第21話 三人旅
――ブォンッ!!
マロンはその小柄な体に不釣り合いな黒い大剣――勿論、鞘に収まった状態である――を素早く一振りした。
レイアはそれを蝶のようにヒラリと躱し、素早くマロンの脚を狙い蹴りを放つ。
マロンは凄まじい反射神経で瞬時に跳躍し、レイアの蹴りを回避した。
無防備な空中を狙って攻撃を仕掛けようとするレイアであるが、風圧を伴うマロンの剣撃により接近できず背後に跳躍し距離を取る。
いくら《
一方マロンも身体能力では勝っているが、レイアの洗練された体捌きや視線誘導、そして《
魔物狩りの経験ばかりで対人戦闘の経験が少ないマロンであったが、それでもやはり圧倒的な身体能力により白兵戦ではマロンに分があった。
「くっ! やっぱり強い……! そんなデカブツを凄まじい速度で振り回されるんだから堪ったもんじゃないよ」
「いや、レイも凄いよ。当たったと思っても避けられてたり気づいたら接近されてたり、ヒラヒラ舞う木の葉と戦っているようだったよ!」
「……いや、二人とも凄すぎるだろ……」
マロンの強さを確認しておこうというレイアの言に端を発し、野宿の準備完了後にマロンとレイアの模擬戦が繰り広げられていた。
両者一歩も譲らぬ戦いを繰り広げてはいたが、やはり白兵戦では獣人族であるマロンに軍配が上がっていた。
マロン曰く、面と向かって戦ったから勝てたが不意打ちなどがありえる通常の戦場での戦いでは厳しいだろうとのことである。
また遠距離攻撃手段がほとんど無いため、遠距離から攻められると中々厳しいということであった。
一方それを見ていた真一であるが、先程の戦いに加わればマロンには一瞬にして擦り潰され、レイアには首を刎ねられて終わるだろうと自らの能力を分析していた。
《隠密》という反則級の《異能》がありはするが、それを活かせない局面に陥った場合を考えると背筋が凍る思いがする。
「やっぱ一番の問題はシンだな。《異能》があるとは言え、白兵戦をもうちっと鍛えるべきだ。これから道中では魔物との戦闘で《異能》の使用は禁止してみたらどうだ?」
そう、道中真一は魔物を見つけると《隠密》で近づき認識される間もなく討伐していた。
素早く討伐するという観点から言うと非常に合理的ではあるが、折角の実戦訓練相手をあっさりと倒してしまっては勿体無いというのがレイアの考えである。
そして真一もそれは薄々感じていることであり、
「あぁ、僕もちょっと危機感を抱いていた。しばらく鍛錬のためにも正面から戦ってみるかな」
「大丈夫! シンならすぐ強くなるよ!」
マロンは根拠のない励ましと共に、腕を体の前に曲げて応援するかのようなポーズをとった。
ちなみにレイアと真一が愛称で呼び合っていることを知り、それに対抗するかのようにマロンも二人の名前を縮めて呼ぶようになった。
レイアが呼ぶシンとはコードネームのようなものではあったのだが、わざわざそれを指摘する者はいなかった。
◆
「ハァッ!!」
真一は死角に回り込み、ゴブリンの首筋を斬りつけた。
急所への攻撃に呻いてよろめいたゴブリンの胸にナイフの刃が吸い込まれる。
倒れ伏した最後のゴブリンを一瞥し、レイアから借りているナイフの血を拭き取り鞘に収める。
五匹のゴブリンを
「やっぱり、まず筋力が足りないね。どう動けばいいかは分かっているし相手のこともよく見えているようだけど、如何せん体が付いていっていない。基礎トレーニングをやっていくしかないね」
真一の戦いを眺めていたレイアはそう告げる。
隣で見ていたマロンも同意見のようだ。
二、三ヶ月前までは戦いとは無縁の生活を送っていた自分に無茶を言うなと思いつつも、正論であることは分かっているので真一は真摯に受け止めた。
マロンと共にレイアから戦闘の技術を教わり鍛錬を積んでいるが、二人に比べると真一の戦闘能力は数歩劣っていると言わざるを得なかった。あくまで《異能》の存在を度外視した話においてであるが。
