに。

 ちなみに学級委員長はなんか話の流れから俺がやることに。

 まぁ、中学の時もやったことあるし、まぁなんとかなるか、と引き受けた。

 

 ちなみに、荒川大河君がみんなにトラちゃんと呼ばれることになったのは間違いなく俺のせいです。

 最初にトラちゃんってあだ名は付けたけど、クラスに浸透していたわけじゃなくて、俺とトラちゃんの間の、個人的な呼び方だったんだよ。

 ところが、俺が委員長就任最初にみんなの前で「トラちゃん意見をお願いします」と素で言っちゃったんだ。

 笑いが起きて、それ以来トラちゃんが定着したかんじ。

 自分でもよくわからないですが、みんな笑顔だったんで良かったかも(と、いうことにしておく)


 その後色々3人で話してるうちに、話の流れで、今日の放課後ラグビー部の体験入部に行くことになっちゃったよ。


 高校まできて兄貴と同じ部活に入るってのは、なんか抵抗があるから、体験入部で終わりにするつもりだけど。


 あと問題がひとつ。

 3限終わった時点で早弁して、今の時点で弁当空だから、放課後体験入部の時、俺のスタミナ残ってるかなぁ。


 これが俺、川中島 晴臣のきっかけかな。

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