何しろ素人同然の状態から王城でヴェイン騎士団長から基礎を一ヶ月教わった程度である。基礎体力、筋力、戦闘経験、全てが不足している。
それでもヴェインから一本取れたのは一重に《異能》の力によるものであったため、それをなくすとただの少しだけ体力がついた村人程度である。
なんなら基礎体力や筋力はこの世界の農民とどっこいか負けているぐらいのレベルである。
持ち前の観察力によりヴェインやレイアのような強い人間の動きを理解、模倣することは得意であるのは僥倖であった。
筋力に大きな影響を受けない体捌きや視線誘導、隠密移動術などは順調にレイアから吸収できていた。
◆
アルタムーラを出発し、鍛錬や狩猟をしつつ歩き続けること二日、真一達はサヴォーナの街に到着した。
獣人族であるマロンを見咎められたりはしないかと真一は心配していたが、何のトラブルもなく街に入ることができた。
影が薄い真一に加え、マロンは真一とお揃いのクリアリザード革のマント『
サヴォーナの街を散策した真一達は、見覚えのある看板がぶらさがっている建物の前にいた。
真一の顔からは感情が消え去り、マロンは顔を引き攣らせ、レイアはそんな二人を不思議そうに見つめていた。
「…………よし、行くか」
「あんたたち、一体どうしたんだ? たかが宿屋に入るだけなのにやたらと気合い入れてるけど」
「……多分すぐ分かるよ」
真一は重い足取りで建物の中に入っていく。
すると凄まじい速度で、厚化粧をしたムキムキ男が飛んできた。
「あらんいらしゃああぁぁいい♡」
「ヒッ!?」
レイアが悲鳴を上げ後ずさろうとしたが、すぐにいつの間にか閉ざされていた戸に背をぶつけた。
気づかぬ内に戸を閉められ追い詰められている事実に、レイアは今にも泣きそうになっている。
それにしてもこの店主、影が薄いはずの真一を瞬時に補足するとは尋常ではない索敵能力である。
真一の体のみサワサワと触っていることからその索敵能力には性別限定という制約がありそうではあるが……真一は心を閉ざし深く考えないことにした。
「……夕食、朝食付きで二部屋頼む。一人部屋と二人部屋だ」
光を失った瞳で真一がムキムキの店員へ機械的に注文を告げる。
「あらあら~? 三人相部屋じゃなくていいのん?♡」
「今言った通りだ」
「うふん……坊や、
「……」
真一は一切の表情を顔に浮かべず、黙って銀貨を受付の上に載せた。
マロンは「別にシンと相部屋でもいいんだけど?」と真一の袖を引っ張って主張する元気を取り戻していたが、レイアは口をパクパクさせながらムキムキの店員と真一の間で視線を行ったり来たりさせていた。
「シ、シン、お前……死ぬのか……?」
「死なない。ただ宿に泊まるだけだ」
ガクガクと震えながら涙目になって真一の肩を揺するレイア。
真一は死んだ瞳でそれをスルーした。
「ハフッ! ハフハフッ!! う、美味いっ!!」
「もぐもぐ…… うん、本当この宿のご飯は美味しいね!」
宿の夕食を勢いよくかき込む二人の女性。
先程まで死にそうな顔をしていたレイアであったが、部屋と食事の質によりなんとか持ち直していた。
「いやー、シンがこの宿を選んだ意味がようやく分かったよ! あたしはてっきり……いや、なんでもない」
「おい、レイ。僕を何だと思っていたんだ?」
「ハフハフ! うめぇぇ!!」
「おい」
真一は半眼でレイアを見つめるが、レイアは目を逸らし食事を頬張った。
「仕方ないよ。ボクも最初は……」
「最初は、なんだ?」
「いやー、本当にここのご飯は美味しいね!」
「おい」
納得いかないとむくれる真一を見て、レイアとマロンは顔を見合わせて笑った。
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